多くの若手弁護士が仕事と育児の両立を目指している〜弁護士キャリア最前線〜
全てを投げうって仕事に没頭し、キャリアを築く。かつてはそれが「できる弁護士」の在り方でした。しかし、現在はワークライフバランスを重視して子育てにも積極的に参加する弁護士が増えています。 弁護士・法務人材のキャリア支援サービス「弁護士ドットコムキャリア」では、普段から労働問題を中心に扱っている神奈川総合法律事務所の嶋﨑量弁護士にインタビューし、弁護士の働き方とキャリアについてお話を伺いました。 聞き手/弁護士ドットコムキャリア 原田大介・青山祐太郎 文/是永真人 (弁護士ドットコムタイムズVol.70<2024年3月発行>より)
育休の取得を宣言すると
周囲は応援してくれた
―最初に、神奈川総合法律事務所の特徴と嶋﨑先生のご経歴を教えてください
神奈川総合法律事務所は労働問題や様々な人権課題を扱っている弁護士11名の共同事務所です。私は司法修習60期で、修習後に当事務所に入所しました(入所当初から、イソ弁ではなく経営者側の立場)。
長年労働問題に取り組んできた事務所で、私も労働問題の労働者・労働組合側の事件や活動を中心に取り組んでいます。現在は主に日本労働弁護団で活動し、全国組織の事務局長も経験させていただきました。
―労働問題に精通した嶋﨑先生から見て、企業だけではなく法律事務所でも働き方が変わってきたと感じますか
以前に比べると大きく変わってきたと思いますね。当事務所には20期台から70期台まで幅広い年齢層の弁護士が在籍していますが、特に私より下の世代は男性弁護士でも育児に関わり、仕事と育児の両立が当たり前になっていますし、上の世代もこれを認めてくれています。
私は子どもが3人いて、第1子出産時と配偶者(正社員)の育休からの職場復帰時に計3回の「育休」を取りました。初めて育休を取ったのは日本労働弁護団の事務局長を務めている時で、かなり時間を割かれる重要なポストに就いていたので周囲から危惧する声が上がるかもしれないと不安でしたが、蓋を開けてみるとみんな応援してくれました。
自営業者として働く私のような弁護士の「育休」は法的な制度ではないので、休業と言っても仕事を自分でセーブするだけです(直近の3回目は、3週間できるだけ期日・打ち合わせ等入れず、保育園の送迎・食事作り等の家事も全て担当し、職場復帰時の配偶者の負担を軽減する)。しかし、周囲に宣言することで何かしら周囲に影響があるのかもと思い、最初の育休取得時は公言して対応しました。結果、所内の方も所外の方も、私の働き方を温かく受け入れてくれました。
理想は、自分らしく働きながら
キャリアを築けること
―『弁護士ドットコムキャリア』には「育児との両立ができないから転職したい」という声も寄せられています
この2つの折り合いをどう付けていくかに正解はないと思います。弁護士は、登録直後は特に仕事に費やす時間が長いほど成果を出しやすいのが現実でしょうし、担当する案件が増え経験を積め、将来の顧客層の確保にもつながります。かつては仕事に没頭してキャリアを築いていくことは「できる弁護士像」の典型であったように思います。
ただ、最近はそれが全てではない、という風潮も生まれているように思います。自営業の弁護士の長時間過密労働は命と健康のリスクを抱えますし、30年40年と弁護士を続けていくことを考えれば、育児にあてられる人生の僅かな時期にワークライフバランスを保って働きながら自分らしいキャリアを築くことも選択できるのが、弁護士としての理想ではないでしょうか。
―育休を取得して後悔したことはありますか
育休を取得したことで「あの案件に関われなかったな」「仕事がたまって依頼者に迷惑をかけたな」と、時間の確保に苦労した思いは山ほどありますが、「『育休』を取らず配偶者に任せて仕事だけに注力しておけば良かった」と後悔したことはありません。
私は労働者側の労働問題を中心に扱っているので、自らが育休を取得することで、多くの労働者と同じ課題に自分も直面し、アドバイスの質や重みが変わり、自身の体験を踏まえた弁護士のキャリアも拓けるはずだと信じています。
ジェンダーギャップを解消するには
男性が変わらなければならない
―企業の労働問題において育児や介護が争点になる場合はありますか
