衣料品店の店員や小学校の教員に「土下座」を強要し、逮捕されるという事件が相次いでいる。今度は、区役所の職員に土下座をさせた20代の男が逮捕された。
報道によると、男は9月中旬、東京都千代田区役所の窓口で、身分証を持っていないと戸籍謄本を発行できないと説明され激昂。「目ん玉くり抜くぞ、表に出ろ」と男性職員を怒鳴りつけたうえに土下座をさせ、後頭部を踏みつけたという。男は10月末、公務執行妨害の疑いで警視庁に逮捕された。
ここまでなら一連の事件と似ているが、北海道の「しまむら土下座事件」や、滋賀県で小学校教員が土下座させられた事件では、いずれも逮捕容疑に「強要罪」が含まれていた。なぜ今回は、公務執行妨害罪なのだろうか。元検事で刑事事件にくわしい徳永博久弁護士に聞いた。
●強要罪と公務執行妨害罪は処罰の「目的」が違う
「強要罪は、被害者個人の意思決定の自由や身体活動の自由を保護することを目的として設けられた犯罪です。
一方、公務執行妨害罪は、危害を受けた公務員自身の自由ではなく、公務(国または公共団体の作用)そのものを保護することを目的として設けられた犯罪です」
徳永弁護士はこのように説明する。強要罪と公務執行妨害罪は、その行為を処罰することによって、誰のどんな利益を保護しようとしているのか、目的そのものが違うということだ。今回の公務執行妨害は、どのような犯罪なのだろうか。
「公務執行妨害罪が成立するには、公務員が『その職務を執行する際に』暴行または脅迫を受ける必要があります。
たとえ公務員であっても、職務外で暴行または脅迫を受けたのであれば、公務執行妨害罪は成立しないのです。
この点、しまむらの事件では、土下座を強要された方が民間企業の従業員です。そもそも『公務』としての職務執行中という状況ではないため、公務執行妨害罪成立の余地がありません」
たしかに、「公務」を行っていないなら、公務執行妨害罪が成り立つ可能性はないだろう。そうすると、被害者が公務員である、滋賀県の小学校教諭のケースはどうなのだろうか。
「滋賀県の小学校の事件では、被害を受けた場所が、授業中の教室や学校の敷地内ではなく、学外の駐車場でした。そうした点から、公務員としての職務執行中ではないとの評価を受ける可能性があるため、犯罪成立が確実な強要罪を選択したのでしょう」
つまり、強要罪も公務執行妨害罪も、両方が成立する可能性がある場合、より確実に犯罪と認められやすいほうが選ばれるということだろう。それでは今回、区役所内で起きた事件では、なぜ公務執行妨害罪が優先されたのだろうか。徳永弁護士は次のように結論づけていた。
「千代田区役所の事件では、戸籍担当職員が戸籍謄本発行事務作業中に暴行を受けており、明らかに公務の執行中の被害ですから、強要罪ではなく公務執行妨害罪を優先適用したと思われます」