• HOME
  • 「なぜ増えない民事裁判」中本和洋・元日弁連会長が語る「利用しやすく頼りがいのある弁護士像」

「なぜ増えない民事裁判」中本和洋・元日弁連会長が語る「利用しやすく頼りがいのある弁護士像」

「なぜ増えない民事裁判」中本和洋・元日弁連会長が語る「利用しやすく頼りがいのある弁護士像」

3月25日にオンラインで開催された弁護士業務の多様化や裁判IT化などをテーマとした「弁護士ドットコムカンファレンス〜弁護士の明日を語る〜」(主催:弁護士ドットコム)で、元日弁連会長の中本和洋弁護士(大阪弁護士会)が講演した。日本人が本当に訴訟嫌いなのか、といったことや民事裁判が増えない理由などを、実例を交えて語った。約1時間にわたる講演録を紹介する。

実現にいたっていない民事司法改革


現在、人生100年時代と言われています。今日(きょう)参加している方は、法曹生活を50年位続ける方が、大半ではないかと思います。私は、1981年に登録ですが、40年前に、今日(こんにち)の状況は予測できたかといいますと、それは困難でした。私が弁護士になったときには、携帯電話、FAX、コピー機もありませんでした。ところが今は、スマホ、パソコン、メールだけでなく、オンラインでの会議もできるようになりました。弁護士の業務も道具の進展によって、ずいぶん変わってきています。

また、グローバル化の進展、IT・AI(人工知能)の発展への対応が求められるようになってきました。あるいは、気候変動・温暖化現象によって、毎年、自然災害が起こっています。さらに新型コロナウイルス感染症のパンデミックなどは、パンデミックに関する小説などで読んでいましたけれども、現実に起こるかについては、私は予測をすることができませんでした。

これから数十年、弁護士を続けていく中で、皆様が将来を予測することはかなり難しいのではないかと思います。しかし、過去20年ぐらいの歴史と、現在の現象を、よく検討すると、「10年か20年ぐらい先には、こういうことが起こっているのでは」「弁護士の業務はこのように変化していくのでは」という推測は立てられると思うわけです。これから長く弁護士を続けていく皆様にとって、何か、参考になることがお伝えできればと思います。

今から約20年前の司法制度改革審議会の意見書では、「利用しやすく、公正かつ、適正な手続きで、迅速かつ適正に使命を果たすことができる司法制度を構築する」と謳われています。要は「利用しやすく、頼りがいのある司法を作る」ということだと思います。

司法制度改革には、課題が色々ありました。グローバル化が進んでいく中での国際化の対応と基盤整備。質量ともに充実した法曹人口を拡大していくための法科大学院の創設。「社会の隅々まで、法の支配をという理念のもとでの法テラスの設立。更には、国民が司法に参加する制度として、裁判員制度の導入等です。現在このような司法改革の課題はその後どうなっているのか簡単に見てみましょう。

まずは刑事司法の改革についてです。裁判員制度が2009年に導入され、もう10年以上が経過しています。現在多くの人が、裁判員を辞退する状況が続いていますが、裁判員を経験した人の多くは、「裁判員を経験してよかった」と述べています。また、刑事裁判の中身が変わってきています。

裁判員制度は、裁判員にわかる審理が行われなければなりません。書面だけではなく、映像や場面が想像できるような道具を使いながら審理が進められるようになってきました。民事の法廷よりも遥かに進んだのではないかと思います。

法テラスの設立についてですが、全国で203カ所の裁判所支部がありますが、弁護士がゼロ、もしくは1人しか居ない「ゼロワン地区」は、ほとんどなくなりました。2020年時点で、1人しか居ない地区が2つ(千葉・佐原支部と岡山・新見支部)あるだけです。法テラスの事務所や、日弁連の公設事務所の普及で、弁護士が近くに居るということが実現されました。

そして、法科大学院です。司法試験という「点の試験」から「線の教育」という理念のもとに、ロースクールが、全国に広がりました。しかし、合格率が低下して、一時的に志望者が激減することになりました。法曹人口、とりわけ弁護士が増えたため、就職難も起こりました。高校や大学の進路指導の先生に相談すると、「弁護士になるのはリスク大きいからやめなさい、就職できないよ」との説明もありました。今日、ロースクールを卒業して法曹になるには、あまりにも時間と費用がかかりすぎるということで、改善策が出されています。