裁判や紛争レベルで男性の育児や介護が取り上げられることはさほど多くありませんが、法改正や集団的な労使関係においては大きなトピックです。
大きく影響するのは、男性側というより女性労働者側でしょう。育児介護を理由に辞職を強いられるような典型事案だけでなく、マミートラックなども含む、女性労働者のキャリア形成の問題も大きいです。マミートラックとは、女性が育児と仕事を両立する代わり、昇格昇進などのキャリアアップが果たせないようなことを指します。育児と仕事の両立の問題は、法改正など労働政策でも大きな争点になっており、私のような労働者側の弁護士、特に男性の立場から発信していくことも重要だと考えています。
また、女性労働者のマタハラ・育休関連の事件を担当して、ジェンダーギャップを痛感することもあります。「男性弁護士に気持ちがわかってもらえるはずがない」という積み重なった思いを感じることもありますし、今でも全ての女性労働者の思いを私が理解できているはずもないと自戒もしています。
男性の弁護士が自身の育児におけるさまざまな問題点を自覚し、自身の問題として向き合っていれば、それは性別や労使の立場を問わず、妊娠や育児が関わる労働問題に取り組むときに活かされるだろうと思っています。
―弁護士も企業も男性が変わらなければならない、ということですね
私自身も育児に関して十分な時間を割けているとは思っておらず、いつも悔いばかりです。それでも、男性である私が育休を取り、仕事と育児の両立に挑むことは、子どもたちや配偶者にはもちろん、社会的にも大きな意義があると思っています。
―今後、法律事務所が良い人材を確保する上で大切なことは何だと思いますか
ワークライフバランスの視点は重要だと思います。最近、事務所で採用も担当しているのですが、修習生が弁護士の働き方を気にしていて、「仕事と生活時間のバランスをどうしているか」「一日のスケジュールを教えてほしい」等と質問されることが増えました。良い視点だなと思ってできるだけ実態をお伝えするようにしています。
家事や育児にどれだけ時間を割けるか、仕事と両立できるかは、若手弁護士にとって重要な検討事項になっているように思います。産休・育休を取得して仕事に復帰し、キャリアアップできている女性が事務所に在籍しているかどうかは、すでに企業では注目される視点ですが、今後は法律事務所にとっても採用面で大きな武器になるのはもちろん、企業団体等の顧客から選ばれる事務所になるためにも重要な要素となるはずです。
育休にしても、男性弁護士は短期間であれば新規案件を一時的に減らすといった調整で済むでしょうが、女性が出産に伴い完全休養に入る場合、業務委託等の形態であれば相当期間仕事をできず「事務所内でのキャリア形成が難しくなるのでは」と不安になるでしょう。さらには、男女問わず、顧客確保の機会喪失という点は解決が困難な課題です。
少なくとも、弁護士の業界全体で、子育てによるキャリア継続等の課題を認識し、これを温かく受け入れる雰囲気を作り出していければ、法曹界・弁護士業界全体に、良い人材を集めることができるのだろうと感じています。
―若手弁護士へのメッセージをください
多くの事務所が弁護士採用に苦労しており、働き方について若手弁護士の意見を尊重する事務所も増えているように思います。コロナ禍を経てオンラインでの裁判・ミーティングや在宅ワークも一般化し、弁護士の働き方もさらに多様化しています。その中で皆さんが自分らしく働きながらキャリアを築ける場所を見つけ、力を発揮してほしいです。
お知らせ
弁護士ドットコムでは、弁護士・法務人材のキャリア支援サービス「弁護士ドットコムキャリア」を展開しています。これまで蓄積してきた知見と、豊富な弁護士・法務人材のデータベースをもとに、各事務所・企業の特徴や状況に合わせたキャリア支援を行っております。
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嶋﨑量弁護士
60期、神奈川県弁護士会所属、神奈川総合法律事務所在籍。日本労働弁護団常任幹事、ブラック企業対策弁護団副事務局長、ブラック企業対策プロジェクト事務局長を務めており、労働者・労働組合側の立場で労働問題に取り組んでいる。