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「イスラム預言者の風刺画は日本のヘイト本と同じ」第三書館・北川社長に聞く(前編)
第三書館の北川明社長

「イスラム預言者の風刺画は日本のヘイト本と同じ」第三書館・北川社長に聞く(前編)

仏週刊新聞「シャルリー・エブド」襲撃事件の引き金とされるイスラム教をテーマにした「風刺画」。それらをおさめた本が、日本で出版された。タイトルは「イスラム・ヘイトか、風刺か」。東京都新宿区の第三書館が編集し、2月10日に発行したが、その是非をめぐって「表現の自由か、宗教の尊厳か」の議論が起きている。

本には「シャルリー・エブド」に掲載された風刺画を中心に、48点が収録されている。預言者ムハンマドを始めイスラム教を風刺した作品が多いが、ローマ教皇やオランド仏大統領など他の風刺画も紹介されている。

それぞれの風刺画ごとに日本語のタイトルと簡単な解説がつけられ、日本人の翻訳者や研究者がシャルリー・エブドや表現の自由について書いたコラムも掲載されている。文芸誌サイズのA5判型、全64ページで、パンフレットのような作りだ。

この本に対しては、発売前から、日本で暮らすイスラム教徒らから批判の声があがり、書店側も販売に慎重な態度をみせている。そのような状況のなか、なぜ、出版を決めたのか。第三書館の北川明社長(71)にインタビューして、その意図を聞いた。

※「警察が24時間、ビルの前で見張っている」第三書館・北川社長に聞く(後編)

●シャルリー・エブドの風刺画は「ヘイト画」だ

――なぜ、出版を決めたのでしょうか。

1月にフランスのパリで「シャルリー・エブド」襲撃事件が起こったとき、キリスト教徒とイスラム教徒がフランスでトラブっているというだけの話ではないと思いました。この事件は、日本の「ヘイト本」と通底する問題を含んでいると感じたので、出版する理由があると思ったわけです。事件が起こって数日後には、発売を決めました。

――「日本のヘイト本と通底する」とは、どういうことでしょうか。

(第三書館のある)大久保は、ヘイトスピーチの聖地みたいなところです。

たとえば、本にも掲載しましたが、ムハンマドの頭に導火線をつけて爆発させようとする風刺画や、裸のムハンマドが尻を突き出した作品がある。これは、誰だって、いやがりますよね。

もし、このようなモチーフを中国や韓国の首脳にしたら、中国人や韓国人は怒るでしょう。しかし、それに近いことを、日本でもヘイトスピーチでやっているわけです。日本のヘイトスピーチと同じことが、パリで起こったのではないか。

フランス社会の中で差別され、抑圧されているイスラム教徒をバカにした風刺画がもとで、フランスでテロ事件が起きた。テロ事件を起こしたのが良いとか悪いとかではなく、同じようなことが起こりかねないということを、日本は直視しなければいけない、と。それが出版を決めた最大の理由です。

――日本でも、すさまじいヘイトスピーチが起こっているのに、それを無視して、日本人はフランスの事件をみているのではないか、ということですか。

フランスの事件は、決して遠い国の話ではないのです。シャルリーの事件を起こしたのはアルジェリア系フランス人です。1830年にフランスに占領されて以来、いまもアルジェリア人は、差別されている。

それは、日本にいる朝鮮・韓国の人と同じこと。日本にいる朝鮮や韓国の人たちは差別されてきた歴史があり、最近はヘイトスピーチで「出て行け!」と罵声を浴びせられている。

ところが日本人は鈍感なのか、知らんぷりをしている。しかし、知らんぷりしているのはおかしいというのが、基本的な考えです。

●ヘイト本がはびこる日本の話として考えてほしい

――出版することで、日本の社会に議論の素材を提供したいという狙いがあったと?

日本の話として考えたらどうか、ということで、出したわけです。

日本は、漫画の国です。漫画の話をするのに、漫画ぬきで話をするのは、日本ではありえない、意味がないことです。日本では、漫画をみて、恋愛する人も、自殺する人もいる。漫画で生き方を決める人もいますよね。そんな国はよそにはない。

そんな国で漫画の話を議論するのに、漫画を出さないのは意味がない、と考えたわけです。

――ただ、風刺画と漫画とは違いますよね?

違いますね。ただ、風刺画と漫画は違うけれども、ヘイトとなると、風刺に必要なユーモアやウィットを感じられるかどうか、ですよね。主観的な話ですが、私が感じたのは、ユーモアやウィットとは違うということです。

――あくまで「議論の材料」として素材を提供するべきだということですね。

誰が考えても、そうでしょう。うちは、なんでもいいというわけじゃない。シャルリー・エブドのやり方は問題だと言っている。

――「やり方が問題」というのは?

