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法廷で同性愛者を公言「言わなきゃ変わらない」 加藤丈晴弁護士の葛藤

法廷で同性愛者を公言「言わなきゃ変わらない」 加藤丈晴弁護士の葛藤

【本記事は2020年12月28日に公開したものです】同性どうしの結婚を認めないのは憲法違反だとして、全国5つの地裁で同性カップルが国を提訴している「結婚の自由をすべての人に」訴訟(同性婚訴訟)。10月28日に札幌地裁で開かれた弁論の意見陳述で、加藤丈晴弁護士(札幌弁護士会、47)は、「少し個人的な話をします。私が、自分が同性愛者であることを自覚し──」と明かした上で、同性愛者の結婚の権利を求めた。 法廷でカミングアウトをすることについて「抵抗はまったくないわけではない」と話し、「裁判官によりインパクトを与えることができればという気持ちだった」と狙いを述べた。加藤弁護士に、カミングアウトへの葛藤や、法曹界のダイバーシティについて聞いた(インタビュー日:2020年12月6日)。

「弁護士だろうが、裁判官だろうが、同性愛者はどこにでも存在する」


──裁判の中、意見陳述の中で明らかにしようと思った理由について教えてください。


私がカミングアウトをしなければ、裁判官の目には、私があくまで当事者を支援している異性愛者と映るのではないかと思いました。しかし、実際は私もセクシュアル・マイノリティで、自分が原告になってもおかしくない立場です。

弁護士だろうが、裁判官だろうが、同性愛者はどこにでも存在します。裁判長だってそうかもしれない、右陪席や左陪席がそうかもしれない。当たり前にある人権の問題を巡る裁判であることを、裁判官に伝えたいという思いがありました。

当初陳述は、別の弁護士が担当する予定でした。その弁護士が、期日の直前に辞退したので、弁論の2日前に私が意見陳述をすることに決まりました。

ありきたりの意見陳述で違憲判決を求めただけでは、裁判官に響かない。それなりにインパクトのあることを言わなければと思いました。そこで、代理人が自分のことを話すことは、反則みたいなところがあるのは理解した上で、自分が同性愛者であることを交えて話そうと決めたのです。

ただ、あくまで代理人としての意見陳述ですから、原告の意見陳述のように、裁判官の情に訴えることを目的とするのではなく、法的な観点から裁判官を説得をすることを基本に、自分の体験談の部分とバランスをとりながら、話をしなければならないと思いました。

そこで、前半は国の主張を批判して、後半に個人的な話を交えながら、過去の判例がLGBT当事者に与えた影響を指摘し、最後に今回の裁判の意義を話すという構成をその場で考えました。2時間くらいで、一気に書き上げました。

具体的には、東京都の施設が同性愛者の宿泊を拒否した「府中青年の家事件」の控訴審判決(1997年9月16日東京高裁判決、原告勝訴で確定)を取り上げ、「(司法試験の受験生だった当時)私がこの判決にどれだけ勇気づけられ、同性愛者として生きていく自信を与えられたか知れません」と述べました。

裁判官に対して「若いLGBTの当事者が、あなた達が出す判決にどれだけ勇気づけられるかを考えてください」というメッセージを込めました。

──裁判官の心証にはどのような影響を与えたと思いますか。


裁判長をはじめ、熱心に聞いていると感じました。特に、右陪席は前のめりの姿勢でじっと聞いていました。どのような影響を与えたかは、まだわかりません。

──支援者や弁護団からの反応はありましたか。


SNSやメール、電話で多くの励ましの言葉をもらいました。ただ、弁護団の一人からは「代理人が法廷でカミングアウトして、自分をさらけ出さなければ、世の中が変わらないのかと思うと、複雑な気持ちがした」という反応もありました。

「自分の中のホモフォビアに、常にとらわれている」


──今回が、初めてのカミングアウトだったのですか。


裁判の中で公言したのは初めてですが、2019年に北海道新聞で、「ゲイを自認する」弁護士として、顔写真入りで掲載されたことがあるため、初めての公言ではありません。


──最近になり、メディアや裁判を通じてカミングアウトするようになったのは、考え方の変化があったのでしょうか。


2016年6月から1年3か月間、ニューヨーク大学ロースクールの客員研究員として留学したことがきっかけです。ニューヨークで生活する中で、自分のセクシュアリティを肯定的に受け止められるようになったことが大きいと感じています。

