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「性犯罪の被害者名を被告人に知らせるな」 裁判所の「秘匿命令」にひそむ問題とは?
性犯罪の裁判では、起訴状で被害者を匿名にするケースも増えているようだ

「性犯罪の被害者名を被告人に知らせるな」 裁判所の「秘匿命令」にひそむ問題とは?

性犯罪の被害にあった人が、裁判で被告人に名前を知られて、再び被害に遭う――。東京地裁はそんな事態を防ぐため、必要に応じて「秘匿命令」を出す方針を決めた。報道によると、同地裁は捜査資料などに記された「被害者名」が被告人に伝わらないよう、まず弁護人に協力を要請し、弁護人の協力を得られない場合に、強制力をもつ「秘匿命令」を出すという。

性犯罪の裁判では、起訴状で被害者を匿名にするケースも増えている。だが、名前を伏せるということは、裁判で争われる内容が、その分だけあいまいになるということだ。裁判所の「秘匿命令」を、被告人サイドはどんな風に受け止めているのだろうか。刑事弁護のベテラン萩原猛弁護士に聞いた。

●「冤罪」が生じる可能性がある

「捜査機関が犯罪の捜査を終え、容疑者の処罰を求める場合、検察官が『起訴状』を作成し、裁判所に提出して容疑者を『起訴』します。

起訴された容疑者は『被告人』と呼ばれ、『起訴状』には、被告人の氏名のほかに、処罰を求める『犯罪事実』が記載されます。

犯罪事実の記載は『できる限り日時、場所および方法をもって罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない』とされています(刑訴法256条3項)」

それはどうしてだろうか。

「起訴内容は、検察官の『主張』に過ぎません。

被告人は、有罪判決が下されるまでは無罪と推定され、起訴状に記載された『罪となるべき事実』に対して、防御し、反論する権利が保障されています。

もし、有効な防御・反論がなされなければ、冤罪が生じる危険性があります」

たしかに、裁判は主張と主張が対決する場なのだから、被告人にも防御や反論する機会が十分に与えられなければ、フェアではない。

●「事実の特定」は被告人の防御・反論のために不可欠

「この防御・反論の有効性を確保するためには、その対象である『罪となるべき事実』の特定が必要です。『被害者』の特定は、『罪となるべき事実』の特定の一環です。

そもそも『被害者』というのは、『加害者』を前提とする概念です。被告人に有罪判決が下されるまで、実は『被害者』として記載されている者が、本当に『被害者』なのかは明らかになっていません。それを決めるのが、刑事裁判なのです。

ですから、『被害者とされる者』は、氏名などによって『特定』されなければなりません。何者かわからない人物が『被害者』だと言われても、被告人は防御も、反論もできないでしょう」

●被告人を「有罪」と見なしてはいないか?

「今回問題となっている『被害者氏名』の秘匿は、性犯罪の再犯予防を目的としていると言われています。しかし、そのような理由が成り立つのは、被告人が有罪の場合だけです。

裁判官は、『無罪推定原則』に基づいて、公平な立場で審理に臨まなければならないという職責があります。

無実を主張している被告人を前にして、『再犯予防』を理由に秘匿命令を出すというのは、公平であるべき裁判所が、被告人を有罪扱いしていることになるでしょう」

●「事実」をめぐって争う場合には秘匿は認められない

「したがって、『被害者とされる者』の氏名を秘匿することが許されるためには、他の方法で、『被害者とされる者』を、人違いが起きない程度に明確に特定できることが必要です。

少なくとも、被告人が『罪となるべき事実』について争っている場合には、『被害者とされる者』の氏名を、ことさら秘匿することは認められないとすべきでしょう」

萩原弁護士は、このように話を締めくくった。

たしかに被告人サイドとしてみれば、「被害者匿名」を受け入れられるのは、裁判に悪影響がないと確信できるときだけだろう。公平な裁判を確保するため、どこでバランスを取るのか、今後さらに議論を深めていく必要がある問題と言えそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

萩原 猛
萩原 猛(はぎわら たけし)弁護士 ロード法律事務所
埼玉県・東京都を中心に、刑事弁護を中心に弁護活動を行う。いっぽうで、交通事故・医療過誤等の人身傷害損害賠償請求事件をはじめ、男女関係・名誉毀損等に起因する慰謝料請求事件や、欠陥住宅訴訟など様々な損害賠償請求事件も扱う。

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