2019年08月04日 09時02分

ヘイトスピーチに「刑事罰」…川崎市の条例案は「表現の自由」を侵害しないのか?

ヘイトスピーチに「刑事罰」…川崎市の条例案は「表現の自由」を侵害しないのか?
師岡康子弁護士(2019年1月/弁護士ドットコム撮影/東京都)

川崎市は、公共の場所でのヘイトスピーチ(差別扇動)に罰金刑を科す条例づくりをすすめており、8月9日まで条例素案に対するパブリックコメントを募集している。成立すれば、全国で初めてヘイトスピーチに刑事罰を定める条例となる。

川崎市が市議会に提出した「(仮称)川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」(素案)によると、市内の道路や公園、駅など、公共の場所で、特定の民族や人種に対するヘイトスピーチをおこなった場合、50万円以下の罰金を科すというものだ。

これまでヘイトスピーチにさらされてきた当事者や住民たちは「これで地域からヘイトスピーチをなくせる」「平穏な日常が戻る」と胸をなでおろしている。一方で、「表現の自由を侵害するのではないか」という声もある。

はたして、川崎市の素案の内容は「表現の自由」を侵害するものなのだろうか。ヘイトスピーチ問題に取り組んできた師岡康子弁護士に聞いた。(ライター・碓氷連太郎)

●行政処分ではないので「前科」になる

素案によると、個人や団体が、公共の場で、本邦外出身者(外国にルーツがある人々)に対して、「不当な差別的言動」をした場合、まず、市長が違反行為をやめるように「勧告」する。もし、同じ人、同じ団体による2度目の違反があった場合、市長はやめるように「命令」することができる。

それでもしたがわず、3度目の違反をした場合、氏名や団体名などを公表したうえで、50万円以下の罰金を科す。法人の場合、行為者と法人も罰するというものだ。

2016年6月に施行されたヘイトスピーチ解消法や、すでに運用されている大阪市ヘイトスピーチ抑止条例との大きな違いは、罰金刑という刑事罰を科すことだ。これは、決して「金を払えば許される」というものではない。

「地方自治体が行政処分としておこなえる過料の最高金額は5万円ですから、その差は10倍です。また金額だけの違いではなく、罰金は、刑法で定められている刑事罰であり、捜査の対象となり、検察が起訴するかどうか最終判断するので、かならず検察の取り調べを受けることになります。罰金を科せられれば、前科ともなります」(師岡弁護士)

●「ヤンキー・ゴー・ホーム」は「不当な差別的言動」にあたらない

どのような言動が「不当な差別的言動」にあたるのだろうか。素案では、次のようになっている。ヘイトスピーチ解消法による定義と同じである。

・特定の国もしくは地域出身者やその子孫に、退去させることをあおったり告知するもの

・特定国出身者等の生命、身体、自由、名誉または財産に危害を加えることを煽ったり、告知したりすること

・特定国出身者等を著しく侮蔑するもの

具体的な手段としては、(1)拡声器を使用する、(2)看板やプラカードを掲示する、(3)ビラ・パンフレットを配布する、(4)一斉に大声で連呼する−−などがあげられている。これらの行為が処罰対象となる。

差別扇動を目的としたデモや、街宣を抑え込むことが期待できる。では、米軍基地に反対する「ヤンキー・ゴー・ホーム」(アメリカ人は帰れ)といった発言は「不当な差別的言動」にあたるのだろうか。

「米軍基地撤去を求める意味の『ヤンキー・ゴー・ホーム』は、アメリカ人という国籍を理由としたものではないので、そもそもヘイトスピーチ解消法の『不当な差別的言動』の定義にあたりません。このような政治活動は対象とならないことは、ヘイトスピーチ解消法制定時に提案者の与党議員が何度も説明しています」(師岡弁護士)

●「ヘイトスピーチは『表現の自由』の濫用だ」

また、「表現の自由が侵害される」という声もあがっている。しかし、師岡弁護士は「そのような意見は、ヘイトスピーチによって攻撃されているマイノリティが、屈辱と恐怖により沈黙させられ、表現の自由がすでに侵害されていることを見過ごしている」と指摘する。

「ヘイトスピーチは相手の人格権や、差別されず社会の平等な一員として平穏に生活する権利を侵害するものであり、表現の自由の濫用です。差別する自由は認められません。表現の自由といっても、何を言ってもいいのではなく、侮辱罪、名誉毀損罪、脅迫罪などで規制されているように、相手の人権を傷つけるものまで保障されているわけではありません。

ただ、過度の規制にならないように、また、ヘイトスピーチ以外の表現の規制に濫用されない歯止めをかけることは重要です。この点、素案で刑事規制の対象となっているのは、ヘイトスピーチ解消法で定義するものよりかなり限定されています」(師岡弁護士)

●「恣意的な濫用は防げる」

また、素案は、インターネット上のヘイトスピーチは除外している。さらに、差別的とみなされる言動などは、現場の警察官ではなく、学識経験者で構成される「差別防止対策等審議委員会」が調査・検討することになっている。こうした点から、師岡弁護士は「権力者側の恣意的な濫用は防げる」と話す。

「たとえば、プラカードを掲げたり、ビラをまいたりせず、1人で地声で訴えている場合は、規制対象から外されています。また、規制対象となるヘイトスピーチにあたるかは、専門家機関の意見を聴いたうえで、市長が最初に勧告をして、2度目に命令しますが、命令違反があった場合に捜査機関に告発して、最終的に検察官が起訴かどうかを判断するという非常に慎重なものです。何度も繰り返す、悪質な確信犯だけを対象としています。現場の警察官や、そのときどきの市長の恣意的な濫用はできないようになっています」(師岡弁護士)

はたして、成立・施行によって、地域からヘイトスピーチをなくすことはできるのだろうか。

「要件が限定され、手続きも慎重なので、即効性があるとまでいうのは難しいかもしれませんが、ヘイトスピーチを繰り返せば、犯罪として50万円以下の罰金を科せられるので、多くの人たちは躊躇するでしょう。活動場所として川崎市を避けるようになることも期待できそうです。この素案のように、ヘイトスピーチ、すなわち差別が『犯罪』として許されず、処罰されることが全国に広まれば、ヘイトスピーチ活動の場所がどんどんなくなっていくでしょう」(師岡弁護士)

地域住民の人権を守りながら、権力側の濫用を抑えることが確保されている。そんな画期的な条例案だと言えそうだ。条例案は12月議会に提出されることになっているが、川崎市は8月9日まで、条例素案に関するパブリックコメント(意見公募)を募集している。

●「(仮称)川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」(素案)に関する意見募集について

http://www.city.kawasaki.jp/templates/pubcom/250/0000108585.html

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