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すべての「働くひと」が輝く社会へ 企業労働法務のスペシャリストが見つめる「日本型雇用」の未来

すべての「働くひと」が輝く社会へ 企業労働法務のスペシャリストが見つめる「日本型雇用」の未来

企業労働法務を専門に多数の企業の顧問を務め、人事労務に関する著作は25冊以上。Yahoo!ニュース個人などのメディアを通じて雇用の問題について発信もおこなう。企業法務のスペシャリストである倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所)に話を聞いていて感じたのは、すべての「働くひと」に向けた優しいまなざしだ。 自身を「課題発見型のコンサルタントみたいな存在」と表現する。何よりも重視しているのは、労使紛争が生じる前に関わること。人事部の定例会議にも参加して「採用のフローってどうなってます?」「最近困っていることありますか?」とヒアリングして問題を洗い出し、その企業の社風や価値観に合った最適解を提示する。 企業の頼れるパートナーとして顧問業務に邁進する倉重弁護士。しかし、その目は企業の利益だけを見つめているわけではない。目指しているのは働きがいのある職場づくりであり、ひいては、仕事を心から楽しむ労働者を1人でも増やすことだという。 企業と労働者に向けて力強いエールを送り続ける倉重弁護士に、「朗らかに働く人を増やす」というビジョンに込めた思いや、日本の雇用の現状、目指す雇用社会を実現するために必要なことについて聞いた。

「朗らかに働く人を増やしたい」


ーーそもそもなぜ、企業側の弁護士として活動するようになったのでしょう。

1つは、独立前に所属していた事務所の影響です。所長は使用者側も労働者側も依頼があれば受けるスタンスでしたが、事実上は企業側の案件が9割近くを占めていました。

もう1つは、企業側で活動するほうが、世の中により大きい影響を与えられると考えているからです。一人ひとりの労働者を救うことももちろん大事ですが、多くの人が朗らかに働けるように、社内制度を見直すなどして働きがいのある職場をつくっていく方が幸福の総量を増やせるのではないかと思ったんです。

ーー事務所理念として「朗らかに働く人を増やす」を掲げています。企業側の弁護士として活動する倉重先生がこの理念に込めた思いを教えてください。

今までの労働事件において、弁護士は「起きてしまった紛争」を解決するために介入することが多かったと思います。しかし、労働者にとっても企業にとっても、紛争は起きないに越したことはありません。

企業とのトラブルなく、働きがいのある環境でキャリアを積んで、「この仕事ができて良かった」と思える人、それが「朗らかに働く人」であり、そういう人を増やしたいと考えています。

朗らかに働く人を増やすために、弁護士が企業に対してできることは色々あります。企業と一緒に、「そもそも何が課題なのか」を探すこと。社内の人事制度設計に関わり、その企業にとっての最適解を一緒に検討すること。労働法制や最新の裁判例などの情報を発信すること。トラブル防止のために社内研修を実施することーー。紛争解決だけが弁護士の役割ではありません。

弁護士はトラブルが発生したときに依頼すると思っている企業が多いのですが、実際にトラブルが起きてしまうと、収束させるには時間もお金もかかります。紛争を起こさないための関わり方を重視しています。

ーー紛争が起きる前に介入するために、どのような取り組みをしていますか。

普段から、顧問先との接触機会をできるだけ多くしています。人事向けの勉強会を開催したり、顧問先によっては毎月の定例会議にオンラインで参加したり、セミナー動画の配信やYouTubeチャンネルでの解説動画などを通じて、多様なチャンネルでコンタクトを取るようにしています。

日々の業務で疑問や不安が生じたときに気軽に質問してもらえるように、電話やメールだけではなく、相談資料が整っていない段階でも、チャットでの相談も受け付けています。

相談に対してアドバイスする際は、聞かれたことへの返答だけでは終わらせないようにしています。相談内容に関連して、「こういう問題も起きていませんか?」とヒアリングしたり周辺の規定を見せてもらったりして、トラブルの芽を見つけたら大事に至る前に対処します。

企業の人事の方が何に悩んでいるのかを知りたいので、「どういうフローで採用進めてます?」「採用の基準はどう設定してますか?」というふうに私からも質問します。弁護士であると同時に、課題発見型のコンサルタントのような存在でありたいと思っています。