シャルリーのやり方は、イスラムに対する「ヘイト」だと思います。そのほかのテーマでは、なかなか面白い風刺や批判があるとは思いますよ。311について日本はめちゃくちゃひどく描かれているけれども、それはまた別の問題で。

でも、ひととおり提供しないと、シャルリー・エブドが何をやっているかわからないから、出したわけです。それは漫画で出したから可能だったわけで、言葉では伝わりませんよ。

――シャルリー・エブドの作品は「風刺画」ではなく、ただの「ヘイト画」であるということですか。

第三書館の見方としては、イスラムに関しては「ヘイト本」である、と。それについて、イスラムは怒った。いわゆる風刺画としてユーモアやウィットがあるものではなく、ヘイト漫画の世界だ、と。

あの作品にユーモアはないと思う。そう感じない人もいるかもしれないけど、私は侮蔑だと思ったし、実際にイスラム教徒もそう感じるのではないか。たとえば、ロシアのプーチンなどにああいうことをしたら、プーチンを尊敬していないロシア人だって、怒るでしょう。

――収録した風刺画には、1点ごとにタイトルがつけられています。

もとの漫画にはタイトルがついていなかったけれども、うちはあえて、作品ごとにタイトルをつけました。タイトルのない漫画を、口で説明するのは、日本語の世界で可能なのか。私は出版社として「それはありえない」と判断し、タイトルをつけました。

――タイトルをつけたのは、北川さんですか?

タイトルは、私がつけた。イスラム教徒など協力者の力も借りながら、進めていきました。

――素材はどのように手に入れたのですか。

ネットで配信されているものを集めました。

●抗議にきたイスラム教徒と電話で話した

――この本は何部、発売したのですか?

3000部です。売れたら増刷するけれども、2月10日に出版したばかりだから、まだわからない。

――在日イスラム教徒からの反応は?

うちにデモにきたイスラム教徒の一人と電話で話をしたんですよ。私は言いました。「うちが出したのは、3000部くらいで数は限られている。ネットのほうが、より目につくし、数が多いじゃないか。しかも、クエスチョンマークも、モザイクもなく、堂々と出ているじゃないか」と。

しかし、彼らが言うには「あれはフランス人がフランスでやったことで、私は知らない」と。

日本にいるイスラム教徒は10万人とか20万人だといいますが、普通に考えれば、その人たちが数千部しか出ていない本を書店でみることは、ほとんどないと思う。その本が出ること自体が嫌だ、ということならばわかる。でも、本当に嫌がるのであれば、ネットに異議を唱えないのは変ではないか。検索サイトに「やめてくれ」と言うとかの手段もあるわけですから。

日本はイスラム教徒だけの国でないから、別の論理がある。いろいろな論理があるということです。

――つまり、風刺画をまとめて出版するという論理もありうる、ということですね?

このような風刺画を一切載せない、出さないという理屈は、日本ではなりたたない。日本でも、本では文字だけ載せて、肝心の風刺画はネットで見ればいいと考える人もいる。しかし私は、それをやったら「出版の自殺行為」ではないかと思います。今回は、出版前に寄稿を断られたこともあった。文化人なども、この問題については揺らいでいますね。

――実際に出版して、どんな反応がありましたか。

(出版から約1週間後の)2月18日になって、ようやく読者からのハガキが届きました。78歳の女性からです。「退くことなく、頑張ってほしいです」と書かれていました。

ほかには、若い20歳くらいの男から、編集部へ電話がかかってきました。本が原因となって「日本でテロが起こって、1億人が虐殺されたらどうするのか」と。僕は、冗談まじりで「1億人殺すのは大変でしょう」と言いました。

この本が出ることと、テロが起こることや1億人が殺されることがつながるのは、短絡的です。実際のところ、この本が出て、襲われた書店はないし、ましてや、読者が殺されてもいない。

――抗議の電話の数はどのくらいでしょうか?

そういうのは、数十件はあるかと思います。1日5件くらいですから、50件とかその程度です。

みんな、読みもしないで、電話をかけてくる。「買え」とは言わないけれども、「本屋で立ち読みでいいから読んでください」と言っています。

※インタビュー後編〜「警察が24時間、ビルの前で見張っている」第三書館・北川社長に聞く(後編)

(弁護士ドットコムニュース)

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