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裁判官の一生〜判事補の任用と異動〜 岡口基一

 裁判官の一生〜判事補の任用と異動〜 岡口基一

前回(https://www.bengo4.com/times/articles/5954076339/)、控訴審・抗告審の裁判官対策について書かせていただいたが、おかげさまで、読者アンケートでは「非常に満足」との意見が多かったとのことである。裁判所内部のことは、裁判官やそのOBが、こういう媒体を使って紹介していかないと、なかなか表に出ない。内部からの情報発信は、もっとされるべきであり、私自身も、機会があれば、裁判所の中にいなければわからないことを紹介していければと思っている。 さて、今回新たに依頼されたテーマは「裁判官の一生」である。そのうち、判事補の任用と異動に限った話をしてみたい。なお、いわゆる弁護士任官については、私よりも読者の方々のほうが詳しいであろうから、専ら司法修習生からの任用について説明したい。 (弁護士ドットコムタイムズVol.77<2025年12月発行>より)

判事補の任用


裁判官の任用は、人選がとても重要である。裁判官は憲法で身分保障がされているため、とんでもない人間を選んでしまったら、その悪影響は、その裁判官が定年退官するまで何十年も続くことになる。

裁判官には、高度の事務処理能力が必要である。とりわけ民事裁判官は極めて多忙であり、例えば東京高裁民事部の激務は、それに耐えられないとして依願退官者が出るくらいである。事務処理能力がない人間を選んでしまうと、本人にとっても裁判所にとっても、お互いに不幸である。

また、もちろんであるが、裁判官は法的思考力も十分に持ち合わせていなければならない。超多忙な中で、実にさまざまな種類の事件や法律と向き合い、それをすぐに理解して、短時間で処理していかなければならないが、そのためには、基礎的な法的素養やリーガルマインドが必須である。

そこで、司法研修所の裁判教官は、自分のクラスの司法修習生の中から、裁判官の適性がある者を見つけ出し、勧誘しなければならない。しかも、それは、修習開始するとすぐに始めなければならない。欲しい人材がどんどん他に取られていってしまうからである。私が任官した頃と現在の大きな違いは、修習期間の長さである。30年前は、修習期間が2年間あり、しかも、入所直後の「前期修習」の4カ月では、裁判教官が、自分のクラスの修習生を丁寧に観察することができた。しかし、今では修習は1年であり前期修習もない。クラスの教官は、全国の実務修習地に散ってしまった司法修習生にわざわざ会いに行って、懇親会などのわずかな時間で、各司法修習生の「人となり」などを判断するしかない。昔は、実務修習のメンバーとクラスのメンバーは一致しておらず、私が水戸で修習した際も8人はそれぞれ別のクラスであったが、しかし、それでは、教官の負担が重すぎる。全国の修習地を全部回らなければならないからである。そこで、今は、同じクラスの司法修習生が同じ修習地になるようにしている。

司法修習生の法的思考力の有無は、起案をさせてみればすぐにわかる。そこで、前期修習があった頃は、前期修習中は成績が付かないにもかかわらず、司法修習生は何本も起案をさせられた。裁判官の適性があるかを早い段階で判断しなければならないからだ。そこで、起案の中に、修習生の法的センスを確かめるための問題を忍ばせておき、それが解けるかどうかを確認している。

私の期(46期)では、「民事裁判」科目での起案において、こういう問題が出題された。根抵当権設定登記の抹消請求訴訟(所有権に基づくもの)で、登記保持権原の抗弁として根抵当権設定契約の成立の主張がされたが、それに対し、その根抵当権が消滅したとの再抗弁の主張がされた。消滅原因は、根抵当権の確定時に被担保債権がなかったことである。

この再抗弁の要件事実は、根抵当権が確定したことと、その際に被担保債権がなかったことの二つになりそうである。しかし、後者は、「なかった」という消極的事実が要件事実となっている。消極的事実の立証は悪魔の証明とも言われ、立証に困難を極める。だとすると、後者は、要件事実から外し、その反対事実である「根抵当権の確定時に被担保債権があったこと」を再々抗弁に回すべきである。

当時は、現在とは異なり、司法研修所に入所して初めて要件事実というものの存在を知った時代である。その入所後わずか2カ月程度後に、根抵当権登記の問題を全く初めて解かされた。しかし、要件事実それ自体にほとんど慣れていない段階でも、法的センスがある司法修習生は、被担保債権が「なかった」という消極的事実を要件事実とすることに違和感を感じ、それをなんとかしようと論理構成してみる。現に、私と同じクラスのO司法修習生は、この問題を正解しており、その後、裁判官に任官し、現在は某高等裁判所の裁判長である。

現在でも、司法修習が始まると、早い段階で、司法修習生全員を対象とした起案がある。その中にも、修習生のセンスを確認する問題が含まれているので、裁判官任官を考えている人は、それに気を付けた方がいいということである。

しかし、もちろんであるが、その問題を正解したか否かで全てがわかるわけではない。今は前期修習がないため、裁判教官は、司法修習生のリクルートに大変に苦労している。裁判官希望者は多いのだが、希望者をそのまま裁判官にさせるわけにはいかない。

