道路の脇に生えていたバラのとげで顔にケガをしたとして、滋賀県大津市の女性が道路を管理する同市に対して、慰謝料などを求める裁判を起こした。産経新聞によると、請求額は約260万円だという。
報道によると、女性の主張は次のようなものだ。2011年3月に、大津市の市道を歩いている途中、後方からきた車を避けて道路脇に寄った。そのとき、側溝にたまった土から生えていたバラのとげが顔面に当たり、額から頬にかけて長さ7センチのすり傷を負った――そして、女性は「市は除去すべきバラを放置した」と主張して、今年1月に裁判を起こしたというのだ。
市道を管理する市には、道路を安全な状態に保つ義務があるだろうが、どの程度まで求められるのだろうか。道路の脇に生えていた植物でケガをしたような場合でも、市は賠償責任を負わないといけないのだろうか。行政訴訟にくわしい野村創弁護士に聞いた。
●「公の営造物」に関するトラブル
「今回のようなケースで問題となるのは、国家賠償法2条1項に定める『公の営造物』の設置・管理の『瑕疵』が認められるかどうかという点です」
野村弁護士はこのように切り出した。「公の営造物(おおやけのえいぞうぶつ)」「瑕疵(かし)」と難しい言葉が出てきたが、どういう意味だろうか。
「まず、『公の営造物』とは、公の利用に供するため、国や公共団体が設置・管理する物や施設のことで、具体的には、国や自治体が管理している道路や河川などを指します。
また、公の営造物の設置・管理の『瑕疵』とは、その物や施設が通常有すべき安全性を欠いている場合をいいます」
今回は、「市道」におけるトラブルなので、「公の営造物」に関する問題といえるだろう。では、その管理に「瑕疵」があったといえるのだろうか。
●「通常有すべき安全性」を欠いていたか?
「一般的に、市道の管理者である市は、通常有すべき安全性を確保するため、道路の利用者である車両や歩行者に危険が及ばないようにする義務があるといえます。
ただ、側溝にバラが生えていたことをもって、通常有すべき安全性を欠いていたかといえるのか。逆に言えば、市がこのバラを除去する義務があったかどうかは、それぞれの事案の具体的状況によって、判断が異なってきます」
このように野村弁護士は説明する。
「問題となっている市道についていうと、歩道や路側帯の有無や幅の広さのほか、側溝に生えていたバラの生育状況や後方からきた車両の運転態様などを総合的に勘案して、『通常有すべき安全性』を欠いていたかどうかが、判断されることになります」
具体的には、どんな状況が考えられるだろうか。
「たとえば、十分な広さの路側帯があり、生えていたバラも数本程度でほとんど歩行者の妨げにならず、歩行者がとっさに回避行動をとっても、通常はバラに接触しないという状況だったとします。
多数の市道を管理している市としては、道路の側溝に生えているあらゆる草木類を除去するには多額の費用を要するでしょうから、そのような状況のバラまで除去する義務はなく、『通常有すべき安全性』を欠いているとまではいえない、という判断に傾くと思います」
では、逆の状況だった場合はどうだろう。
「たとえば、路側帯が狭く、バラが密生して生い茂っていて歩行の妨げになっており、それが長期間放置されていたような状況だったとします。
そのような場合、歩行者がとっさに回避行動をとったときにバラと接触してケガをすることは、十分に予見可能だといえます。したがって、市には、道路の側溝に生えたバラを除去する義務があり、『通常有すべき安全性』を欠いていたという判断に傾くと思います」
●「高速道路とキツネ」の判例が参考になる
どうやら、大津市を訴えた女性の請求が認められるかどうかは、問題の市道がどんな状況だったかが、大きなポイントとなるようだ。
野村弁護士は、今回の裁判と似たような事例として、高速道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとして、停止した自動車に後続の自動車が衝突した事故のケースをあげる。
「この裁判では、高速道路の管理者に、小動物が道路に侵入することを防止する義務があるのかどうかが争点となりました。
平成22年3月2日の最高裁判決では、(1)小動物との接触により運転者等が死傷する危険性はそれほど高くないことや(2)小動物侵入対策が広く採られていたという事情がないこと、(3)その対策に多額の費用がかかること、(4)動物注意の標識が立てられ注意喚起がされていたこと等の理由により、道路に設置・管理の瑕疵はないとして、道路管理者の賠償義務を否定しました」
このように説明しながら、野村弁護士は「この最高裁判決も、市の賠償義務を考えるうえで参考になるでしょう」と話していた。