人気アイドルグループ、AKB48の中心メンバーとして活躍してきた前田敦子さんが、8月に行われた公演をもって卒業した。今年3月に突然発表されたAKB48を卒業するというニュースは、各方面で注目を浴び、マスコミ各社も連日のように報道を続けた。
AKB48は結成以来、「会いに行けるアイドル」のコンセプトで、専用の「AKB48劇場」で高い頻度で公演をしたり、握手会や公演終了後のハイタッチサービスなど、ファンとの距離を縮める取り組みに力を入れている。なかでももっとも象徴的なのは、ニューシングルに参加するメンバーをファンの人気投票によって決定する「選抜総選挙」だろう。
これはシングルCDの購入者や、ファンクラブ会員などに投票資格が与えられる一大イベントであり、熱狂的なファンの中にはお気に入りのメンバーの順位をあげるため、意図的に同じCDを何十枚も購入する人もいる。また、握手会など他のイベントも同様にCDに参加券が封入されているため、参加券目当てに同一シングルを大量購入するファンが後を絶たない。
そのような中、前田さんの卒業を受け、一人のファンが「これまで投資してきたお金を返してほしい」「卒業は契約違反だ」などの怒りの声を上げているというニュースがネット上で話題になった。そのファンによると、「AKB48に所属していたから投資を続けたのであり、卒業となるとそうはいかない」ということのようだ。また、「ファンの意見を無視した卒業はおかしい」「500万円以上出してきたのに今更他のメンバーの応援に切り替えるのはいやだ」「訴えられるでしょうか?」とも発言しているという。
実際にこのファンが提訴するかは不明だが、このファンの場合、500万円という多額の投資に対するリターンは「前田さんがAKB48内で活躍すること」にあるため、グループ脱退によりそのリターンが得られなくなったことになる。また、前田さんは過去の総選挙で前年の1位から2位に後退したことがあり、1位に返り咲いてほしいという思いから、このファンが多額の費用を投じたことは容易に想像できる。結果として1位に戻れたものの、その矢先の卒業発表では、ファンが精神的なショックを受けてもおかしくはないだろう。
このような観点でみた場合、このファンが望むとおり、500万円全額、または一部でも取り返せる可能性はあるのだろうか。消費者契約に詳しい、中尾慎吾弁護士に話を聞いた。
「卒業しないことを前提とした投資であるとの一部ファンの主張は、法的には、民法96条1項の詐欺に該当するものになりそうです。つまり、CDの売買契約を取り消し、返金を求めるという主張です。」
「民法上の詐欺が認められるためには、複数の要件(法律上要求される一定の事実)を充たすことが求められますが、今回のケースで特に問題となるのは、『欺(あざむ)く行為があったか』という要件でしょう。」
「例えば総選挙の場合、CDを買った人に投票権が与えられる仕組みになっていましたが、その投票結果はあくまでも次回CDシングルの選抜メンバーを決めるための材料に過ぎないことは、予め告知されていたはずです。」
「つまり、ファンの方々が支払った代金の対価性について、AKB48側は何ら騙していないといえます。このように、AKB48側に『欺く行為があった』と言えない以上、返金を求めることは難しいと考えられます。」
AKB48は、日本を代表する規模にまで成長したアイドルグループであり、ここまでの成長を支えてきたのは、まぎれもなくファンの力によるものである。なかにはこのファン同様、数百万円単位で投資を続け、卒業に怒りを感じている人もいるかもしれない。しかし色々な事情があるにせよ、最終的には自身の判断で投資を続けてきたことを忘れず、落ち着きを取り戻してもらえたらと思う。