このようにいくつか問題はあるにせよ、司法制度改革は社会で一定の役割を果たし、それなりに効果を発揮しています。ただ、残念なのは進んでいない民事司法改革です。

民事司法改革については、2001年以降、いろいろな改革案が提言されましたが、その多くは実現するに至っていません。民事司法制度改革が実現していないことが、弁護士の活動領域が思ったほど広がらず、裁判件数も増えてないという弁護士の業務基盤の弱さに、つながっているのではないかと考えています。

司法の現状「世界の弁護士の『売上』のうち日本は1%」 


日本の司法の現状を、簡単に見てみましょう。法曹人口を見ると、弁護士は、2020年9月で42,122人、10年間で倍増しました。一時は年間の司法試験合格者を3,000人に増員すると言われていましたが、現在は1,500人を目標として、2020年度の合格者は1,500人を割りました。裁判官は、2001年当時は2,000人強だったのが、2019年には2,774人。検事は2001年に1,400人強だったのが、2019年には1,976人と微増しています。法曹人口増といっても、大半は弁護士の人口が増えているわけです。「裁判官は足らない」と言われていますが、微増に留まっています。

裁判所予算についてはいえば、この10年間、ほとんど変わっていませんし、20年間変わってないと言ってもいいでしょう。裁判所の年間予算は約3,000億円。日本の国家予算は約100兆円ですので、三権の1つである司法、裁判所の予算は、国家予算の0.3%にすぎません。しかも大半は人件費で、裁判官や書記官、事務官などの人的資源を充実させるために充てられる予算はほぼない。ましてや、家裁の設備が不足していても、物的な設備につながるような予算はほとんどないのです。

事件数を見てみましょう。民事・行政事件は、2001年は300万件を超えていましたけれども、2019年には半分になっています。刑事事件も、164万件あったものが、2019年には半減して88万件になっています。ただ、家事事件だけは、60万件が110万件弱になり増えています。

特に、問題なのは、地方裁判所における民事事件がどうなっているのかです。新受件数が最も多かったのが2009年で、23万件を超えていましたが、2019年は、13万件余りと激減しています。ただ、2009年の23万件のうちの14万件は、過払い金返還訴訟でした。2019年の過払い金返還訴訟は4万件位です。過払い金返還訴訟をのぞいた一般の民事事件は9万件位で、ほとんど増えてないということです。

次に、リーガルコスト、要は弁護士の売上です。世界の弁護士の売り上げについて言えば、2015年世界貿易機関の統計によると、リーガルサービスの総収入は、6,180億ドル、当時の換算で74兆円です。

大きな売り上げがあるのは、まずアメリカの弁護士が52%を占め、次いで英国の弁護士が10%。対して日本はわずか1%です。日弁連の経済調査によると、2006年の弁護士の平均収入3,620万円、経費を引いた所得は1,748万円。ところが、2018年には、売上は2,143万円、所得も959万円に減っています。ここ10年間で、最も収入の減少率が大きい職業として、弁護士が挙げられていて、「4割以上の減少」と言われています。

では、司法は利用者からどのように評価されているのでしょうか。早稲田大学の菅原教授は、5年ごとに民事裁判を利用した人に対して、弁護士会も協力して「民事訴訟利用者調査」というアンケートを行っています。裁判を経験した方の不満は「時間と費用がかかる」点で、満足度は依然として低いと報告されています。

グローバル化は、どのような影響を与えているのでしょうか。日本の企業は、海外に出ています。2016年のデータでは、日本の企業の海外進出拠点は7万カ所位あり、134万人が働いていて、年間18兆円位売り上げています。さらに、現地の人たちを600万人雇用していて、日本のメーカーの生産のうち4分の1は、海外でおこなわれています。また、2019年には、3,188万人の外国人が来日し、外国人労働者も随分増えています。

