外国籍初の元日弁連副会長 白承豪弁護士が語る日本の法曹界

外国籍初の元日弁連副会長 白承豪弁護士が語る日本の法曹界

【本記事は2021年2月19日に公開したものです】2019年度、外国籍初の日本弁護士連合会(日弁連)副会長として注目を集めた白承豪(はく・しょうごう)弁護士(58、兵庫県弁護士会)。1962年に韓国・ソウルで生まれ、5歳の時に交通事故で右腕を失い、1974年に沖縄に移住した。1991年に、言葉と障害のハンデを乗り越えて司法試験に合格し、以来弁護士として活躍を続けている。 外国籍の副会長として民族団体からも期待がかかる一方、「弁護士会の執行部」としての中立性を保つ必要性があり、「当時は複雑な立場にあった」と振り返る。白弁護士に、日弁連副会長として活動した中での思いや日本の法曹会の問題などについて聞いた (インタビュー日:2020年12月23日)。

ーー日弁連副会長の1年間を振り返っていかがだったでしょうか。


日弁連の会員は4万4000人を超え、さまざまな考え方の先生がいます。日弁連執行部が率先して弁護士会の意見を決めるというより、200近い各種委員会からあがってくる意見について、日弁連としてどう意見をまとめて発出するのかを、執行部で議論して調整してきました。

例えば、担当していた委員会の中に死刑廃止の問題がありました。日弁連は2016年の人権擁護大会で「2020年までに死刑廃止を目指すべき」という決議を出しています。一方で、犯罪被害者の権利のために活動している先生からは、ずっと「死刑廃止を求める意見を、日弁連として出すのはおかしい」という批判を受けています。

ただ、批判があるからといって、日弁連としては何も意見を出さなくて良いとは思いません。日弁連は弁護士集団であり、弁護士法に定められた社会的使命として「基本的人権を擁護して、社会正義を実現する」ことがあるからです。意見の違いがあっても、「人権を尊重する意味で意見を言う」という決断をしているわけです。ただ、そのバランスがうまくかないと、両サイドから批判される立場にも置かれます。なので、できるだけ多くの弁護士が納得できるバランスのとれた意見となるよう議論や調整に力を尽くしました。

ーー日弁連の副会長に就任するに際して意識していたことは、なんですか。


日弁連としては、初めて外国籍の弁護士が副会長として執行部に入るということで、構えていた面があるかもしれませんが、私はどちらかというと積極的に「外国人の権利を守るべき」ということについて、大声をあげていませんでした。弁護士会の先生から推薦をもらって副会長になった以上、日弁連会員のことを考えるのが最優先事項だと考えていたからです。

確かに,民族団体などから期待されているとの意識はありましたし、日本社会で発生している外国人差別問題や韓国人や朝鮮人に対するヘイトスピーチなどの重大な人権侵害が起きているのですが、「外国人の差別問題のみを解決するために副会長になったのではない」ということを周りに理解してもらうようにしていました。そのため、日弁連活動の範囲内での言動にとどめていましたので、そんなに「窮屈な人が来た」という感じではなかったのではないかと思います。

また、外国籍の弁護士として初の日弁連副会長である私が、日弁連の日常の会務を含めてしっかり役割を果たさなければ、私の次に外国籍の副会長が生まれてこないと思っていました。その点から言うと、役割を十分に果たせたと考えています。

ーー自分の国籍に関連して印象的な出来事はありましたか。


2019年9月、国際法曹協会(IBA)の年次総会が韓国・ソウルで開かれ、日弁連の一員として参加する機会がありました。日弁連副会長の肩書きでありながら、名札には、韓国名の英語表記で、国の印も韓国でした。他国からの参加者に日弁連の副会長であると自己紹介すると、「韓国籍の人が日弁連の副会長になれるのか」と言われたりしたので、「いや、日弁連に外国人差別はありませんよ」と、日弁連を自慢することができました。

日弁連は、弁護士自治が認められており、国の監督は受けていません。しかし、国によっては、法務省のような監督官庁の管轄下に弁護士会がある国もあり、そのような制度下では、外国籍の役員は認められていない国も多いと思います。その意味で、私が副会長として日弁連をアピールする良い機会になったと思います。

