「AIなしの時代には戻れない」弁護士法人・響が挑む、法律実務の「AX」最前線
弁護士業務でもAIの利用が活発になりつつある。 弁護士約50人を抱える「弁護士法人・響」では、相談の要約や証拠類の下処理、訴状や準備書面のドラフト作成などに活用し、業務効率化を実現している。 代表の西川研一弁護士は、「間違いが許されない仕事なので、検証にもエネルギーを費やしています。現時点では業務時間が大幅に減ったとまでは言えませんが、人間がやること自体は大分減りました」と手応えを語る。 事務所の経営コンセプトは「人権型ロー・ファーム」。AI活用を進め、公共・公益性の高い案件により注力できる環境を目指している。
●ネット広告とAIで大人数を救済、リソースを公益活動にも
響は2014年設立。債務整理や交通事故、残業代請求といった「基幹業務」を中心に、 離婚や相続、企業の顧問など、幅広い案件を手がける。
インターネット広告やメディア出演にも積極的な一方、西川弁護士自身が、自由法曹団や青年法律家協会(青法協)などに所属するように、人権擁護活動にも力を入れている。
「民主主義や基本的人権を守る活動を、いかにサステナブル(持続可能)にするかという問題意識がありました。たとえば、残業代請求1つをとっても、社会的弱者を救う事業と言えます。その意味で、広告展開も人権活動の一環だと考えています。
一方、事務所として、利益は出なくてもやらなければならないこともあるはずで、基幹業務で人権救済と利益を達成しつつ、公共的な問題にも参画したいという思いがあります」(西川弁護士)
AI活用に本格的に踏み切ったのは、2025年5月から。それから1年ほどかけて、外部のコンサルティング企業とも相談しながら体制を整えてきた。
「勉強会で、AIの進化の現状を目の当たりにし、『これはやらないとヤバい』と強い衝撃を受けました。それまでも個人的にChatGPTを触ることはありましたが、業務フローへの本格的な組み込みはこの1年で急速に進みました。もうAIのなかった時代には戻れませんね」
●AIに資料を渡せば、自動化される環境に
響でもっとも案件数が多いのは債務整理。ここでのAIの代表的な活用例は次のようなものだ。
相談電話の内容をAIがリアルタイムでテキスト化し、ヒアリングの抜け漏れを防止。ヒアリングした内容や資料から、AIが破産に至る事情の書面ドラフトを自動生成し、弁護士に共有される。さらに収集した資料から、AIが債権者一覧を自動生成までを行う——。
現在は、依頼者が集めた領収書などの画像から、裁判所に提出する家計収支表を生成する機能を開発しているという。
このほか、交通事故分野では、損害賠償額の算定を自動化。残業代請求でも、資料をアップロードすれば、請求金額が算出される。
不足する資料があれば、「こんな資料はないか」とAIが確認してくるので、抜け漏れの予防にもなっているという。
●「いったん信頼する」AIベースで業務フローを設計
特に残業代請求については、事務所として注力し始めて間もない分野。AIを活用する前提で、ワークフローを設計したことで業務効率が高くなっているそうだ。
具体的には、AIで読み取ることを前提に資料一式のアップロード先やデータのテンプレートを決め、システム間の連携をしやすくしているのだという。手書きの資料でもAIが文字を読み取ってくれるので、手作業で打ち込むこともなくなった。
「AIをいったん信頼して進めていこうと舵を切りました。処理スピードが上がり、滞留が激減しました」といい、依頼者にも喜ばれているそうだ。
弁護士についても、訴状や準備書面などはAIを使って叩き台を作っているという。
「資料の該当部分にリンクがつくようにしているので、エビデンスと照合しながら確認できます。まだまだ手直しは必要ですが、最初の一歩があるのは大きい。ローギアで走り始める段階を、AIですっ飛ばせるのは大きなポイントだと思っています」
●事務スタッフによる「AX部門」がAI推進のハブに
ただし、いくら環境を整えても、使われなくては意味がない。AI導入では組織内での意識醸成も重要になってくる。
響では、AX(AIトランスフォーメーション)を担当する少数精鋭チームを編成した。エンジニアではなく、所内の各部署から現場のオペレーションに精通した事務スタッフたちが兼務している。
「当初はAIやIT知識を軸にメンバーを集めることも考えました。でも、各部署からメンバーを集めたことで、現場の課題を吸い上げられるようになりました。解決事例を各部署にフィードバックしてくれるので、いいサイクルができています」
AIに対する関心は高いものの、彼らはエンジニアではない。チームが最初につくったのは、メールの返信案や通知書の文案ツールという、比較的初歩的なプロンプトでできるものだった。
それでも、現場では「こんなに便利なのか」という驚きをもって迎えられたという。するとAXチーム以外のスタッフの間でもAIに対する前向きな姿勢が芽生えてきた。所内でのAI活用が活発になり、技術的なレベルも向上していったという。
このほか、AI活用は採用面にも好影響があるそうだ。響では内定した司法修習生に対し、AI活用の取り組みを伝えるとともに、外部のAI活用セミナーを受講させている。結果として、2026年入所者では内定辞退者はゼロだったという。
●勝率の低い案件、打開するのは「人間の創意工夫」
AIでできることが増えたとき、人間には何ができるかが問われる。西川弁護士は、AIが進化しても「人間にしかできない領域」は残ると考えている。
たとえば、依頼者のちょっとした表情の変化などに気づいて、話を引き出せるかどうか。本音を話してもらうには信頼関係も必要だ。まだ、AIはその領域には達していない。
「AIは過去のデータの蓄積から『95%の正解』を出すのは得意です。しかし、すべての情報がデータ化されているとは限らないし、目の前の依頼者が残りの『5%』に該当するかもしれない。そこを見極めるのが弁護士の仕事じゃないでしょうか」
西川弁護士にとって、思い出深い実体験がある。弁護団長として取り組んだ「SAVE THE NOON」訴訟だ。
2012年に大阪市のクラブ「NOON」の経営者らが、無許可で客を踊らせたとして風営法違反の容疑で逮捕された事件で、最終的には無罪を獲得し、法改正にもつながった。
「行政法で無罪になったケースなんて、ほぼない。それでもなんとかしたいというときに、『あの人とあの人をつなげば運動になるんじゃないか』など、創意工夫をして解決していくところは人間にしかできない。AIもアイデアは出してくれるでしょうが、最後を足で稼ぐのは人間だし、人間の持つ社会的繋がりなんだと思います」
最近の西川弁護士は、気候変動やヘイトスピーチにかかわる訴訟にも取り組んでいる。ときにはAIに相談をし、インスピレーションを得ているという。
「日常業務の負担をAIで軽くし、弁護士はよりクリエイティブで公共性の高い課題に注力するという方向をやはり目指したいですよね」
●「エンジニアは最初と最後だけ」現場主導のAI実践が重要

響のAI導入をサポートしたスタイル・エッジの島田雄左社長は、法律事務所のDXのポイントをこう指摘する。
「これまでシステムをつくるには、専門のエンジニアが不可欠でした。でも、エンジニアは現場のオペレーションを知りません。結果として、現場からの評判が悪いシステムができることも珍しくありませんでした。
いまはAIを使えば、かなりのことを非エンジニアでもできます。響さんでは、私たちが最初のセットアップと最後の詰めの部分を担当していますが、現場のスタッフの方たちの実践とフィードバックのおかげで良いサイクルが回っています」
どこを人間に任せ、どこをAIに任せるか。人間に任せるなら、内外のどのリソースを使うのか。組織内部なら誰が適任なのか——。適材適所を見抜く経営判断がこれからの法律事務所には問われそうだ。