月額の顧問料をいただければ相談時間の制限は特に設けていません。使い倒してもらった方が企業にとって得ですし、私も企業の内情をよく知れるので、「こんなこと聞いていいのかな」と思うことも気軽に相談してくださいと伝えています。

雇用の移り変わりが当たり前の社会を目指して


ーー倉重先生はまさに朗らかに働いているようにお見受けします。

私自身、最初に入った外資系事務所の仕事は合いませんでしたが、労働事件が専門の安西法律事務所に入所したことで、労働法という夢中になれる分野に出会えました。

どんな仕事が自分に合うかは、勉強するだけでなく、実際にやってみないとわかりません。日本ではまだまだ「石の上にも3年」というような価値観が根強く、転職はよくないことと思われがちです。ブラックな労働環境でも、仕事がつまらなくても、「嫌だから辞める」という選択ができずに我慢して働いている人が少なくありません。

しかし、転職というカードも切れる状況で、働きながら自分に適した仕事を探せる社会になれば、より多くの人が自分の能力を発揮できます。「20代で1回は転職するのが普通」「1社目で失敗しても、転職して自分に合った企業を見つければいい」。そういう感覚が当たり前になってほしいと思っています。

ーー職場や働き方を柔軟に変えられる社会をつくるためには、何が必要なのでしょうか。

まず、雇用が流動化することが前提だと思います。自分に合う仕事に出会うために転職する人もいれば、辞めた職場に戻る人もいる。生活の変化に伴って雇用形態を変えたり、一時的に休職して大学院で学び直しをしたりすることもできる。行き来が自由だからこそ主体的に働き方・学び方・生き方を選択でき、自律的なキャリア形成が可能になります。

今の固定化された雇用慣行を変えていくために必要なことが、解雇の金銭解決制度の創設と新規採用へのインセンティヴです。「給料の半年分を支払う」というように、一定の水準の金額を設定すれば無用な解雇が乱発されるリスクは防げる上、金銭的により救われる人も生じます。

また、企業が解雇しやすくすることに併せて、労働者が自分に合った別の企業に出会える機会を増やす採用へのインセンティヴ、具体的には新規採用をおこなった分に応じた社会保険や税制優遇措置などが考えられます。

解雇の金銭解決を「出口」とするなら、「入口」つまり採用を積極的におこなうための施策もセットで進めることが求められます。

日本の解雇規制は非常に厳しく、高度経済成長期の終身雇用が前提の中でできたルールが今でも残っています。ミスマッチな労働者がいても、コンプライアンスを重視する企業ではなかなか解雇できません。

解雇規制のルールができた昭和の高度経済成長期と令和の今とでは、社会の状況が明らかに変わっています。世の中が劇的に変化する中で、いつまで終身雇用の幻想にこだわり続けるのでしょうか。

必要なときに必要な人を採用し、状況が変わって必要なくなったりミスマッチだったりした場合は、その企業での役割は終わりということで、十分な金銭補償とともに雇用終了する。そして、労働者は、能力を発揮できる別の企業に移っていくーー。1つの企業で働き続
けることにこだわるのではなく、社会全体として雇用を回すという発想をこれからのスタンダードにする必要があると思います。


「弁護士も、もっと多様なキャリアを選択する人が増えていい」


ーー実務に加えてセミナーや執筆活動、SNSでの発信など、日々エネルギッシュに活動できる秘訣は何でしょう。

大事なのはよく寝ることですね。最低6時間、できれば7時間。深夜2時まで仕事したり飲んだりすることもありますが、その場合は朝9時まで寝ます。1人フレックス制度と呼んでいます(笑)。

あとは何よりも、自分が夢中になれる仕事に出会えたことが大きいです。安西先生の事務所に入所した当時は労働法の「ろ」の字も知らなかったので、一から勉強しました。

少しでも早くキャッチアップするために、勉強を始めたばかりの時期にあえてセミナーを企画していました。「2か月後に労働法のセミナーやります」と先に宣言するんです。詳しくなるしかない、という思いで勉強すると、漫然とテキストを読むよりはるかに頭に入ってきます。自分に負荷をかける作戦でしたが、とにかく勉強が楽しかったので苦にはならなかったです。