このようなグローバル化の進展で、海外では、外国法人・外国人とのあいだで、民事紛争が多発しているわけです。国内でも、外国人労働者とのあいだでの紛争などがあります。日本の弁護士はこのようなグローバル化に十分に対応ができているのでしょうか。

最後に、IT・AIの進展があります。日弁連は約10年前から、「日本の裁判所でも、e裁判(公判のオンライン化、裁判手続きの電子化など)を導入すべきであり、そのための研究をしましょう」と投げかけてきました。そして、ようやく内閣官房の提案で、日本の裁判所もIT化を考えるようになりました。e裁判は、アメリカやシンガポールでは相当に進んでいます。韓国でも、10年前から実施していて、ほぼ定着したといえる状態になっています。

e裁判というのは、これまでの書類による裁判から、IT等利用した裁判へ変えていくことです。eファイル、eマネージメント、eコートという3分野があります。多くの国ではeファイルから導入しています。つまり、訴状や事務書面は紙でなく、メール等によって提出するわけです。日本ではまず、eマネージメント、つまり、期日や争点整理などを、ITを使って行うことから入っていくようです。日本がしっかり取り組めば、二周遅れ、三周遅れではありますが、追いついていくのではないかと期待しています。

更には、裁判以外のリーガルサービスにおいても、IT、AIの活用、いわゆるリーガルテックが用いられてきています。契約書の作成、証拠の整理、判例等のリーガルリサーチ、訴訟データの分析などです。また、仲裁等において、IT、AIを活用して紛争解決するODR(Online Dispute Resolution)の研究も進んでいます。日本でも近い将来ODRの活用が進むのではないかと思っています。

増えない民事裁判「日本人は『訴訟嫌い』なのでしょうか」


このような司法の現状の中で、一番の課題、なぜ日本で民事裁判が増えないのかについて考えてみたいと思います。弁護士が増えて、民事裁判が増えない国というのは、実は例がありません。「日本では、民事紛争なんて少ない、トラブルが少ない、だから民事裁判は増えない」という仮説もあるかもしれません。

しかし、いろいろなデータを見ると、とてもそうは思えません。交通事故は、確かに少し減り、年間50万件を割ってきています。離婚件数は、相変わらず年間22万組くらいあります。消費者被害の相談は、これは増えているのではないかと思います。年間で90万件の相談、被害総額は5兆円とも7兆円とも言われています。また、行政に対する不服申立件数も、年間10万件を超えていますが、行政訴訟に至るものは、2019年で1,810件しかありません。民事紛争が少ないから、民事裁判が少ないということではないと思います。

そうすると、民事裁判が増えない原因は何でしょうか。2つの説があります。1つは、故・川島武宜東大教授が『日本人の法意識』の中で述べているような、「日本人は古来から、訴訟嫌いで、和を重んじるので、裁判が増えない」との考え方。私は「主観説」と呼んでいます。

それに対して、ワシントン大学のジョン・ヘイリー教授が、川島説に対して、『裁判嫌いの神話』という本の中で真っ向から反論しました。「裁判件数というのは、主観面ではなく客観面に要因がある。裁判が増える要因は3つあり、1つは、利用者に権利義務の情報が行き渡っていること。2つは、司法アクセスが拡充されていること。3番目は、権利救済等の法制度が充実していること。これらが適うときに裁判が増える」という客観説です。

果たしてどちらが正しい説でしょうか。民事紛争の日本の歴史を見てみましょう。1718年、大岡越前守が奉行をしているとき、江戸の人口は50万人でしたが、民事紛争が年間48,000件も提起されていました。1804年に大坂奉行所の抱える民事紛争は2万件あったと言われています。「訴訟嫌い」とは言えないと思います。

明治になって、調停制度ができ、1883年の民事訴訟件数は109万件ありました。あまりにも多いため、1926年に民訴法を改正して印紙を貼らせ、上告申立を制限して、その結果、訴訟件数は大幅に減少しました。司法制度によって、これは裁判件数が減った例といえます。

