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裁判員制度12年、なぜ「守秘義務」は緩和されないままなのか?

裁判員制度12年、なぜ「守秘義務」は緩和されないままなのか?

裁判員制度が始まってから12年が経過した。しかし、裁判員候補者に選ばれた人が辞退する割合(辞退率)は年々増加傾向にあり、約7割近く(2021年3月末時点)に上る。 市民グループである「裁判員ネット」が公表している「市民からの提言~辞退率上昇と出席率低下を改善するために~」(2019年)には、辞退率を下げるための提言として「守秘義務の緩和」があがっている。裁判員は「評議の秘密」と「その他職務上知り得た秘密」を外部に話すことはできない。そのため、裁判員裁判の実態は社会的に広く理解されないままだ。ときおり報道されるのは、仕事に支障が出たり、職場の理解を得られなかったりしたなどの裁判員経験者の声くらいだ。 なぜ、守秘義務は緩和されないのか。法制度を変えることはどれほど難しいのか。制度が始まる前から守秘義務緩和を訴え続けてきた牧野茂弁護士(第二東京弁護士会)に話を聞いた。 写真:会見する牧野茂弁護士(5月21日、東京都内、弁護士ドットコム撮影)

守秘義務「家族にも話せない」つらさ

罰則つきの守秘義務は、当初から制度の中に盛り込まれていた。

しかし、制度開始前から、裁判員制度の導入について検討する司法制度改革推進本部の「裁判員制度・刑事検討会」(2002年2月28日から2004年7月:井上正仁座長)でも、守秘義務に反対する意見は、少数ながらあった。日弁連も2003年12月に公表した意見書で、「事件が終了した後についても守秘義務を永続的に課すべきではない」などと指摘。国会でも守秘義務について反対意見を述べる議員たちがいたほか、守秘義務を疑問視する報道も少なくなかった。

裁判員裁判の開始後には、裁判員経験者から「話したくても話せない」「お墓まで持っていかなければならない」などの声があがっている。裁判員経験者のSさん(40代、女性)は5月21日におこなわれた記者会見で、裁判員経験者として取材に応じたものの記事化されなかったことを語った。Sさんが記者にその理由を聞くと「センセーショナルな意見じゃないと取り入れられない」「評議の話だったら書けるのに」などと言われ、歯痒い思いをしたという。

「裁判員経験者ネットワーク」がおこなったアンケート(2014年12月〜2015年3月に実施)では、約8割の裁判員経験者が心理的負担を感じたと回答し、裁判について家族にも話せないことを「苦痛」とする意見も出ている。

「話せない」ことによる裁判員の心理的負担だけではない。牧野弁護士が守秘義務にこだわる理由は「より良い制度を検証するためのデータが得られない。問題点も見えないし、多様な市民の議論が社会に伝わらず、そもそも当初の制度設計で目指した『裁判に市民の目を入れる』ことが果たせない」と考えているからだ。

「守秘義務があるかぎり、評議の内容が明らかになることはなく、『市民の目を入れる』という制度の要が骨抜きになってしまうのではないかと危機感を覚えています。もちろん、裁判員の自由な討論を保障し、事件関係者のプライバシーを守る必要はあるので、守秘義務を全てなくすということではありませんが、範囲を限定するなどしたうえで、守秘義務を緩和するべきだと考えています」

「市民の目」が入る裁判員制度に感激し、飛び込んだ

牧野弁護士の司法修習期は34期で、キャリア30年以上になるベテラン弁護士。刑事弁護専門というわけではなく、民事事件や破産事件を数多く手がけてきた。しかし、2004年に裁判員制度ができると知ったときは「え、本当に?」と仰天するとともに、感激したという。

「裁判員制度の対象は民事事件ではありませんが、評議の中に市民の目が入る。裁判官がとんでもない判断をしたときは市民が見てくれる。画期的ですし、100年に1度の制度なのではないかと感じ、飛び込んで応援したいと思いました。

民事事件も破産事件も、依頼者や総債権者の利益の代弁者であること、勝つか負けるか分からない事件で勝ったり、一審で負けた裁判を控訴審でひっくり返したりする喜びなど、やりがいはたくさんあります。ただ、それとは別に、社会的に有益な活動をしてみたいと考えていました。

裁判員制度は一生かけて取り組む価値があると思いましたし、よい制度にして、課題があれば改善したいと思ったんです」


※写真は弁護士会館(hamazou / PIXTA)

応援するからには「外からあれこれ言うのではなく、中に入って取り組む」と決めていた牧野弁護士。2008年に第二東京弁護士会の裁判員センターの所属となり、東京地裁で開催された多数の模擬裁判の傍聴記事をメーリングリストに配信し続けた。同じ年に、日本弁護士連合会(日弁連)の裁判員本部(2008年時点の名称は「裁判員制度実施本部」)に所属することになり、シンポジウムを開催するなど、制度開始前後を通して、積極的な準備や活動をおこなった。