「これをやらないと上司に怒られる」「ノルマだから」というような気持ちで仕事をしている間は、いいパフォーマンスはできません。ボスから指示された仕事を淡々とこなす時期も必要ですが、ずっとそのスタイルを続けていると、いつかは辛くなるタイミングが来るのではないでしょうか。

1日の3分の1は仕事ですから、やりたいと思える仕事をする方が絶対に充実した時間を過ごせます。内側から「やるぞ」と湧き上がるものがある人とない人とでは、傍から見ても輝きが違いますよ。

ーー弁護士の働き方についてはどのようにお考えですか。インハウスを選択する弁護士も増えています。

弁護士のキャリアも変わってきていますよね。弁護士資格を取っても弁護士にならず、企業に就職したり、企業の社長になったり、多様な選択をする人が増えればいいと思います。

インハウスはいろいろな分野を扱うので、最初はインハウスで働いて自分に向く分野を探して、その上で専門事務所に転職するという道もありだと思います。インハウスを雇用できるくらいの企業であれば福利厚生もしっかりしていますから、仕事と家庭の両立もしやすいですし。

最近は弁護士事務所でも、福利厚生を充実させる動きが出てきているみたいですね。いい人材を採用するために賃上げしたり、労働条件をよりよくしたりしている。

私の事務所でも福利厚生は充実していますよ。ちょっと変わったところだと、おうち時間を充実させるための手当があります。テレワークが続くと腰が痛くなったりするので、整体手当と、運動不足解消のために週1回のパーソナルトレーニング手当を支給しています。年末には家電買い替え手当も出しました。

いずれにせよ、弁護士にとっても重要なのは、自分のキャリアを誰かに言われて決めているのではなく、自分で「選択」していることだと思います。

ーーコロナ禍に伴って、倉重先生自身の働き方は変わりましたか。

大きな変化としては事務所移転です。2022年3月に、新橋から代官山に移りました。前の事務所は会議室が3つあったんですが、ほぼテレワークで顧問先との会議もオンラインなので、そこまでの設備は必要ないと判断して移転を決めました。今は会議室1つですが、動画撮影のためにスタジオ設備を入れましたし、プロジェクターもあるのでセミナーも開催できます。

この辺りはおしゃれエリアのイメージが強いので、「こんなところに法律事務所があるんだ」と印象に残りやすいかなと思いまして。代官山といえば倉重さん、というイメージを獲得しやすいと考えてこの場所を選びました。

雇用への認識をアップデートするため、発信を続けたい


ーー今後、取り組んでいきたいことはありますか。

まだ出会えていない人にリーチするために、YouTubeでの動画配信を強化したいです。登録者数が400人くらいなので、まだまだ弱小YouTuberなんですけど(笑)。それでも、けっこう大きい企業から「YouTube観ました」と問い合わせが来ることもあります。

YouTubeを通して、真っ当な意見を届けたいと思っています。例えば、先ほどの解雇の金銭解決は、「労働者を使い捨てる発想」などと偏った報じられ方をすることが多いです。ネガティブなイメージだけが先行しているので、私の考えを伝えて、観た人の認識をアップデートできる動画を作っていきたいですね。

執筆活動も続けますし、雑誌や新聞の取材にも積極的に対応していきます。複数の発信源があればそれだけ色々な層の方にリーチできるので。

私が様々な媒体で発信したり、顧問弁護士として企業をサポートしたりする目的は、「将来の日本の雇用社会を良くする」ということに繋がっています。

今はちょうど、昭和の日本型雇用から働き方がどう変わるのか揺らいでいる時期です。雇用が流動化して、魅力や働きがいのある企業には必要な人が集まり、各人が能力を十分に発揮して働ければ、その企業はどんどん強くなります。

いい人材が集まることで企業の国際的な競争力が高まれば、結果的に、日本の雇用を守ることにもつながります。終身雇用にしがみついたままでは少しずつ地盤沈下して日本の雇用社会全体が弱っていくだけです。どんな雇用社会を日本として選択するかが問われている今だからこそ、よりよい雇用社会を実現するための活動を続けていきたいと思います。

(「FIVESTAR MAGAZINE 」2023年3月号掲載」)

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