司法制度で裁判が増えた例もあります。2009年に過払い金返還訴訟が、地裁で14万件もありました。過払い金返還訴訟は、なぜこんなに増えたのでしょうか。それは、客観説の3つの要件をすべて備えていたからです。テレビや、ラジオで「あなたは払いすぎていませんか」と呼びかけているので、権利義務の情報は行き渡っています。アクセスの問題では、過払金の場合、先に着手金を求めることはあまりなく、最後に清算することが多かった。権利救済の点でいえば、取引履歴が証拠として得られれば勝つことができ、払い過ぎたお金が返ってきます。3つの条件が揃っているから増えたわけです。

もう1つ増えた例を挙げましょう。簡易裁判所における、交通事故の物損の損害賠償事件数は、2005年と比べて3倍になっています。しかも弁護士の選任率は95%です。訴額が140万円以下で裁判で争う場合、弁護士費用を考えると経済的に合わないのです。ただ、弁護士費用保険の普及によって、一般的に1時間2万円、30時間分くらいまでの弁護士費用が保険から出ます。そのため、依頼者は弁護士費用を、気にせず、最後まで自分の権利の主張ができます。それによって飛躍的に裁判件数が増えました。このような例からみても、客観説が有力と言えます。

弁護士の活動領域の拡大とその課題


それでは、弁護士の活動領域はどこで増えるのか、増やしていくべきなのかを考えてみましょう。第一には、民事司法制度改革の実現です。多くの弁護士事務所の収入は、裁判所での法廷活動以外の業務の売り上げの比重が大きくなってきています。裁判以外の相談や交渉、契約書の作成、ADR、成年後見、会社整理、M&A、企業のコンプライアンス、ガバナンス対応などが、法律事務所の収入源になっています。裁判はそれほど重要でないと思っている事務所もあるかもしれませんが、それは違います。最終的な権利救済の場である裁判が、しっかりしてない限り、そのほかの周辺業務について、依頼者は弁護士のところに相談に来ません。裁判によっても、解決が困難だと、利用者は諦めるか、あるいは泣き寝入りするしかありません。司法の中核は裁判であり、弁護士はまず「裁判を増やす」ことを考えないといけません。

実際には多くある民事紛争について、なぜ弁護士のところへ相談に来て、裁判に持っていけないのかを解明することが必要です。裁判が増える要因は、客観説によりますと、裁判へのアクセスがしやすいこと、裁判に必要な情報や証拠が得られること、権利救済が実際に行われて裁判で報われるとことにあります。

司法アクセスの拡充


まずは、司法アクセスの拡充が重要となります。司法アクセスの拡充は、物理的なアクセス拡充と、経済的なアクセスの拡充があります。物理的なアクセスについては、裁判官と弁護士が近くに十分に居ることです。裁判官の数は少ないのですが、弁護士のゼロワン地区がほとんど無くなっていることを考えると、物理的なアクセスは、相当改善されていると見ていいと思います。

むしろ問題なのは、経済的なアクセスです。日本では裁判をするのに、印紙を貼らなければなりませんが、諸外国の例と比べても、相当高額です。アメリカでは、トライアルをやってもおそらく数百ドルずつ位で済みますし、フランスもおそらく、数十ユーロ、数千円で裁判ができるようになっています。日本では、1,000万円の訴訟をするときには5万円の印紙が要りますし、1億円の訴訟をやるときは、32万円の印紙を貼らないといけません。控訴すると、この1.5倍、上告すると、2倍の印紙を貼らないといけません。印紙代はもう少し低額にする必要があると思います。

更に重要なのは、弁護士費用の問題です。裁判は手作りであり、自動車を生産するようにはいきません。時間もかかるので、費用をいただかないといけません。現在、多くの利用者は弁護士費用を自分で負担しています。しかし、経済的に恵まれない人に対しては、国が裁判を受ける権利を担保しないといけません。公助が重要なわけですが、現在は法テラスが対応しています。一方、一般の家庭においては、お互いに助け合う制度、つまり弁護士費用保険が重要だといえます。

自助のみに頼るのでなく、保険制度や法テラスの扶助制度などがバランス良く揃っている必要があります。ただ、残念ながら、現在、日本の訴訟費用は、自助に頼っていると言わざるを得ません。扶助制度はどうなっているかといいますと、日本の扶助制度の予算は、年間220億円で、諸外国と比べると、大変少ない状況です。

