弁護士は“先生“脱ぎ捨て、社長に寄り添おう 会社の問題も個人の悩みも全部受け止める「社長法務」に進化
生成AIの台頭で士業の「専門性」がより問われるようになったが、顧問契約などを通じて顧客になりうる企業などに対しどのように自身をアピールすればいいのだろうか。中小企業経営者に特化したサービス「社長法務」を提唱する島田直行弁護士に、どのように経営者に寄り添って自身の専門性を発揮しているのかを聞いた。(取材・文/若柳拓志) (弁護士ドットコムタイムズVol.76<2025年9月発行>より)
「先生」を脱ぎ捨て「目線を揃える」
──経営者との信頼関係はどのように構築していますか
私が最も重要だと考えているのは、経営者と「目線を揃える」ことです。
明確な答えを求められることの多い弁護士は、「合法か違法か」「できるかできないか」という二項対立の思考に陥りがちです。しかし、そこには経営者との間に見えない壁を築いてしまうリスクがあります。
経営者が日々直面しているのは、「売上を最大化しつつ、コストは最小化したい」「新規事業に投資したいが、既存事業の安定も図りたい」といった、一見矛盾する課題を両立させようと奮闘している現実です。
「AかつB」をどう実現するかという課題に対し、弁護士が「Aは合法ですが、Bは違法です」という二元論を持ち込んでも、経営者からすれば「それは分かっている。だからこそ、どうすればいいかを聞いているんだ」となるわけです。
もちろん、法的判断を伝えることは弁護士としての基本です。しかし、それだけで思考を止めるのではなく、「どう折り合いをつけるか」「現実に即した代替案は何か」を共に考える姿勢が、経営者にとっての真の支援につながるのだと思います。
多くの経営者が求めているのは、駄目出しではなく、「どうすれば実現できるのか」という創造的な代替案です。たとえ難しい局面でも、頭ごなしに否定せず、一緒に選択肢を探る姿勢が信頼関係構築の第一歩となります。
──具体的にはどのようなことを実践していますか
相談しやすい雰囲気づくりの一環として、できる限り経営者の会社を訪問するようにしています。倉庫の片隅でトラックの音を聞きながら打ち合わせをしたこともあります。そうした現場に身を置くことで、経営者の温度感や空気感が伝わりますし、対応力や信頼感につながります。
また、初めて来られる経営者の多くは強い不安を抱えていますから、明るい雰囲気作りを意識し、安心感を伝えることから始めます。雑談のような一見非効率な時間も、相手の緊張を解き、本音を引き出すためには大切なプロセスです。
問いかけでは、やみくもに「なぜ」と問うのではなく、具体的な事実に即して冷静に話を聞き、相手の話を決して否定しない姿勢を貫くようにしています。「質問の質が解決の質を決める」と考えています。
ポイントは、聞きとった事実から早急に物語を組み立てないことです。人間は一度ストーリーを構築すると、それに沿って事実を解釈してしまいがちです。常に先入観を排し、「物語のスクラップ&ビルド」を繰り返す柔軟性が、真実を見極める上で不可欠です。
やり取りの中で、「不完全な自分」をさらけ出すこともあります。弁護士の中には、「完成された先生」として「無謬性」を演出する人もいますが、それはかえって経営者との間に壁を作ることになりかねません。経営者は多くの失敗を乗り越えてきた経験を持ってますので、失敗談を語ることは「目線を揃える」こととほぼ同義です。
経験の差とは「成功の数の差」ではなく「失敗の数の差」に他なりません。完璧な「先生」であろうとするのではなく、対等なパートナーとして、時には厳しいことも伝えながら、経営者を支えることが大切だと思います。
「公私の曖昧さ」を一度すべて受け止める
──中小企業には、創業者などが過半数以上の株式を所有する「オーナー企業」が多くあります
オーナー企業の支援で重要なのは、「公私の曖昧さ」という特性を理解し受け入れる覚悟を持つことだと思います。
上場企業と異なり、オーナー企業では会社と個人が分かち難く結びついています。会社の資金繰りの悩みが、そのままオーナー個人に対する連帯保証のプレッシャーとなり、家庭内の不和が事業の意思決定に影響を及ぼすことも日常茶飯事です。オーナー自身、その悩みが「会社の問題」なのか「個人の問題」なのか区別できていない状態にあることは決して珍しくありません。
こうした相談を受けたら、法的な話か否かに限らず、一度すべての相談を受け止めることにしています。その上で、法律の専門家として、問題を法務、税務、労務、家庭問題などに切り分けて交通整理をする。たとえば「後継者との不仲」という相談であれば、相続問題、人事上の配置、議決権構成といった複数の視点に分けて整理します。優先順位をつけて「まず、ここから始めましょう」とロードマップを提示するというプロセスが、弁護士としての仕事だろうと思います。
──「公私の曖昧さ」は地域によって違いがあるのでしょうか
地域差よりも「事業の規模」による違いの方が大きいと思います。上場している大企業と中小のオーナー企業とでは経営の本質が異なります。
大企業はルールが厳格で、手続きが非常に重視されます。一方、オーナー企業は、良くも悪くも手続きが簡略化されており、社長の意思で物事が決まる「スピード感」が強みです。経営資源で大企業に勝てない分、スピード勝負をするわけです。寄り添う弁護士も、そのスピード感を決して潰してはならないと考えています。
「問いを立てる力」と「伝える力」を磨くべし
──AI時代における士業の在り方についてはどのように考えていますか
人間の専門家としての価値は「悩むこと」だと考えています。AIは膨大な情報からおおむね正しい答えを提示できますが、悩みません。しかし、人間の悩みには「配慮」があります。
経営者が悩むのは、従業員や家族、取引先のことを本気で考えているからです。その苦悩に共感し、寄り添うことこそ、人間にしかできない価値です。「誰に、どんな表情で、どう伝えられたか」によって、人は物事の受け止め方が変わります。だからこそ、AIによって効率化される部分と、人間だからこそできる「共感・慈愛・直感」の部分を意識的に分けて鍛えるようにしています。
私自身は、AIを有能なアシスタントと捉え、積極的に活用しています。セミナーの構成案作りやアイデアの壁打ちには非常に有効です。
ただし、その答えを鵜呑みにするのではなく、最終的には自分の感性で判断しています。時には「これは美しいか」といったAIにはない基準で物事を捉える。そこに人間として判断することの意味があると考えています。このような人間的な感性こそが、社長の迷いや葛藤に寄り添い、経営判断に伴走する社長法務の根幹でもあると感じています。
AIを使いこなす上で重要なのは、「問いを立てる力」と「伝える力」です。良い問いを立てられるかどうかがAIの答えの質を左右しますし、曖昧な表現が通用しないAIに的確に指示するプロンプト設計力も不可欠です。これは今後、専門職に共通して求められる能力でしょう。
AIの発達は「人間らしさとは何か」をより深く問うてくるものだと感じています。哲学や美術といったリベラルアーツから人間の本質を学び、表現力を磨くことがより大切になるのではないでしょうか。
【プロフィール】
島田 直行(しまだ なおゆき)
京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。「中小企業の社長を360度サポートする」をテーマに‘‘社長法務’'を提唱。労働問題、カスハラなど「ひとの問題」を中心に取り扱う。著書に『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)、『院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか?』(日本法令)など。