裁判員制度を広く市民に知ってもらい、中学や高校への出張授業をおこなうため、模擬裁判のシナリオを書いたり、DVDを作成したりする活動もおこなった。

中学や高校で模擬裁判授業に使うために作成したDVDでは、シナリオ執筆や裁判長役などを務めました。『自作自演』ですね。そのDVDを使って、実際に中学校などで模擬裁判をおこなったこともあります。生徒たちに『先生、画面に出てる!』などと言われましたけどね。とにかく、一生かけていい制度にしよう。そう心に決めて、前向きに取り組んできました」

模擬裁判をおこなう中で、市民の意見にハッとさせられることも少なくなかった。ところが、守秘義務があることにより、市民の意見が「ブラックボックス化」してしまう問題点に気付いたという。

守秘義務緩和を訴え続けるも、実現ならず

牧野弁護士は日弁連の守秘義務PT(プロジェクトチーム)のメンバーにも選ばれ、日弁連の立法提言の立案などにも携わってきた。

2008年11月19日、日弁連は制度施行以前のなるべく早い時期に裁判員制度を検証するための機関(有識者等と法曹三者で構成された機関)の設置を求め、提言を公表。提言書は最高裁判所や法務省に提出されたが、日弁連の意見は聞き入れられなかった。

そのまま、2009年5月21日に制度が始まり、同じ年の8月3日、第1号事件の初公判が東京地裁で開かれた。同時期に、守秘義務のあり方に疑問を抱いていた弁護士、研究者、司法記者などで「守秘義務市民の会」が結成され、牧野弁護士が事務局となった。2010年8月3日には、同会が母体とした上で、さらに趣旨に賛同する有志が集まり、裁判員経験者の交流や経験の共有を主な活動とする「裁判員経験者ネットワーク」が設立された。


※「裁判員経験者ネットワーク」ホームページ(https://saibanin-keiken.net/)より

2009年7月17日、日弁連は再度、検証機関の設置に加え、守秘義務を解除して裁判員経験者の意見も聴取するよう求める提言を公表。この際、裁判員本部で承認された法曹三者から距離のある内閣に設置する点は提言に盛り込まれなかったという。2011年6月16日にも、日弁連は「裁判員法における守秘義務規定の改正に関する立法提言」を公表し、守秘義務に違反した場合に刑罰を科す制度を改めるよう求めた。2つの提言書は法務省に提出されたが、法務省の動きはなかった。

制度開始から3年となる2012年。裁判員法附則9条では、法の施行から3年後に法律の施行状況について検討をおこなうとされていたため、守秘義務の緩和も期待された。

日弁連は、同じ年の3月15日、改めて検証機関の設置や守秘義務規定の改正を含めた6つの意見書などで構成される「裁判員法施行3年後の検証を踏まえた裁判員裁判に関する改革提案」を公表し、同じ月の22日付で法務省に提出。附則にしたがい、法務省の中に「裁判員制度に関する検討会」(井上正仁座長)が設置された。

「改正がおこなわれたのは、対象事件から『非常に長期にわたる事件』を除外することや『災害時における辞退事由の追加』などの非常に些末な点のみでした。守秘義務については、取りまとめの中で見直しを求める記述にはなりませんでした」

その後もシンポジウムの開催、メディア出演など、できることをおこなった。制度開始から10年となる2019年にも市民グループによる共同提言(「裁判員の経験共有「守秘義務というバケモノが阻んでいる」、経験者らが緩和訴え」)をおこない、守秘義務の緩和を求めた。


※写真は、2019年に東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見したときの様子。裁判員経験者の女性が自らの思いを語った(2019年6月26日、東京都内、弁護士ドットコム撮影)。

2019年からは2度目の検討会がおこなわれ、守秘義務の範囲のあり方に関する議論もみられたが、このときも守秘義務が見直されることはなかった。牧野弁護士は「なんのための見直しなのか」と落胆した。

「検討会は法曹三者から距離を置いた内閣のもとではなく、法務省に設置されました。法改正をしないことの確認をする検討会でしかないのではないかと思いました。2回目は名称も『裁判員制度(の施行状況等に関する)検討会』となっており、運用面しか検討しないことが名称からもうかがえるものでした」

制度開始前の「裁判員制度・刑事検討会」と法の施行から3年後に開催された「裁判員制度に関する検討会」の座長やメンバーの多くはほぼ同じだった。

「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が可決・成立したのは2004年5月21日。国会審議の段階で守秘義務に違反した場合の刑罰を引き下げるなど一定の修正はおこなわれたものの、罰則つきの義務を課す内容であることに変わりはなかった。

外からの反対意見もあった中で法務省の検討会が2回とも守秘義務を守り抜いたのは、制度改革に慎重な立場を示す人たちが主導する形で制度を設計しただけに「設計の欠点」として認めたくなかったのではないのかと牧野弁護士はみている。