更に問題なのは、償還制度、つまり利息なしの貸付制度になっている点です。他の国は、経済的に恵まれない人に対して返還を求める制度となっておらず、唯一、日本だけが償還制度になっています。この状況が、裁判を受ける権利を制約しているといえます。

更に扶助制度のあり方は、弁護士の報酬の低額化にもつながっています。「扶助制度を利用した事件を受けると、どうしても事務所を維持するだけの報酬がもらえない」という声を聞きます。しかし、弁護士報酬を上げるとなると、依頼者の負担になります。つまり、償還制度が、弁護士報酬を増額する足かせになっています。この状況を改善しないといけません。

次に共助としての弁護士費用保険についてです。弁護士費用保険は諸外国では相当普及しております。ドイツでは70年の歴史があり、弁護士の1/3は保険会社から収入を得ています。フランスやイギリスでも、弁護士費用保険が一般家庭に普及しています。日本では20年前から弁護士費用保険が広がり始めました。交通事故では、相当程度普及していて、交通事故に遭った被害者の方が、弁護士費用保険を使って、弁護士費用を気にしなくて良い制度になっていると思います。弁護士費用保険の活用で、保険会社が弁護士に払っている額は年間330億円です。国選弁護費用は年間170億円ですので、相当に多額だと思います。

しかし、弁護士費用保険も、いくつか問題を抱えております。離婚事件を例に言うと、約半数は本人による申し立てです。弁護士費用が保険で賄えれば、多くの人が、弁護士に依頼したのではないでしょうか。

日本に300万社ある中小企業について言えば、顧問弁護士をおいている会社はそんなに多くはありません。多くは、法律相談を税理士にしているというのが実態でしょう。中小企業に、弁護士費用保険が普及すれば、多くの中小企業の経営者は弁護士に相談するはずです。

最近はクレーム対応保険も、かなり普及してきました。医療でいうと、医療事故ではなくて、受付の対応が問題で、混乱を招くケースが増えています。このトラブルを弁護士費用保険によって、弁護士に依頼がきます。教師や福祉関係者、コンビニの店員もクレーマーに悩むことがあります。これらのクレームに対しても、弁護士費用が出る保険が販売されています。

刑事弁護についても、加害者側の示談交渉は、国選でやるとほとんど報酬は支払われないと思いますが、弁護士費用保険が適用されると、示談交渉に対しても弁護士報酬が支払われます。私は、将来的に、経済アクセス拡充のためのキーとなるのは、弁護士費用保険の拡充であると考えています。

権利救済の実効性強化へ「情報及び証拠収集能力の強化」「損害賠償制度の改革」


裁判を増やすためには、アクセスを確保するだけではなくて、権利救済が実現しないといけません。そのためには、情報・証拠収集が重要です。慶應義塾大学の三木浩一教授は、日本の情報・証拠収集を「金魚すくい」に、米国は「地引き網」、ドイツは「投網」に例えています。日本の「金魚すくい」の場合は、見えている魚(証拠)しか取れない上、すぐ紙が破れて、取り逃します。ドイツの「投網」は、網はかなり大きく敗れにくいため、少なくとも見えている魚は取れます。アメリカの「地引き網」だと、網が大きく破れないだけでなく、見えない魚も取れます。せめて日本の情報・証拠収集制度は、ドイツ並みにすべきでしょう。

もう1つ問題なのは、損害賠償制度です。「日本は填補賠償だ」と言われますが、本当に填補され権利救済が実現しているのでしょうか。100万円の債権を回収するのに、印紙代や弁護士報酬を払うと、実際手元に残るのは、60、70万、下手したら50万くらいしか残らないかもしれません。「填補賠償」の本家であるドイツでは、弁護士費用保険が普及していて、弁護士費用をほとんどかけずに済むので、権利救済ができます。そんなドイツの制度を、弁護士費用保険の普及が不十分なまま、日本にそのまま導入しても、十分には填補されません。

更に問題なのは、日本の裁判所は、精神的損害に対する評価が低すぎます。1年に1回ぐらい、私のところに「名誉毀損で訴えてほしい」という依頼者が来ますが、日本の裁判所が認めた名誉毀損に対する損害賠償の金額等を説明し、訴訟にかかる時間を話すと、大抵の人は「結構です」と言って、裁判はやらずに諦めます。