ーー在任期間中は、徴用工問題によって日韓関係が悪化しました。


徴用工や慰安婦の問題は、韓国では盛り上がりを見せますが、日本では「解決済み」という報道がほとんどです。私が個人的な意見を色々言うと「日弁連の意見である」と言われかねないので、日弁連の公式見解を超えないように慎重になっていました。

ただ、2019年10月、天皇陛下の「即位礼正殿の儀」に出席するため韓国から派遣された李洛淵(イ・ナギョン)首相(当時)と、韓国大使館で一緒に昼食をしたことがありました。首相は元東亜日報の新聞記者で、東京の特派員だった際、「障害と言葉のハンデもありながら、司法試験に合格した」として、司法試験に合格した私を取材して記事にしてくれました。ほぼ30年ぶりの再会でしたが、「自分が取材した弁護士がここまで立派になり、活躍してくれて嬉しい」と喜んでおられました。また、私が日弁連の副会長となっていたことで、少しでも日韓の架け橋になれたのではないかと自負しています。

ーー外国籍の副会長として、日本の法曹界で課題と感じたものはありましたか。


まず、調停委員における外国籍弁護士の不採用問題があります。法律上の制限はないのに、「日本国家の公権力を行使する者は、日本国籍が必要である」という考え方があり、現在も最高裁は外国籍弁護士の調停委員の採用を拒否しています。

1970年代には、台湾籍の弁護士が大阪地方裁判所で10年間調停委員を務め、大阪地裁の所長から感謝状をもらったことがありましたが、最高裁は、頑に外国籍弁護士の調停委員を任命しないままです。副会長時代に、「この問題を穏便に早く解決してほしい」とお願いしましたが実現に至らず、今も日弁連の実現プロジェクトチームのメンバーとして、活動しています。

日本社会のグローバル化は著しいです。多くの外国人が日本で働き、生活していますので何らかの紛争に巻き込まれることも多くなっています。外国籍の調停委員がいれば、日本で紛争に巻き込まれた外国籍の人が、「自分の気持ちをわかってくれる調停委員がいる」と考え、裁判所に対する信頼も厚くなると思います。また、調停委員が説得するときも「あなたが言っていることは日本社会では通用しない」ということを外国籍の調停委員が言うのと、日本人が言うのとでは受け止め方が違うと思いますし、紛争解決に役に立つことは明らかだと思います。

元々は、日本国籍でないと司法試験に合格しても司法修習生になれなかった時代がありました。そのために、外国籍の合格者は、司法修習生になるために帰化をせざるを得ませんでしたが、現在は、国籍条項は撤廃されています。法改正もなく、最高裁も時間をかけて考え方が変わってきているので、外国籍調停委員の問題も、いずれは理解してもらえると期待しています。

また、日本では、外国籍の人が法的問題を抱えた時の法律相談体制ができてないところがたくさんあります。政府は現在、全国の自治体に「多文化共生総合相談ワンストップセンター」の設置を進めており、生活相談や子どもの教育問題など、外国人向けの行政の窓口を一元化する構想を立てています。そこに、弁護士の法律相談体制が組み込まれていなかったので日弁連として、弁護士の法律相談体制も組み込むよう求めています。

ーー外国籍弁護士として今後弁護士会にどのような期待をしていますか。


今の日本の弁護士の中には、韓国籍・朝鮮籍はもちろんのこと、中国、フランス、ドイツ、ロシアなどのいろんな国籍の弁護士が多く誕生しています。日本社会には外国人をめぐるさまざまな法的紛争がありますので、そのような外国籍弁護士の活動の場も広がって行くと思います。

弁護士会は、日本社会のグローバル化を法的に支える役割が期待されていると思いますが、いまだに外国籍弁護士の調停委員の採用が拒否されるなど、外国籍弁護士に関わる問題も残っていますので、弁護士会が率先してそのような問題解決に取り組むことが、引いては日本社会全体のグローバル化の実現に役立つことができるのではないかと思っています。

※写真提供:白承豪弁護士

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