LGBTの問題は、アメリカでは重要な人権問題だと認識されていて、メディアでも頻繁に取り上げられています。ニューヨークでは、女性が「My wife is….(私の妻が)」と話すなど、会話の中で自然にセクシュアリティを知ることになります。「実は、僕はゲイで、男性と結婚していて」というような、面倒くさい前置きがない。アメリカでもニューヨークのような大都市においては、カミングアウトは、もはや大騒ぎするような問題ではないということを知りました。

日本では、まだLGBTの当事者が気軽にカミングアウトできる状況ではありません。いじめや、職場でのハラスメントへの恐れも理由の一つですが、自分の中でセクシュアリティを肯定的に受け止められない現状があることもあります。特にメディアでは、オネエのキャラを笑い者にしてきた歴史があり、当事者は、物心がついた時から負の情報にさらされ続けてきました。

カミングアウトをしない限り差別の対象にはされません。ただ、何も言わなかったから、同性愛者がいないことを前提として社会の制度が作られてきたのです。だから、私は、「言わなきゃ社会が変わらない」「自分のスタンスをオープンにして発言することが必要」と思い、少しずつメディアも含めて、カミングアウトをするようになりました。

──カミングアウトへの抵抗感はまったくないのですか。


抵抗感がまったくないわけではありません。今でも、自分の中のホモフォビア(同性愛嫌悪)には常にとらわれています。長年刷り込まれたことが、1年3か月の留学できれいになくなることはありませんでした。しかし、「公言しても大丈夫だ」と、自分の中で確信を持てるまでには至りました。

──どういう時に、自身へのホモフォビアを感じますか。


北海道新聞に記事が掲載された翌日に、顧問先から「顧問契約を終わりにしたい」と告げられました。その時、瞬間的に「あの記事を読んだからだ。同性愛者の弁護士に顧問をしてもらいたくないんだ」と思いました。後になって、自分が同性愛者であることが理由でないことがわかりましたが、差別を受けるかもしれないという恐れは常にあり、一生消えることはないかもしれません。

「日弁連の中でも、ジェンダー差別ははびこっている」


──LGBTを巡る活動は、いつから取り組み始めたのですか。


2010年ごろに、弁護士や裁判官などの法律家有志による性的少数者(LGBT)の支援団体「LGBT支援法律家ネットワーク」に加入し、勉強会などに参加しはじめました。ネットワークには、LGBT当事者のほか、アライ(LGBTの理解者)の人も参加しています。

LGBT支援法律家ネットワークが母体となり、「同性婚人権救済弁護団」を結成し、2015年7月に、日本弁護士連合会(日弁連)に同性婚法の制定を求める人権救済申立をしました(申立を受け、日弁連が2019年に法務大臣などへの意見書を提出)。その弁護団が、今回の「結婚の自由をすべての人に」訴訟(同性婚訴訟)の弁護団の母体になりました。

──10年間のLGBTの活動を振り返り、どのようなことを感じますか。


同性愛者に関する事件といえば、「府中青年の家事件」以来ほとんどなく、弁護士が活動する領域がほとんどない状態でした。弁護士がLGBTに関する分野で活動することへのイメージが掴みにくかった時代です。

ただ、5年ほど前から、LGBTの権利が法廷で争われるようになってきました。現在では、日本人と同性のパートナー関係にある外国人の在留資格をめぐる訴訟や、「事実婚」の関係にある同性カップルの法的保護に関する訴訟も提起されています。LGBTに関する弁護士の活動領域は、広がってきたと感じています。

私は、自由法曹団や青年法律家協会などの人権系の法律家団体にも所属していますが、そうした団体でもLGBTの問題を取り上げるようになったのは、つい最近です。勉強会や例会で取り上げて、知識を深めたいという意見が上がるようになりました。

