矯正実務の葛藤「法律論だけでは答えが出ない問いと向き合う」 日弁連シンポ
「刑罰制度や死刑廃止について考えるシンポジウム」(主催・日本弁護士連合会)が4月12日、オンラインで開催された。元法務省人権擁護局長・矯正局長の名執雅子氏が基調講演で、監獄法改正以降の矯正処遇を振り返り、対人業務である矯正実務の難しさについて語った。 写真:名執雅子氏(4月12日、東京都内、弁護士ドットコム撮影)
過剰収容、限られた人員体制の中での「監獄法改正」
1908年に施行され、刑事施設内の処遇を規律していた監獄法が改正され、現在の法律(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)になったのは、2006年。
法律には「改善更生」と「社会復帰」の理念が明記され、単に受刑者に刑務作業をおこなわせるだけではなく、教育的処遇をおこなうことになった。名執氏は当時、改善指導のシステム作りやプログラム策定などに携わったが矯正実務の現場は法改正に戸惑いを感じていたという。
「システムを変えるための準備期間は約1年しかなく、当時の刑事施設は過剰収容という課題も抱えていました。そんな中、限られた人員体制でどうすればよいのかと途方に暮れることもありました」
※写真は府中刑務所(白熊 / PIXTA)
それでも、職員は意見交換を重ね、法改正に向けて準備を進めるうちに、職員からさまざまなアイディアや意見が出るようになった。
「法が変わる重みによって現場の雰囲気や状況は一変し、『法の趣旨をなんとか実現しよう』という空気をもたらしました。
嫌がる大人(受刑者)をまず学ぶ気持ちにして、その気にさせてから教育をするような場は、刑務所以外にはない。新しい、難しい仕事だけど、皆で一緒に頑張ろう、と自分自身と現場を鼓舞していたのを覚えています」
名執氏は職員と一丸となり、薬物依存離脱指導や性犯罪再犯防止指導などのプログラム策定やシステム作りをおこなった。処遇のために、教育や心理の専門職、社会福祉士など外部の専門家を登用するようになり、組織に多様性が生まれた。就労支援や福祉との連携などもすすんだ。
犬に救われた受刑者、複雑な思いを抱える被害者
2007年以降は、運営に民間のノウハウを取り込んだ官民協働のPFI刑務所の運営も始まった。受刑者が盲導犬候補の子犬を育てる「盲導犬育成パピープログラム」などもおこなわれた。
子育てを終えた犬を盲導犬協会に引き渡す際は、引き渡し式がおこなわれる。名執さんによると、プログラムを受けたある高齢受刑者は引き渡し式で犬との別れを惜しみ、涙を流しながら「この子(犬)に恥じない人生をこれから送っていきたい」と語ったという。「人間性の回復」という意義も見出したという。
※写真は盲導犬(honey / PIXTA)
刑事施設の中では、ほかにも新たな試みとして「被害者の視点を取り入れた教育」も始まった。バランスのある処遇につながったとは感じるものの、被害者の声に耳を傾ける中で「なにを償い、立ち直りをどう定義するのか。矯正は被害者の思いにどうこたえていくのか」ということに悩むことも少なくなかったという。
名執氏には、忘れられない被害者の言葉がある。「犯罪被害者が加害者に対して、刑罰を科して、つらい思いを味わってほしいと思うのは当然です。一方で、刑務所から出てくるときには更生していて、2度と自分と同じような被害者を生まない人になっていてほしい」という言葉だ。被害者が抱く複雑な思いを矯正処遇にどう取り込むかは、大きな課題だと感じたという。
「矯正という仕事は、法律論や手続論だけでは答えが出ない問いに日々向き合う難しい仕事です。犯罪がなくならない社会において、謝罪や償いとは何か、赦しはどうしたら得られるのか、何をもって加害者の真の立ち直りといえるのか。このような問題を加害者側・被害者側の双方から考えていかなければなりません。でも、だからこそ、意義のある仕事だと実感しました」
コロナ禍における課題も
監獄法改正後、矯正実務はさまざまな進展を遂げたが、名執氏は「さまざまな指摘もいただいているし、さらなる改善の余地がある」と語る。たとえば、コロナ禍における課題とされている受刑者の面会などについては「リモートによる対応などを考えていかなければならないかもしれない」と述べた。
※写真は面会室のイメージ(EKAKI / PIXTA)
また、今後国会などで議論が始まる予定の懲役刑と禁錮刑を単一化する新自由刑についても言及。法制審議会は2020年10月、新自由刑の創設を求める答申を上川陽子法相に提出した。答申では「新自由刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる」とされており、刑務作業以外の指導も柔軟におこなえるようにすることで、より充実した処遇を図ろうという趣旨で提案された。
名執氏は「刑法が改正されれば、答申の趣旨を実現しなければならない」とし、今後は刑法・刑事政策に関心を持つことが少ない一般の人たちへの周知や広報に努めたり、外部との連携を増やしたりすることなどが必要とした。