街弁から企業法務へ "好奇心"で未知の領域を開拓 BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 柿沼太一弁護士
「BUSINESS LAWYERS AWARD 2025」全受賞者インタビュー。スタートアップ支援部門の柿沼太一弁護士(STORIA法律事務所)に聞く。 【受賞理由】 関西におけるスタートアップ支援の草分け的存在として、この分野を牽引してきた。中小企業診断士の資格も有し、法務とビジネス両面から支援する独自のスタイルを確立。特にAI・データ法務に精通し、多くのテック系スタートアップを成長に導いている。国のルール形成にも関与し、スタートアップが活躍しやすい環境整備に貢献した点も高く評価できる。 【プロフィール】 かきぬま・たいち 京都大学法学部卒業後、2000年に弁護士登録。ディープテックスタートアップ法務、AI・データ法務、知的財産を専門とし、2015年にSTORIA法律事務所を共同設立。経済産業省「AI・データ契約ガイドライン」検討会委員などを歴任。専門領域に関する著書・講演も多数。
「地力」鍛えられた街弁時代
東京大学の正門前にあったラーメン店が実家だった柿沼太一氏は、家業を継ぐことも、目の前の最高学府に進むことも選ばなかった。「一人暮らしがしてみたかった」と東京を離れて京都大学へ進学した。弁護士キャリアは東京でスタートさせたが、結婚を機に、修習地だった兵庫に登録替え。いわゆる「街弁」として地域に根ざした活動をしていた。
担当した案件で「キャリアで最も印象深い」と語る龍野高校テニス部熱中症事件があったのもこの頃(2007年)。部活動中に生徒が熱中症で倒れ重度の障害を負った事件で、他の弁護士が受任を躊躇するほどの難案件だった。
「勝ったと思っていた」という一審は敗訴。しかし、両親の強い思いに押され、高裁では医学的立証を根本から見直し、膨大なカルテを読み込み、専門家へのヒアリングを重ねた結果、二審では一審で否定された熱中症による症状であることが認められ、逆転勝訴をもぎ取った。依頼者のために最後まで食らいつく「地力」を鍛えられた。
しかし、2009年頃、増え続ける弁護士数に「この先も仕事はあるのか」と将来への不安が頭をもたげ、「街弁」としての活動から「企業法務」へと大きく舵を切る決意をした。
「とりあえずやってみる」の精神
「顧問弁護士としてのキャリアもほとんどなかった」という柿沼氏だが、まずは中小企業診断士の資格を取得。さらに、「著作権」にターゲットを定め、ブログでの発信やセミナー開催などにチャレンジした。当初の目論見通りには集客に結びつかなかったが、そこで得た経営視点や知財の知識、セミナー運営のノウハウなどは、後のキャリアで活用できた。「ブログは本当に誰も見ていなかったと思います(笑)。でも、『とりあえずやってみよう』というタイプなんです」
2015年には「STORIA法律事務所」を神戸で立ち上げ、ターゲットを「スタートアップ分野」に定めた。地縁も血縁もない新設事務所が企業法務でやっていくには、顧客と共に成長するスタイルが合っていると考えた。
事務所開設は、折しも神戸市がスタートアップ支援策を打ち出した時期と重なった。すぐに担当者へ「市内に事務所を構える自分たちもスタートアップ支援をやっている」旨の手紙を送ったところ、市側のサポートをすることに。自主セミナーを開催するなど地道に活動を続けることで、少しずつ顧客も増えていった。「当時はまだ、スタートアップ支援をやっている事務所は東京にもそう多くはありませんでした。神戸では、当時も今もうちの事務所が唯一だと思います」
さらに、この頃にはAIに心を奪われた。事務所開設から約1年後、知的財産とAIに関する論文を雑誌で目にした柿沼氏は、「技術革新による変化は、コンテンツ業界や知財法制にとてつもないインパクトを与えうる」と衝撃を受け、知識ゼロの状態からAIを知るための行動を開始した。データサイエンティストに教えを請い、企業の課題を聞き出しては学会で研究者にぶつけるなど、現場と学知の橋渡しに奔走。「AIという新しい領域への挑戦は面白すぎて夢中になった」という好奇心で、知見を積み重ねるとともに、ブログやセミナーでの情報発信を続けた。その熱意と行動力が評価され、ついには経済産業省の「AI・データ契約ガイドライン」検討委員会委員・作業部会委員に抜擢。ゼロからルールを作り上げるというAI法務の最前線へと躍り出た。
ガイドライン公表前後からセミナー実施数が飛躍的に増加。AIスタートアップの顧客も増え始め、スタートアップ支援のために集積してきた知識がAI関連でも生きた。
正解知らない領域が面白い
生成AIの登場以降、社会は劇的に変化し続けている。業務効率化が進む中、柿沼氏は、弁護士の役割について、「複雑な事案を解きほぐす上流工程と、最終的な質を担保する最終工程はまだ人間の担うべき領域」と語る。
次なるチャレンジとして、企業の「デジタルトランスフォーメーション(DX)支援」を挙げる。スタートアップ支援で培ったスピード感と、最先端技術への法的知見。これらを融合させ、企業の変革を支えることに新たなやりがいを見出している。「企業のDXは、単なる業務効率化ではない。国力の向上に直結する課題です」
異なる領域に飛び込んでチャレンジし続ける自身の姿勢を「実は飽きっぽいところがありまして」と笑う。「私の場合、『儲かりそうだから』という理由ではモチベーションが続きません」。たとえ知識が十分でなくても、不安を感じながらでも、手探りで進んできた結果が今に繋がっている。「誰も正解を知らない領域で面白いことをやりたい」という柿沼氏の挑戦はこれからも続く。