インターネット上の書き込みによる名誉毀損でずいぶん悩まれている若い人が多いと聞きます。裁判所に削除請求をお願いするとなると、弁護士費用が数十万かかるわけですが、書き込みをした相手からとれる慰謝料は数十万程度です。裁判をするとむしろ赤字になりかねない。こんなことでは権利救済はできませんので、精神的損害についての損害賠償はもっと高額な金額が認められるようにするべきです。

企業は日本の知財高裁に、国際的な紛争解決を求めない


さらに問題なのは、ビジネス分野です。全世界で自社の特許権が侵害されている場合、「どこの国で裁判をやるか」という問題があります。SamsungとAppleがずいぶんと特許で争いましたが、同じ特許侵害を理由にした訴訟は日本、韓国、アメリカなどで起こりました。日本で、認められた損害額が数千万円にしかすぎませんでしたが、韓国では数億円、アメリカでは数十億円の判決が出ました。

企業は、どの国で知財訴訟をやりたいと考えるでしょうか。勝てる証拠がたくさん入手できる国、多額の損害賠償を認めてくれる国での訴訟を選ぶのは当たり前のことです。現時点で、日本の知財高裁に、国際的な紛争解決が求められることはないでしょう。問題解決のために、損害賠償制度を改革し、「違法収益吐き出し」や「違法抑止的損害賠償」というものを考えていかなければなりません。

日本の民事司法の国際標準化と競争力の強化


次に考えたいのは、日本の企業が海外でいろいろな紛争に巻き込まれる中で、日本の弁護士がどの程度関与しているのかです。関与できていないとすれば、日本の弁護士が関与できるような制度改革が必要です。

今日、多くの日本の企業が海外進出し、海外で紛争が起こっています。最近の紛争の例としては、国際的なカルテルがあります。全世界の企業が直面しているといっても過言ではないでしょう。おそらく日本の企業は、最近10年ぐらいで、数千億円から1兆円程度を、カルテルの制裁金として世界の各国に支払っているのではないかと思います。アメリカ、カナダ、インド、中国、欧州等で制裁を課せられている状況です。

日本の企業は、どこの国の弁護士にカルテルをめぐる対応を依頼しているのでしょうか。欧米の弁護士です。日本の大手渉外事務所の弁護士は、顧問会社の企業から、カルテルの相談を受けた際、紛争が起きている国の弁護士を紹介するにとどまっています。

では、なぜ日本の弁護士が一緒になって対応できないかというと、日本にはプリビレッジの制度、つまり弁護士と依頼者の通信秘密の法制度がないことが、大きな要因です。弁護士と依頼者が相談した内容が、外に漏れないことを裏付ける制度が日本にはありません。欧米には通信の秘密を担保する制度があるので、「日本の弁護士に相談したら、内容が筒抜けになりますよ」「私たちが、あなた方の権利を守れます」と言って、多くの事件を欧米系の弁護士が対応している状況です。これが、アメリカやイギリスの弁護士の売上につながっています。

このような現状を踏まえると、弁護士と依頼者の通信秘密を担保する法制度は、緊急を要します。更には、損害賠償制度や、情報や証拠を収集する制度も、国内問題だけでなく、国際的な問題にもつながっていきます。これらを国際標準化する改革は、国際紛争に日本の弁護士が関与できる大きな条件となります。

また、アジアの法制度の構築でも、日本の法曹が大きな役割を果たしていく必要があります。アジアの法制度について、JICAを通じて日本の弁護士が制度設計に、大きな貢献をしています。カンボジア、ベトナム、インドネシア、ラオス、モンゴル、ネパール、ミャンマーの法制度の多くは、日本の法制度を利用して作られています。最近では、2019年に、日本の民法典を参考にして、ラオスで民法典ができました。

