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法律トラブルの先にある「モヤモヤ」を解く 弁護士×コーチングで拓くAI時代のクライアント対応

法律トラブルの先にある「モヤモヤ」を解く 弁護士×コーチングで拓くAI時代のクライアント対応

生成AI時代には、「人間ならではの強み」が必要だと言われ、コミュニケーション能力に注目が集まっている。対話を通じて相手の自発的な行動を促す「コーチング」に取り組む波戸岡光太弁護士に、クライアントとどのようなコミュニケーションをとっているかを聞いた。 (弁護士ドットコムタイムズVol.76<2025年9月発行>より)

本人の中にある「答え」を引き出す


——コーチングとはどのようなものですか

頭や心の中にはあるけれど、整理しきれていないもの、言葉にしきれていないものってありますよね。何を大事にしているのか、これからどうなりたいのか、逆に何がいやなのか、などです。コーチングではコミュニケーションを通して、それらを「見える化」していきます。

人間の脳って面白くて、質問されると答えようとするんですね。答えるときは言葉にします。言葉にする以上、ある程度は整理整頓が必要です。そして自分で話した言葉を自分の耳で聞く。そうやって、自分の中にもともとあった「答え」を見つけ、行動に移してもらうことを目指します。

——弁護士にとって、どういうときに役立ちますか

「法的に正しい答え」を言ったはずなのに、クライアントが納得していないときってありませんか。答えを伝えた時点で、専門家の仕事は終わりという考え方もあります。ただ、コーチングの技術を使えば、相手のモヤモヤを軽くできるかもしれません。

多くの弁護士には、自分が話してもラチがあかなかったクライアントが、ボスの対応で一変した、という経験があるんじゃないでしょうか。

そんなとき、「人間力」などの言葉で片付けて、マネできないなと諦めてしまいがちですが、ボスをよく観察すると、相手の話を否定せずに聞いたり(傾聴)、「本当に大事なことはなんだい」と質問したり、「それは大変だったね」と共感したりしている。クライアントは、「この人は私のことをわかってくれる。だからこの人が言うことは信頼していいんだ」と納得して、自ら解決に進んでいくわけです。

コーチングは、そういう優れた指導者たちが実践している暗黙知を、誰にでもできるように体系化したものです。

たとえば、「大丈夫です」と答えた依頼者に、「迷っているようにも聞こえたんですが、気のせいですか」と訊いてみると、「実は...」と本当の課題が見つかったりする。相手に興味を持ち、声のトーンや仕草など、ちょっとした変化にも気づこうとする意識が大切です。

ビジネス領域に特化、経営者の総合窓口に


——コーチングとはどうやって出会ったんですか

司法試験では法律の理解を試されますが、実際に弁護士になると、法律よりも人と向き合うことが多い仕事だと気づきます。

僕は法テラスの専属弁護士だった時期もあり、「法律ではこうです」で終わりにせず、依頼者のモヤモヤを解決してあげられないか、とずっと思っていました。今の事務所に入ってから中小企業法務に取り組むようになりましたが、経営者相手でもその気持ちは変わりませんでした。

そんなとき、「だったらオススメだよ」と社長相手にコーチング業をしている大学の先輩から勧められ勉強するようになりました。

——専門にしているビジネスコーチングとは

コーチングの中でも特にビジネス領域に特化したものです。パーパス、ビジョン、ミッションであるとか、マネジメントなど経営者の抱えやすい悩みを理解し、それをベースにコーチングをします。

たとえば、「リーダーシップに課題がある」という話が出てきたとき、「社長にとってリーダーシップって具体的にどういうことですか」と質問してみる。

昔は「カリスマ型」だったけれど、最近は従業員を支援する「サーバント型」もあるし、部下がいなくても自分自身を導く"LeadtheSelf"という概念もある。社員一人ひとりにもリーダーシップがあるって理論もあるんですよ、みたいな話を入れながら、クライアントの発言を引き出していきます。

——ビジネス知識を活用するけど、経営コンサルティングとは違うんですね

経営には経営のプロがいますからね。僕は自分でビジネスを立ち上げたり、事業会社を経営しているわけではなく、そこは強みとは考えていません。

でも、だからといってビジネスのサポートができないわけではない。コーチングをきっかけになんでも話してもらい、経営者が前に進むための後押しをし、必要に応じて各専門家につなぐ「総合窓口」になれるよう意識しています。

「異業種を知れること」は弁護士の醍醐味


——具体的にどういうサービスを提供していますか

「トリガーミーティング」と呼んでいるのですが、顧問先の経営者と毎月10〜20分程度の打ち合わせを入れ、コーチングをしています。

「経営者は孤独」と言われます。部下だと上下関係があるし、経営者仲間だと「ティーチング」になりがちです。その点、弁護士ならフラットに話を聞ける。職業的に最低限の素養があり、秘密を守れるという信頼があるのも大きいです。

ミーティングの内容ですが、たとえば「部下に仕事を任せて、プレイヤーから降りたい」という話があったとします。私は「それをいつまでに実現したいですか」、「今月できることは何かありますか」、「よかったら来月のミーティングで結果を教えてください」などと問いを重ねます。ときには「そうおっしゃりながらも、実はプレイヤーを楽しんでいませんか」などと聞いたりすることもあります。それでも、僕から「こうしたら良い」とは言わないですね。

相手の理想の姿と現実を聞く。そのギャップを埋めるために何をするかをたずね、行動を促す。これが基本のフレームワークです。

——弁護士業務にも生きてきますか

クライアントが何を大切にしているかがわかるので、法律面での提案もしやすくなります。定期的に会話をするので、トラブルがあれば初期段階から話してもらえる。

そして何より、さまざまな仕事をしている人、特に経営者というお客さまや従業員のために頑張っているパワフルな人たちと話せるので面白い。弁護士という仕事の楽しさを感じています。

——コーチングを学ぶには、どうしたらいいですか

コーチングの本はたくさんあります。弁護士向けとしては、コーチングを実践する弁護士4人で『弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例』(日本加除出版、2024年)という本を出版しました。

本格的に学びたければ、スクールをオススメします。理屈はわかっていても、なかなか質問できないことってあるんです。

とはいっても、コーチングの本質はコミュニケーションスキルであって、特殊な技術ではありません。クライアントとの関係性の質を高めて、たしかな信頼関係を築き、そのうえで、自分の専門家としてのスキルを思う存分発揮できる、そんな士業の方が増えていったらいいなと心から思っています。(取材・文/園田昌也)

波戸岡光太(はとおか・こうた)

東京弁護士会、60期。アクト法律事務所。法律顧問先の中小企業にビジネスコーチングを提供する。(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、BCS認定プロフェッショナルエグゼクティブコーチ、JSNS認定交渉アナリスト1級など。

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