ある小学校の児童たちが「朝礼」で絶叫するという動画がインターネット上で話題となっている。拡散された動画を見てみると、担任らしき女性の掛け声に合わせて、クラスすべての児童が「おはようございます!」「ありがとうございます!」といった言葉を興奮気味に叫ぶ様子が映し出されていた。
さらに、女性が「やったらできる!」と言うと、児童たちは足を踏み鳴らしながら、同じ言葉を繰り返す。やがて、女性が「今日のスーパーハッピーは〇〇ちゃん!」と宣言。すると、他の児童が「ツイてる!ツイてる!」と連呼しはじめ、名指しされた児童は「ありがとう!」と絶叫でこたえた。
この動画に対して、ネット上では、ブラック企業や自己啓発セミナーを想起させるなどとして批判する声があがっている。子どもの権利にくわしい弁護士は、今回の動画をどのようにみるのだろうか。多田猛弁護士に聞いた。
●担任教師の考えの「押し付け」ではないか?
「『あいさつは自分からしよう』『お友達の心を大切にしよう』といった道徳教育を歌や踊りに乗せて学ばせるということは、多くの教育現場で行われていることです。しかし、この朝礼のようなやり方には、どうしても違和感を覚えますね」
このように多田弁護士は話す。
「その日は落ち込んだ暗い気分の子どもだっているはず。誰が『ツイて』いるかなんて、一種の占いのようなことを刷り込ませるのは、担任教師の考えの押しつけとも思えます」
具体的には、どのような点が問題といえるのだろうか。
「『幸せ』という言葉を聞くと、どうしても『自己啓発セミナー』が想起されるところで、講師の宗教、思想、信条などが現れやすいということに注意する必要があります。それをクラスの子ども全員に実践させることが妥当なのか、疑問を感じます。現に、この動画に写っているアドバイザーのような男性は『自己啓発セミナー』のような講演をしているようです」
小学校のクラスを自己啓発セミナー風に運営することには、どんな問題があるのか。
「自己啓発セミナーを利用した集団的マインドコントロールについては、大人に対しても懸念されています。この教師がそのような意図で行っていないものだとしても、保護者や社会は疑念を持つでしょう。周りからも疑問を持たれないような教育を施すべきだと思います」
●子どもへの「一方的な観念の植え付け」は許されない
「そもそも、公教育は、宗教、政治、思想から中立・公平であらねばなりません。そして、子どもの教育は、旭川学力テスト事件(最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)で言われているように、『専ら子どもの利益のために行われるべきもの』です」
こう述べたうえで、多田弁護士は判例の内容を紹介する。
「旭川学力テスト事件で、裁判所は次のように述べています。
『子どもが自由かつ独立の人格として成長することを、妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されない』
教育者は、児童に対して<一方的な観念の植えつけ>と捉えかねられない指導にならないよう、細心の注意を払うべきでしょう」
ただ、教師には、ある程度の教育方法の自由が認められているのではないか。その範囲を超えているということだろうか。
「『教師の教育の自由』についても議論がありますが、先ほどの判例によると、普通教育においては、教師の完全な教授の自由は認められていません。
それは、子どもたちには、大人に対する批判能力がないからであるとともに、教師が子どもたちに対して、強い影響力や支配力を有しているからです。
この朝礼のような集団的・画一的教育に対して、教師は抑制的であるべきだというのが、憲法から導き出せる帰結ではないでしょうか」