「就業規則作成マニュアル」編著者・野口啓暁弁護士に聞く コロナ・テレワーク・パワハラ防止に向けた改正のポイント

「就業規則作成マニュアル」編著者・野口啓暁弁護士に聞く コロナ・テレワーク・パワハラ防止に向けた改正のポイント

【本記事は2021年1月7日に公開したものです】コロナウイルスの感染拡大やテレワークの普及、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の施行で、就業規則の見直しに向けた機運が高まる中、『モデル条文でつくる 就業規則作成マニュアル』(旬報社)が刊行された。 使用者側の視点に立つ書籍が多い中で、労働者側の視点も取り入れ、従業員にも有給休暇の時季変更権を与えるなど働きやすい職場づくりに向けた新しい制度を提案している。編著を担当した野口啓暁弁護士(42、兵庫県弁護士会)は、「労働者の立場をしっかり考えたルールを作ることで、むしろ使用者にプラスの側面も多い」とする。 本書が提案している、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて見直したという「モデル就業規則」や運用のポイントについて、野口弁護士に聞いた(取材日:2020年12月3日)。

労使双方にメリットのある「フラットな」モデル就業規則

──本書を執筆した動機を教えてください。


この本は、弁護士5名、社会保険労務士7名で構成する「神戸就業規則研究会」が約6年間議論を重ねて執筆しました。研究会としての最大の執筆の動機は、「労使双方に有益なモデル就業規則の作成にチャレンジしよう」というものです。

従来のモデル就業規則の書籍は、使用者側の視点に立って書かれているものが多いです。就業規則は、使用者側が策定するため、使用者に有利な視点で書かれた書籍が売れやすいからです。

しかし、私は労働者の立場をしっかり考えたルールを作ることで、むしろ使用者にプラスとなる側面も多いのではないかと感じています。どのようにすれば使用者側にモデル就業規則を使ってもらえるかという視点を意識しながら、本書を企画しました。

──使用者側の立場で企業法務に携わっている中で、中小企業の就業規則についてどのような課題を感じていますか。


人手不足に悩む中小企業は、給与水準を引き上げる原資にも限界がある中で、どのように人材を獲得するかという課題を抱えています。有給休暇や休職などの福利厚生において、労働者が働きやすいルールを設計することで、同じ給与水準を維持しながら優秀な人材を獲得し、長く働いてもらうことができるのではないか、と考えています。

また、中小企業において、制度全体としてみたら良心的な待遇をしているのに、労働法規に関する知識が足りないがゆえに法違反の待遇になってしまう事例があります。例えば、残業代の時給単価を計算する際、算定の基礎として含めなければならない手当を除外してしまうことがあります。手当自体はたくさん支給しており、収入はむしろ高額になっているにもかかわらず労基法違反となってしまっているケースですが、大変もったいないと感じています。

有給、休職の新しい仕組みを提案「求職者のアピールにも繋がる」

──新たな仕組みを提案する上で、どのような点に心がけましたか。


本書で提案しているルールは、基本的には、使用者側・労働者側のどちらかを「ひいき」するのではなく、裁判例や行政通達が積み重ねてきた「相場」のど真ん中をいくルール設定を基本としています。その結果として、一般的な就業規則例と比較すると、労働者側にも十分配慮した内容となっていると思います。

また、相場のど真ん中という基本姿勢をとりながらも「むしろ踏み込んで労働者ファーストの新しい制度設計をしたほうが使用者にとってもいいのでは」と考えられる条項については、思い切った提案をしている部分もあります。

労働者側の視点に立って、徹底的に労働者保護をすすめるモデルも作ろうと思えば作れます。ただ、徹底的に労働者の視点に立ったモデルは、使用者側が採用するモチベーションが生まれにくく、結局、よくある「本来こうあるべきだ」という提言にとどまってしまいます。

本書の提案するモデルは、使用者の立場に立った場合にも、使ってみようと思ってもらえる内容を前提にしています。労基法や労働契約法の精神に反する仕組みを採用すると経営上のリスクが高まります。労働法規や通達、裁判例の規制をギリギリでうまくかいくぐることを狙う姿勢でルール設定をすることは、本来使用者にとってマイナスとなるはずです。

