異色の「逆流」キャリアで磨いた現場感覚 BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 田浦一弁護士
「BUSINESS LAWYERS AWARD 2025」全受賞者インタビュー。次世代選抜部門の田浦一弁護士(OLD NEW THINGS 法律事務所)に聞く。 【受賞理由】 ヤフーでのインハウス経験を原点とした多様な経歴・経験を生かして、AIやメタバースなど最先端領域を扱うほか、個人情報保護委員会の調査業務を担うなど国のルールメイキングにも関与している。日本組織内弁護士協会の理事として後進の育成にも尽力しており、法務の新たなフロンティアを切り拓く次世代の旗手として大きな期待が寄せられる。 【プロフィール】 たうら・はじめ 北海道大学法学部、同法科大学院卒。ヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)でキャリアを開始。アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所、米国留学・研修を経て、2025年4月に現所属事務所を設立した。主な専門はM&Aやデータ関連法務。日本組織内弁護士協会理事兼3部会部会長を務める。
インハウスで学んだ事業理解の重要性
司法修習を終えて弁護士になる人の大半は「法律事務所」に就職する時代、田浦一氏が2012年に最初のキャリアとして選んだのは、ヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)での企業内弁護士(インハウスロイヤー)の道だった。
当時としてはまだ少数派の選択だったが、そこには「急成長するIT企業の最前線で、ビジネスが生まれる瞬間に立ち会いたい」という明確な意思があった。自身の直感に従い、事業の現場へと飛び込んだ。
配属された法務の現場は刺激に満ちていた。エンジニアや事業サイドと膝を突き合わせ、新規サービスやプロダクトに存在する法的問題点を議論する日々。「事業部との距離感の掴み方や、密なコミュニケーションを通じて事業を理解する力を鍛えられました」。事業部に対するアクセルとブレーキを使い分けるバランス感覚は、この時期に培われた。
インハウスとして充実した日々を送る中で、次のステップを見据えた転機が訪れる。M&A案件を担当する部署に配属され、その魅力を感じるとともに、協働した外部弁護士の実務能力に刺激を受けた。「M&A案件の進め方やドラフティングのスキルなどが洗練されていると感じました。M&A案件の専門性を高めるには、大手事務所で多くの案件を経験し、質の高いM&A法務を学ぶ必要があると感じました」。ヤフーでの仕事は非常に充実していたが、法律事務所への転職を決意。インハウスロイヤーとしてのキャリアに区切りをつけ、アンダーソン・毛利・友常法律事務所(AMT)へ舞台を移した。
大手法律事務所・海外留学を経て専門性を確立
法律事務所での勤務経験のないインハウスロイヤーが「4大」と呼ばれる大手法律事務所へ転職するケースは極めて稀。初めての事務所勤務はヤフー時代と変わらず忙しかったが、希望していたM&A案件や英語を使うクロスボーダー案件に没頭し、実務家としての足腰を徹底的に鍛え上げた。米ニューヨーク大学ロースクールにも留学。憧れの街での生活は刺激的だった。
ロースクール修了後の研修先は、米大手法律事務所の「モルガン・ルイス&バッキアス」サンフランシスコオフィス。シリコンバレーのIT法務や米国流のM&A案件に触れることができた。
この時期に、M&Aと並ぶ自身の「柱」を確立した。GDPR(EU一般データ保護規則)が2018年に適用され、カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が2020年に施行されるなど、世界的にデータ保護法制の整備が進んでいた時期、日本でもデータプライバシー関連法の改正が進んでいた。「グローバルな視点が必要な領域で、IT企業にいた自身の経歴とも親和性が高い」と判断した田浦氏は、帰国後、M&Aと並行して、データ保護案件にも注力。メタバースやAIなどがデータ保護法制と関連することもあり、先端領域の案件も多く担当した。
志を共にする仲間と、新事務所設立へ
AMTで10年程度の経験を積み、次なる挑戦として選んだのは、独立による新事務所の設立だった。2025年4月、志を同じくする5人の弁護士で設立した「OLD NEW THINGS法律事務所」は、それぞれが独自の専門分野を持つプロフェッショナルが集う。
新事務所で目指すのは、スタートアップから大企業まで、イノベーションに挑む企業を法務面から強力にバックアップすることだ。「ビジネスのスピード感を知るインハウスの肌感覚と、大手事務所の品質を兼ね備えたリーガルサービスを提供することで、日本のイノベーションを加速させたい」と語る。その活動の一環として、故郷である北海道のエコシステム形成支援にも注力している。東京の最先端の知見を地域へ還流させ、地方発のイノベーションを支援する役割も担っていきたいと意気込む。
また、自身の原点であるインハウスロイヤーへの思いも強い。日本組織内弁護士協会(JILA)の理事として、次世代のインハウスロイヤーの可能性を広げる活動や地位向上にも尽力している。
「今やりたいことをしっかりやるタイプで、壮大なビジョンを掲げているわけではないです」と謙遜する田浦氏だが、事業会社でのビジネス現場、大手事務所でのビジネス法務の最前線、そして新事務所での独り立ちと、すべての点が一本の線でつながっている。変化を恐れず新たな領域へと次々に踏み出すパワーで、これからも現場最前線で“我が道”を切り開いていくつもりだ。