環太平洋連携協定(TPP)の交渉で、映画や音楽などの作品について著作権侵害があった場合に、権利者の告訴がなくても政府が起訴・処罰できる「非親告罪」とする方向で調整が進んでいることが2月11日、報じられた。
NHKの報道によると、TPP交渉では、アメリカなどが「非親告罪化」に賛成。一方、日本はこれまで慎重な姿勢だった。ところが、1月26日から2月1日にかけて開かれた会合で、各国が適用範囲について判断できる余地を残す案が示されたことで、日本は「非親告罪化」を受け入れる方針になったという。
いまの日本の法律だと、著作権侵害された人が告訴してはじめて起訴ができる「親告罪」のルールとなっている。もし「非親告罪化」が現実になると、何か問題が起こるのだろうか。著作権法にくわしい福井健策弁護士に聞いた。
●「親告罪」でバランスがとられてきた
「日本のオタク文化最大の祭典である『コミックマーケット』(コミケ)では、販売される膨大な同人誌のうち約75%が、既存のマンガやアニメをアレンジしたパロディものだとされます(2012年日本マンガ学会での報告)。
また、YouTubeなど動画サイトでは、既存のアニメや映画を再構成したMADムービーが人気を博しています」
福井弁護士はこう切り出した。同人誌やMADムービーなど「二次創作」は理論上、原作の翻案や複製、無断改変とされて、著作権侵害などにあたるおそれがある。
「ただ多くの場合、原作側もあえて問題視せず、いわば『黙認』『放置』されることで、文化として花開いて来たわけです。
こうした『厳密には著作権侵害だが問題視されていない』グレー領域は、各種のネットビジネス、電子図書館のようなデジタルアーカイブ、企業内の研究利用や教育現場など、さまざまな場面で存在しており、実は社会を円滑に動かす重要な潤滑油となっています。
それを支えた制度のひとつが、著作権侵害が親告罪だったことでした。権利者は正面から『許す』『許可する』と言えない分野でも、悪質と見なければあえて告訴まではしません。そのことで、うまくバランスが取られてきたとも言えます。しかし、非親告罪となれば、主導権は警察・検察に移ります」
つまり、まったく関係のない第三者の通報によって、警察や検察が捜査に乗り出して、取り締まる可能性が出てくるということだ。
●アメリカ型ルールが持ち込まれるデメリット
福井弁護士はさらに別の観点から問題点を指摘する。
「TPPをめぐっては、アメリカが自国の著作権のルール(非親告罪など)を他国にも導入させようとしています。しかし、日本はアメリカのように徹底した訴訟社会ではなく、契約や権利主張をガチガチにおこなう文化でもありません。人口当たりの弁護士数は実に15分の1です。
また、アメリカで新ビジネスやパロディの原動力となっている、『フェアユース』と呼ばれる柔軟な著作権の例外規定があるわけでもありません」
こう述べたうえで、福井弁護士は次のように警鐘を鳴らした。
「アメリカ型ルールのうち、相手にとって都合の良い部分だけが持ち込まれて、日本の現場を動かしてきたビジネスや文化の強みが害されてしまうのではないか、とも危惧されます」