──モデル就業規則の類書にはなかった、本書が提案する仕組みはなんですか。


基本的には王道と呼べるような規定例を紹介しながらも、随所に新しい提案も行っています。

例えば、年次有給休暇に関する規定です。2019年に年5日の有給取得が義務化されたことに対応する規定が必要になるわけですが、研究会では、どう規定すればスムーズに有給取得できるのか議論を重ねました。

有給取得を社員の自主性に委ねる制度設計の場合、職場の雰囲気や社員個人の性格・考え方によってバラつきが出てしまいます。最低年5日の有給取得実現のため、会社が社員に取得期限の間際に取得させる状況は、有給休暇制度の趣旨に反していますし、職場が回らなくなってしまいます。そのような事態を防ぐために、どこかのタイミングで、会社が取得日を指定せざるを得ないという結論になりました。

しかし、会社による取得日の指定は、社員にとっては一方的な押しつけとなる側面があります。そのため、本書が提案する規定では、会社が指定した有給休暇について、社員の側にも時季変更権を認める制度を提案しています。

休職の規定についても、新しい提案を行っています。一般的には、勤続年数に応じて休職期間を定めている会社が多いですが、本来、休職の事由や必要性は勤続年数に相関しないはずです。本書では、勤続年数にかかわらず一定の休職期間を設定しました。

また、試用期間中の社員についても、最大3か月間の休職を可能とするルールを提案しました。試用期間中の社員に対する休職制度はあまりみられませんが、休職中は試用期間の進行を停止する設計として、試用期間の趣旨を活かせる制度にしています。

その他にも、懲戒の制度、同一労働同一賃金を見据えた非正規社員の手当や退職金の規定などについて、新しい仕組みを取り入れました。本書では、求職者や内定者に就業規則を開示することもおすすめしています。

──求職者や内定者に就業規則を開示している企業は少ない印象があります。


就業規則の内容を十分検討し、設計している企業の場合、就業規則を自社ウェブサイトなどで外部に公開しているケースもあります。しかし、公開している会社は少数派であり、外部どころか社員への周知要件すら充たしていないような企業が多い印象です。できるだけ社員の権利を制限する発想で規則を作っていたり、あまり検討せずにひな形をそのまま使っているようなケースでは、労使紛争になってはじめて規則が表に出てくることも珍しくありません。

しかし、きちんと作りこんだ就業規則をオープンにすることは、企業のコンプライアンス遵守に関する姿勢を対外的にアピールすることになります。また、求職者に対し、働きやすい職場であることを端的に示す機会にもなります。

内定者についても、条件付きですが雇用契約が成立し、就業規則の適用を受けることが一般的です。不用意なSNSへの投稿で「炎上」する事例が社会問題化していますが、内定者による不適切な発信により企業が損失を負う場面も想定されます。あらかじめ、就業規則を開示し、情報管理に関する服務規律等を十分に説明すべきでしょう。

厚労省の「テレワークモデル就業規則」は不十分

──新型コロナウイルスの感染拡大を受け、急速にテレワークの動きが広まりました。企業がテレワーク規程を定める必要性や、どのような規定を定める必要があるか教えてください。


テレワークの場合、時間管理、特に休憩時間や時間外労働をどう管理するのか、テレワークの特殊性に対応したルールを設定する必要があります。また、メンタルヘルスや情報管理の問題などは、通常勤務の場合にも問題になりえますが、テレワークの場合にはより神経質にならざるを得ない問題もあります。

さらに、テレワークに伴って生じる実費負担の問題も重要です。機材等のハード面に加えて通信費や水道光熱費など、会社が負担するのか社員が負担するのか、納得できるルールを定めておかないと、トラブルになります。