中国は、最近まで民法典がありませんでしたが、2017年から2年半のあいだに一挙に民法典を作りました。JICAから派遣された大阪の白出博之弁護士が大きな貢献を果たしたのです。日本の法曹は、すでに海外で随分活躍しているわけですが、それは今後日本の弁護士が、その国で大いに活躍できる基盤となります。日本と似た法制度がある国においては、日本の弁護士は働きやすいわけですから、法制度整備の支援は大いにやる価値があります。

更には、海外で起こっている民事紛争を、日本の管轄で、日本の商事仲裁でやっていく必要があります。ただ、アジアにおける商事仲裁は、ほとんどシンガポール、香港、韓国で行われております。シンガポールでは年間200件から300件程度あるのに、東京と大阪あわせても20件も無い状況です。

これまで、専属、かつ常設の審問施設がなかったことも日本の商事仲裁が少なかった要因で
した。しかし、2018年大阪・中之島に、2020年に東京・虎ノ門に常設機関ができました。今後、商事仲裁が日本で開催されることが期待されています。

他にも、アジアにおける日本の弁護士を含む外国籍弁護士の規制緩和や、クジラ、TPPの交渉等に見られるように、国際的な交渉を日本の官僚に任せきりにするのでなく、日本の弁護士などの法曹が関与できるようにすることで、弁護士の活動領域が広がって行くと思います。

弁護士はどのように活動領域を広げていくべきか「IT・AIに精通した弁護士の養成」


IT・AIの進展に伴い、リーガルテックが広がっていきます。定型的な法律相談は、AIが行い、ODRが広がっていくことになるでしょう。その結果として、弁護士の単純な業務は減ることになりますが、新たな業務も広がっていくことになりますし、活動領域を広げていく必要があります。

弁護士は、IT・AIを積極的に活用して、民事紛争を迅速適正に解決、予防することを目指さなければなりません。そのためには、ITやAIに精通した弁護士を養成して、今後の新しい制度やシステムの構築にも参画していかなければならないし、リーガルテックを提供する法人の設立にも関与していく必要があります。更に、ビッグデータの管理や、個人情報保護法との関連でも、また、サイバーリスク対応についても、弁護士の役割が重要となります。

経済のグローバル化やデジタル産業の発展に伴い、世界各国で、経済格差が顕著になり、貧困問題や差別などの人権問題も起こっています。気候変動、エネルギー問題、生命科学と感染症対策、自動運転をはじめとした交通革命への対応等も必要となってきます。ドローンによる空中自動車も近々登場しますし、宇宙旅行をはじめとした宇宙産業も登場するでしょう。

現在の法制度では、このような新しい問題にとても対応できませんから、国内外で法律や制度の見直しが求められます。そして、その運用や法律解釈問題をめぐって、新しい紛争が起こってきます。そこに弁護士は活動領域を広げていくことになるでしょう。

弁護士業務の多様化


次に、弁護士の活動の多様化について考えてみましょう。現在、海外で働く弁護士が増え、離島や過疎地で働く弁護士もいます。自治体や中央官庁で働く弁護士も増え、任期付き公務員の弁護士は、最新データを見ると238人います。組織や病院で働く弁護士も最新のデータで2,418人となっていますが、もっと増えているかもしれません。企業の役員として働く弁護士は4,000人を超えています。国会議員や地方議員、あるいは政策秘書になる弁護士、弁護士任官をする弁護士、非常勤裁判官などもいます。これから何十年間か法曹としての人生を送る皆様は、多様な活動領域を経験することになるのではないかと思います。法律事務所で、一生働くという弁護士は珍しくなるかもしれません。

弁護士の魅力


今日、ロースクールに行く学生、司法試験を受ける受験者の数が減ってきています。「弁護士の魅力が減退している」とも言われます。もう一度弁護士の魅力について考えたいと思います。

まず、弁護士は自由業である点です。働く場所や仕事の内容を自分で選び、決めることができます。また、信念を持って、活動できます。弁護士の使命である「人権擁護と社会正義の実現」に基づいて、やりたいことを決め、使命に従って活動できます。社会正義の実現という分野では、弁護士は社会のリーダーです。

今日の企業には、利益を追求するだけでなく、コンプライアンス、ESG、CSRといった言葉が出てきているように、社会的な責任を果たすことが求められています。弁護士は、このように社会的責任を果たすことを求める社会において、リーダシップを発揮することができるのです。