適性のある司法修習生を探す手掛かりとしては、司法試験や予備試験の合格順位や、いわゆる四大事務所の内定の有無もあり、とりわけ、この内定が重視されているという話もある。しかし、直近の77期司法修習生の中でも、こういう内定を一切持っていないのに裁判官に任官した者もおり、内定の有無が決め手になっているわけでもない。

なお、近時は、女性の裁判官任官者も増えている。裁判官任官者の3割程度が女性である。私が任官した頃より少し前の時代は、司法研修所の教官が、司法修習生らの前で、「女性は裁判官にならないでほしい」と平気で発言するようなこともあったが、そういうことは、完全に過去のことになっている。もっとも、女性任官者の比率が今後どんどん増えることにはならないであろう。司法試験の合格者の男女比率が、女性が3割程度だからである。

判事補の異動


司法修習生から判事補に採用が決まると、すぐに、その赴任地も決まる。それが本人に告げられると、すぐにクラスの裁判教官に電話で知らせ、これまでの感謝も述べる。

任地が東京、大阪であると、教官もとても喜んでくれて話が弾むが、他方、それ以外の任地の場合は、教官の反応はさまざまである。多くの教官は、普通に喜んでくれるが、そうではないタイプの教官もいる。私の同期では、名古屋に決まったとの連絡をしたところ、教官から「おい、〇〇(名前)! お前の裁判官人生は大体見えたな」と言われたとのことである。そんなに出世はしないだろうという意味である。

民事刑事のいずれに配属になるかは、私よりも上の世代では、あいうえお順など、かなり形式的に決めていたようであるが、私の頃には、本人の希望を聞いてくれていた。もっとも、傾向としては民事希望が多いので、どうしても、その一部は刑事に行ってもらうことになる。

その後、判事補の10年間は、いわゆる最高裁人事であり、全国のどこに行かされるかわからない。最初の任地は2年だが、その後は、基本は3年ごとに異動することになる。

任地の希望は、一応、第3希望まで出せるが、しかし、私が東京地裁に異動になったときは、最初に、「次の異動先が遠い地であっても文句を言いません」という一筆を書かされ、実際、東京の次は、遠い九州の地であった。

しかし、近時、この遠距離異動が大きな問題となっている。私が判事補の頃は、遠い任地でも、我慢して、単身赴任をしていたものであるが、今は、そういう時代ではない。人生を豊かにするのは、仕事ではなく、家族と共にいる時間である。とりわけ子供が小さい頃は、なるべく一緒にいてあげたい。遠い任地が決まると、裁判官自体を辞めてしまう例も徐々に増えている。

特に、女性裁判官は、子育ての関係など、深刻な問題に直面する。この国では、今でも、育児は女性が中心であり、それは、男性裁判官が育児休業がとれるようになった後でも大きくは変わっていない。昔は、女性裁判官自体がとても少なかったため、ある程度の配慮をしてもらっていたが、ここまで女性裁判官が増えてしまうと、特別扱いをする余裕はなく、男性裁判官と同じように、全国どこでも行ってもらうしかない。

また、しぶしぶ遠方に異動はしたが、異動先で裁判官を辞める例も散見される。例えば、四大事務所の内定も得ていたが、裁判教官の強い説得もあって、判事補に任官したある方は、最初の東京赴任時代は、充実感を感じていたが、遠方の任地に異動となり、家族と離れ、刑事裁判官として単独事件を担当するようになると、覚せい剤事件などの処理の単調さも嫌になって、裁判官を辞め、東京のインハウスに転身した。

こういう例を見ると、最近の判事補の採用の仕方には、やはり問題があるように思われる。確かに事務処理能力は必要なのであるが、だからといって、優秀層を獲得しようとすると、四大事務所の内定者から選ぶことになり、企業法務、ファイナンス、知的財産などに興味がある人材が、刑事裁判をしながら、自分の人生に疑問を持つようなことになる。もっとも、刑事事件が好きな修習生の多くは、検察官か刑事弁護人になりたがるようであり、それは、野球であっても、アンパイヤをするよりは選手をした方が楽しいということなのかもしれない。

ただ、この10年間の判事補時代をなんとか乗り越えてくれると、11年目からは高裁人事となる。基本的には同じ高裁管内での異動のみとなるため、遠方といってもそこまで遠方ではなく、基本的には、子供を転校させなくてもよい程度の異動が続くことになる。そのため、この問題は、最初の10年間をいかに乗り越えてもらうかということでもある。

 新任判事補の人数は、私が任官したときは年間100名を超えていたが、令和に入ってから、年間60名後半から80名前半程度の人数しか任官していない。司法試験の合格者数が大幅に増えているにもかかわらずである。しかも、判事補の依願退官者も目立って多くなっている。判事補の採用及び10年間の定着について、抜本的な解決策を検討する時期に来ているようにも思われる。

最後に


今回は、判事補の任官、異動について、思うところを書かせていただいた。今後も、こういう機会があれば、元裁判官として、裁判所の内部の実情について、明らかにしていければと思っている。

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