そもそも、どのような場合にテレワークが開始し、終了するのか、手続きや要件も決めておかなければ、いざというときに対応できなくなってしまいます。

そのようなテレワークの場合の特別なルールを定めるのがテレワーク規程です。これまでテレワークを導入していなかった企業が、コロナ問題を受けてテレワークを緊急避難的に実施する場合も、テレワーク規程を作成することを強くおすすめします。

──厚生労働省もホームページに「テレワークモデル就業規則」を掲載しています。本書のテレワーク規程は、厚労省のモデル規則とどのように違いますか。


本書のモデルテレワーク規程は、厚労省のモデルテレワーク規則を参考にしつつ、厚労省のモデルでは不十分であったり、問題が生じる可能性が高いと考えられる部分について、実際の運用をイメージしながら作り上げた点に特徴があります。特に、休憩時間の処理や実費負担のルール等については、新しい提案を行っており、より詳細で実践的な内容に仕上がっていると自負しています。

「パタハラ」「モラハラ」も規定化

──今年6月に改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、中小企業では2022年4月から適用されます。就業規則にはどのような影響がありますか。


パワハラ防止法により、パワハラに関する相談・対応体制の整備が事業者に義務付けられました。従前の一般的な就業規則でも、服務規律規定に「パワハラをしてはならない」旨の規定があることが通常です。しかし、パワハラ防止法の制定も踏まえ、より精緻に構成する必要が出てくると思われます。

具体的には、パワハラに該当する行為類型を詳細かつ具体的に列挙した規定として、社員にどのような行為が処分対象となるのか周知するとともに、被害に遭った場合の相談窓口の設置及び寄せられた相談の処理手順、懲戒処分との関係における適正手続きへの配慮など、まさに処理マニュアルとなるべき条項を丁寧に設計することが望ましいといえます。

──本書のモデル就業規則では、パワハラ防止についてどのように規定していますか。


本書のモデル規則では、セクハラ、パワハラに該当する行為について詳しく定義するとともに、近年問題となっているパタニティハラスメント(育児のために休暇や時短を申請する男性社員に対する嫌がらせ)やモラルハラスメント(モラルに反する精神的暴力などの嫌がらせ)についても「その他のハラスメント」として定義しました。

また、ハラスメント行為を受けた社員の相談窓口について、相談者や行為者への事実関係の聴取の必要性、相談者への不利益取扱いの禁止を定めました。

モデル規則では、会社にはハラスメントの再発防止策を講じるよう求めた一方、社員に対し調査への協力義務を課す規定を置いています。また、社員に貸与したパソコン等について会社が閲覧できる旨の規定も設けました。こうした規定がしっかり整備されていないと、相談窓口が調査する際にトラブルになります。

──企業が相談窓口を設置する上での注意点はありますか。


パワハラの相談窓口で最も大切なことは、被害者や通報者の人権に十分配慮した手続きを行うということです。窓口に相談したことによって相談者が二次的にハラスメントを受けるセカンドハラスメントが起きてはいけませんし、内部通報者に対して不利益な扱いをしてはいけないことは当然です。どのような対応を被害者が望むのかについても聴取した上で、事案ごとにきめ細やかな配慮が求められます。

コロナ感染拡大を受け「病者の就業禁止」等の規定を見直し

──新型コロナウイルスの感染拡大を受けた企業対応の際に、本書で参考とすべき規定はありますか。


新型コロナウイルス感染症への対応として、就業規則を見直す必要があるのは、主として休業に関する条項と、病気の人の就業禁止に関する条項だと思います。休業に関しては、どのような場合に休業手当を支払う必要があるのか、民法536条2項による100%の賃金支払い義務が生じる可能性があるのか、きちんと整理したうえで、就業規則の条項に反映させる必要があります。

また、病気の人の就業禁止条項、濃厚接触者になった場合や家族が感染等した場合の対応を判断できるような規定にすることが望ましいです。

本書では、モデル条文そのものについてコロナ問題に対応できるよう見直すとともに、詳細な解説を記載しています。ぜひ参考にしていただけたら幸いです。

(写真 Zoom取材に応じる野口啓暁弁護士 撮影/弁護士ドットコムタイムズ、2020年12月3日)

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