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客を殴って顔面骨折させた店長に「無罪判決」 なぜ「正当防衛」は認められたのか?
夜の盛り場では、ちょっとしたイザコザが暴行事件に発展することがある

客を殴って顔面骨折させた店長に「無罪判決」 なぜ「正当防衛」は認められたのか?

有罪率99%とされる日本の刑事裁判で、無罪判決が出ることは極めてまれだ。だが、昨年10月31日、傷害罪に問われた飲食店の店長に対して、横浜地方裁判所は無罪を言い渡した。この店長は男性客を殴って全治1カ月のケガを負わせたのだが、「正当防衛」が認められたのだ。

●男性客とのトラブルから傷害事件に発展

判決によると、事件は2012年4月、横浜市内で起きた。店長が客同士のトラブルを避けるため、4人組を退店させようとしたところ、店内で4人組の1人から暴行を受けた。さらに、路上でも殴られそうになったので、逆に殴り倒した。

しかしその後、店長は路上で2人目に押し倒され、起き上がったとき、3人目の男から殴りかかられそうになった。そこで、3人目の顔面を数回殴り、全治約1カ月の顔面骨折のケガをさせたというのだ。

裁判で検察側は、店長が男性客を何度も殴ったことや、その前に他の客も殴っていたことなどを挙げて、これは単なるケンカで正当防衛は成り立たないと主張した。

しかし裁判所は、事件は店内でのトラブルを避けるため、男性客らに退店を求めたことがきっかけで、店長に非があるとは言えないと判断。ケガをした男性客が店長に殴りかかろうとしていたことや、素手で数回殴った程度だったことを挙げて、正当防衛だったと認定した。

この判決では、相手に大ケガをさせても「正当防衛」が認められたわけだが、一般的に正当防衛が認められるかどうかのポイントは、どんな点にあるのだろうか。

●「正当防衛」が成立するのはどんなときか?

「正当防衛とは、(1)急迫不正の侵害に対し、(2)自分または他人の権利を防衛するため、(3)やむを得ずにした行為のことを言います(刑法36条)。正当防衛が認められた場合、処罰はされません」

元検察官で刑事事件にくわしい荒木樹弁護士は、正当防衛の要件について、こう説明する。この場合の「急迫不正の侵害」というのは、どういう意味だろうか?

「(1)『急迫不正の侵害』とは、相手方からの切迫した攻撃行為のことです。相手方の攻撃行為があったとしても、それが終了している場合には、『急迫不正の侵害』とは言えません」

まさにいま、差し迫っている場合でなければ、正当防衛にはならないわけだ。他はどうだろうか。

「(2)『自己または他人の権利を防衛するため』は、身体や生命、財産を守るためと、ほぼ同じです。自分から挑発した場合は『防衛』ではないので、正当防衛にはなりません」

最後の「やむを得ずにした行為」は、どんな意味なのだろうか。

「(3)『やむを得ずにした行為』であると認められるためには、相手の不正な侵害行為と、それに対する防衛行為を比較して、ある程度の釣り合いがとれている必要があります(防衛行為の相当性)。

たとえば、素手で殴りかかられたのに対して、刃物を持ち出した場合には、相当性がないと判断される可能性があります」

いくら身を守るといっても、過剰な手段で対抗すれば、正当防衛にはならない、というわけだ。

●重傷事件の「正当防衛」は慎重に吟味される

こうした定義を確認したうえで、判決を解説してもらおう。

「複雑な事件ですが、判決で正当防衛が認定された場面を抜き出すと、被害者(客)に殴りかかられた被告人(店長)が、被害者の顔面を数発殴り、全治1カ月の重傷を負わせた、と認定されています。

確かにケガは重傷ですが、被告人の反撃手段は素手で殴っただけであり、殴った時間も短時間だったと認定されています。また、被害者の店内での態度が悪く、被告人も反撃を受ける可能性があったことなどが考慮され、正当防衛が認められたのだと思われます。

ただ注意してもらいたいのは、この裁判は事実関係にも争いがあった事件で、この判断基準を単純に一般化することはできないということです。通常は、被害者が重傷を負った事案では、正当防衛の認定はかなり慎重に行われると言っていいでしょう」

このように正当防衛の要件を一つ一つ吟味した結果、今回の無罪判決が下されたといえるだろう。この判決は最高裁判所の判例データベースにも掲載されているので、関心のある人は確認してみるといいかもしれない。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

荒木 樹
荒木 樹(あらき たつる)弁護士 荒木法律事務所
釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。

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