「司法制度改革審議会の意見書の時点では理想に燃えた新制度を目指していたはずです。しかし、制度改革に後ろ向きで、今までの裁判所や検察のあり方を変えることに慎重な立場を示す人たち(慎重派)もいました。

見直しの議論でも主導権を握っていたのは、もともと制度改革に慎重な人たちです。彼らは『自分たちの設計に欠点はない』と思っているのかもしれません。誰が守秘義務があるために話せないことの『被害者』なのかという視点が抜け落ちているように感じます。

裁判員にとって守秘義務規制いっさい話せないことが厳し過ぎるものか否かという視点も必要ですが、同時に車の両輪のように、社会にとって評議のことを何も聞けないことが厳し過ぎないかという視点も忘れてはいけません。

裁判員から話を聞いてしかるべきの市民が話を聞けていない。守秘義務による被害を受けているのは、社会全体、国民全体なのではないでしょうか。私は、裁判員経験者だけではなく、国民全体に対して守秘義務で一言も話せない現状でよいのかについてアンケートをおこなうべきではないかと思います」

法改正せずに守秘義務緩和は可能

「一生かけていい制度にしよう」。そう誓ったからには、動き続けると決めている牧野弁護士。制度ができてから12年となる2021年5月21日には、東京・霞が関の司法記者クラブで2度目の記者会見を開き、守秘義務の緩和を求め、市民グループによる共同提言をおこなったことを発表した。


※会見する牧野茂弁護士(右)、大城聡弁護士(5月21日、東京都内、弁護士ドットコム撮影)

提言の内容は(1)裁判員(補充裁判員含む)経験者が評議に関して話しても、発言者を特定しない方法であれば守秘義務違反にならないように裁判員法70条を改正すること、(2)裁判員候補者の公表禁止規定を必要の範囲内に限定するよう見直すこと、(3)守秘義務規定の解釈運用を変更し、裁判員経験者が原則自由に話せるようにすること、の3点だ。

(1)(2)を実現するためには、法改正が必要となる。法が改正されれば理想的ではあるものの、これまでの経験から、牧野弁護士は現実的に法改正をおこなうことは難しいとも考えている。しかし、条文の解釈を厳格にすることによって守秘義務は緩和できると考え、提言に(3)を盛り込んだ。

では、どのように裁判員法70条を解釈すればよいのか。

裁判員法70条は「それぞれの裁判官および裁判員の意見」「(意見の)多少の数」「評議の経過」を漏らしてはならないとされている。しかし、そもそも裁判員に守秘義務が課されたのは「自由な議論の保障」と「裁判への信頼」のためだ。「それぞれの裁判官及び裁判員の意見」について、発言者を特定せずに「こんな意見もあった」と開示することは当初の規制理由に反しないと牧野弁護士は考えている。

また、「(意見の)多少の数」も「3対6だった」など具体的な数字を開示した場合、「評議の経過」についても規制理由に反することが明白な場合、などとそれぞれ限定して守秘義務の対象にすべきだとし、法を改正しなくとも緩和できる道を提示した。

裁判員「鬼ヶ島に連れて行かれるような気持ち」


※写真は裁判所(yama1221 / PIXTA)

情報が少なく、詳細が不明瞭な裁判員制度。約7割近くに上る辞退率にも、牧野弁護士は危機感を募らせる。

「裁判員に関する情報がないので、裁判員候補者は鬼ヶ島に連れて行かれるような気持ちだと思います。現状は裁判員になったとしても、具体的にどのような良いことがあるのかも分かりません。経験者に『裁判員を経験してよかった』と言われても、具体的なプラスの情報がないので、エンジンがかからないのは当然ではないでしょうか」

現状、市民の自由や権利を求め、さまざまな法制度を改廃すべく、積極的に活動している弁護士や法学研究者たちがいる。しかし、分厚い壁に阻まれて思うように進まず、怒りや悔しさを感じている人たちも少なくない。

牧野弁護士は諦めない。共同提言書は法務省などに提出する予定だ。

また、議員立法を目指すことも考えている。1つは、制度改革市民委員会を新たに立ち上げ、委員会での改定案が立法案になるようにする方法を模索中だ。別の案として、日弁連内部においても、評議の検証機関を立ち上げることを考えている。検証をおこなう場合に限って、守秘義務を解除できるようにする案を議員立法することも検討しているという。守秘義務の壁を突破すべく、挑み続ける。

牧野茂弁護士プロフィール

慶應義塾大学法学部卒業。第二東京弁護士会に所属。フェアネス法律事務所。「裁判員経験者ネットワーク」で共同代表世話人を務める。著書に『裁判員裁判のいま』(成文堂)、『裁判員制度の10年』(日本評論社)など。

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