リーガルテックの未来〜 弁護士ドットコムProfessionalTechLabフェローが展望〜
2022年11月にChatGPTが登場し、急激に生成AIの活用が進んでいる。司法界にもテクノロジーが導入され、業務の効率化や幅の広がりが期待される。電子契約クラウドサインやAI法律相談といったリーガルテックサービスを筆頭エンジニアとして主導してきた市橋立・弁護士ドットコムProfessionalTechLabフェローが最新事情を解説する。 (弁護士ドットコムタイムズVol.71<2024年6月発行>より)
判例検索サービスは戦国時代
―そもそも「リーガルテック」とは、どういう意味でしょうか。
非常にシンプルに言えば司法界の「IT革命」といっていいでしょう。特に生成AIの進化は、弁護士業務にとって大きなインパクトです。例えば訴状や契約書の作成にあたって、たたき台にすることでスピードが上がります。慣れていることでも「ゼロから作る」のは気が進みませんが、自動的に瞬時に提案してくれると生産性も高まります。生成AIでできることは今が天井ではないことは確かで、どこまで進化するのかは未知数といえるでしょう。
―今後の課題はどこにありますか。
モデルが改善するほどに、徐々にバグは減っています。ただ、やはり最後の確認には人手が残ります。誤りだけでなく、品質が保てなかった場合、「誰が責任を取るのか」が重要な問題になってくるでしょう。そのため、いきなり書類作成を任せるのは難しい。今のところ、AIが活用しやすいのはリサーチ部分です。
特に、書籍検索・判例検索の充実について各社がしのぎを削っています。対話的に質問を投げ掛ければ、要約だけでなく関係する文献も網羅的に読むことができる。優秀なパラリーガルのような働きをしてくれる可能性があります。
―社会にリーガルテックが浸透するには、どんなことが必要でしょうか。
生成AIのモデル開発競争が激しさを増し、それらを活用したサービスも数多く出てきていますが、あくまでユーザーのニーズと合わさって初めて、意味のあるものができると思っています。
AI法律相談サービス「弁護士ドットコム チャット法律相談(α版)」は、2023年5月のリリース以降、コンスタントにアクセスされています。男女問題(離婚、浮気、金銭トラブルなど)に限っていますが、ニーズがあると感じています。
実際に寄せられた130万件以上の相談データを活用していますが、ユーザーニーズに合った高いデータ品質を維持できるよう取り扱い・活用には細心の注意を払っています。業界内では、他にもビジネス法務相談などのサービスも生まれています。使い方次第では有用なサービスにもなり得ますが、違法性が指摘されてサービスが提供できないという結果になっては元も子もありません。弁護士法など現状の規制に配慮しながら開発していくことになるでしょう。
ODRの実現はあり得るか
―裁判手続きへのAIの進出はありますか。
いきなり裁判長がAIに置き換わるのはハードルが高いので、民間の紛争解決が先行するでしょう。オンラインで紛争解決するODRにも注目が集まっています。ADR(裁判外紛争解決手続き)から派生した言葉で、事前に紛争類型等を特定してシステム開発する形です。2020年9月には日本ODR協会が設立されました。
軽微な交通事故をめぐる争いや、フリマアプリでお金が振り込まれない、商品が届かないなど個人間のトラブルは、AIを活用したODRでより迅速に解決できる未来もあるのではないでしょうか。
―弁護士の出番なしに解決できるなら、弁護士は不要になるのでしょうか。
究極的には人の心を扱うカウンセリングですら、前提条件などのデータがあればパターン化してAIで対応できるともいえます。ただ、重要な案件になればなるほど「情熱」のような弁護士と依頼者の信頼関係は重視されるでしょう。またEUが規制をかけたように、人の行動を特定の方向に誘導するAIは許されないでしょう。
最終的な弁護士の役割は、やはり対面でのやりとりに加え、最終的な責任を取るということだと思います。より多くの案件に真摯に対処するためにも、AIを活用して、できるだけ些末な業務を効率化することは、ひいては市民のためになると考えています。
契約業務を通しでサポート
―今後、リーガルテック業界で熱い分野はなんですか。
契約書の作成、審査、締結など一連の契約業務を最適化するCLM(Contract Lifecycle Management:契約ライフサイクル管理)です。
また、特にグローバル企業には米国民事訴訟の手続きで「電子証拠開示手続き」と訳されるe-discovery対策が不可欠です。メールや文書など膨大なデジタルデータの収集が必要となるため、検索ツールを導入することによって時間と労力の削減が期待できます。
こうした法務にまつわる案件の受付から契約書作成・レビュー、電子契約、締結済みのデータ管理と、全て一気通貫のサービスが注目されています。
ただ、業界全体としていえば、CLMは一部の企業のニーズにとどまっています。また、外部との電子契約はコロナ禍で一気に広がったものの、組織内での活用率は低いといわれており、まだまだ余地があります。
AIによる書面作成や民事訴訟のIT化などリーガルテックをめぐる動きは、ますます活発になります。中小企業や街弁の先生方にも、まずは身近なところから利用してみてほしいと思います。
市橋 立
2005年東京大学大学院工学系研究科修了。アクセンチュアでコンサルタントとして事業戦略などに携わる。起業を経て、2014年に弁護士ドットコム入社、2015年10月、同社執行役員に就任。