経済力も1つの魅力です。お金持ちにはなれないかもしれませんが、弁護士は少なくとも「some money」、いくらかのお金を得ることができます。昔のチャップリンの映画である「ライム・ライト」の中で、悲嘆にくれる若いバレリーナに、チャップリンは「人生に必要なのは、勇気であり、イマジネーションである。そして最後にsome moneyだ」という旨のことを話します。

今では、私はこの言葉の意味が、よくわかります。弁護士は仕事を通じて、この「some money」の意味を、体験します。お金には相対性があります。1万円を100円として見るような依頼者も居れば、1万円を10万円と見るような依頼者も居ます。弁護士は、常に自分にとっての「some money」の意味を追い続けなければいけませんし、それを追求できるのが弁護士です。何といっても弁護士は人から感謝される仕事です。依頼者や市民から笑顔と感謝の言葉を受けることができます。これはお金に代え難いものです。

更に日本の弁護士制度は、世界に冠たる制度です。弁護士自治、法律事務の独占、弁護士会への強制加入。この3点セットはまさに、弁護士が弁護士法第一条の使命を果たすための制度的な保障でもあります。諸外国では、法律事務の独占といっても、裁判しかできない国もあれば、法律相談は弁護士でなくてもできる国がたくさんあります。諸外国と比較して、日本は法律事務について、すべての権利を弁護士が握っています。その見返りとして、弁護士第一条を守る使命が与えられているのです。

それから、AIによって、弁護士業務が駆逐されないことも、弁護士の魅力です。ある調査ではAIによって弁理士や会計士の業務はほぼ無くなると言われていますが、AIによる業務代替可能性は、弁護士の場合1.4%という数値が出ています。ただ、パラリーガルは47%、アソシエイトは35%が代替可能とされ、単純作業はAIに替わる可能性があります。

しかしAIは、依頼者の悩みに共感することは困難です。AIはあくまで、過去のデータと統計的手法に基づいてしか、対応ができませんが、人間である弁護士は、独創的な発想ができ、依頼者の悩みを共感することができ、この点でもAIとは勝負ができるわけです。このような弁護士はこれからも魅力的な職業であり続けます。

まとめ


弁護士は、それぞれの生き方の中で、裁量もあるし、自由です。弁護士の業務は、自分が大きな事務所に所属をしているから、仕事が来るわけではありません。あくまで、弁護士個人の能力、個性に応じて仕事が来ます。もちろん、基本的な素養は持ってなければいけませんが、それ以外の専門性やキャラクターは、それぞれが形成していくものです。どんな小さな事務所であっても、自分の個性や、自分の能力に合わせて依頼者が来る、仕事が来るということを覚えておいてほしいと思います。

また、弁護士は常に、「今やっていることは、正しいやり方なのか」「前例にとらわれてないか」「もう少し工夫すれば、問題を解決できないか」と考えて、業務にあたる必要があります。

最後に、社会や経済の変化、自然科学、生命科学の進展に応じて、どのような心構えで臨んでいくべきでしょうか。「強いもの、優秀なものが生き残るわけではない。変化に柔軟に対応できる生物が生き残る」というダーウィンの言葉がありますが、明日の弁護士にも参考になる、意味のある言葉だと思います。本日の私の話が、皆様にとって将来少しでも役立つことになれば望外の喜びです。

皆様のご活躍を祈念しています。最後まで聞いていただき感謝致します。

ありがとうございました。


  • 記事URLをコピーしました

弁護士向け

限定コンテンツのご案内

弁護士ドットコムでは、会員弁護士のみがアクセス可能なマイページサービスページをご用意しています。

本サイト内で公開されている記事以外にも、マイページ限定のコンテンツや、法曹関係者向けにセレクションした共同通信社の記事など、無料で登録・閲覧できる記事を日々更新しております。また、実務や法曹関係の話題、弁護士同士が匿名で情報交換できる無料の掲示板サービス「コミュニティ」も好評です。情報のキャッチアップや、息抜きなどにご活用ください。ご興味がございましたら、下記から是非ご登録ください。