──弁護士業界のLGBTの捉え方について、どのように思いますか。


率直に言って、弁護士のLGBTに対する人権意識は不足しています。LGBTの活動をしていると、「特殊な弁護士」という色眼鏡でみられることがあります。

4、5年前に、日弁連の刑事系のある委員会で、強制性交罪の法定刑について、被害者が男性にも拡大されることとの関係で議論したことがありますが、ベテランの弁護士が、男性の性被害も重大であることの例として、「集団就職の時代に、就職したばかりの若者が、就職先の会社の社長に犯されてホモになってしまったという話を聞いたことがある。こんな悲劇はない!」との発言がありました。

「ホモ」という言葉は差別語ですし、同性と性交渉を持つことで同性愛者になるということは、まったく根拠がありません。そもそも同性愛者になることが悲劇だという決めつけ自体、大きな差別です。

また、ジェンダー差別という観点からすると、女性の日弁連会長は誕生していないし、単位会の会長も女性は非常に少ないのが現状です。日弁連の中でもLGBT差別や男女差別ははびこっていると思うし、弁護士だから人権感覚があるというのはおごりだと思います。

──弁護士業界の中の差別に対し、どのように向き合っていくつもりでしょうか。


圧倒的な異性愛規範のある社会の中で、差別的な価値観や考え方を持ってしまうことは仕方ないと考えています。しかし、いまその価値観や考え方が間違いだということを、誰もが知らなくてはならない段階に来ています。批判され、間違いに気づくことで、弁護士業界の意識も変わります。

日弁連は「LGBTの権利に関するプロジェクトチーム」を立ち上げ、単位弁護士会でも、LGBTに関する法律相談や出前授業などの取り組みが広がっています。日弁連の人権活動の基準となる「人権のための行動宣言」にも、2019年からLGBTの人権が盛り込まれるようになりました。LGBTの問題に関心が低かった弁護士も、最近は勉強したいと言ってくれるようになり、弁護士業界の理解は深まりつつあります。

──日弁連として、LGBTに対してどのような施策をしてほしいですか。


私は日弁連の「LGBTの権利に関するプロジェクトチーム」で委員をしている立場ですが、もっと率先して政策提言をやっていくべきだと感じます。反差別法の制定や、内縁保護の同性カップルへの拡大など、日弁連がLGBTの人権について積極的に意見を発信することが、法律家の職能団体として必要だと考えています。

「同性愛者を二流市民とみなさないための尊厳をかけたたたかい」


──同性婚が認められることは、LGBTの当事者にとってどのような意味がありますか。


同性婚が認められるかという問題は、結婚したい人が結婚できるという意味だけではなく、同性愛者の尊厳にかかわる問題だと強く感じています。

実は、同性カップルの当事者すべてが、(異性間には認められた)結婚ができないことに不便さを感じているわけではありません。異性愛者と同じように、好きだから結婚したい、それだけの理由です。「相続を受けたいから結婚しました」なんて答える人は、まずいません。

いま全国の自治体で、パートナーシップ制度が整備されつつありますが、これを拡大して、相続や財産分与など法的拘束力のあるパートナーシップ制度を作り、異性愛者向けの婚姻制度とは別の制度として存在すれば良いのではないかという議論があります。それではダメなのです。

もし、権利的には平等な、(結婚とパートナーシップという)2つの制度を認めたら、当事者は確かに困ることはないかもしれません。しかし、愛する人と結婚する権利を否定し続けることに変わりはなく、同性愛者の尊厳は傷つけられたままです。

黒人専用の学校と白人専用の学校、両方が同じだけの予算をかけた学校で、同じレベルの教育を施しているから「平等」という主張(分離すれども平等)に対して、黒人たちは当時、「(制度が2つに分かれていることに対して)二流市民扱いするものだ」と声をあげました。これを受けて、1954年の「ブラウン判決」は「差別」と判断しました。

ブラウン判決の考え方からいくと、同性愛者用のパートナーシップ制度と異性愛者用の結婚制度があることは、同性愛者を二流市民扱いすることになるのではないでしょうか。同性婚を実現することは、まさに同性愛者が二流市民としてみなされないための尊厳をかけたたたかいなのです。

※写真提供:加藤丈晴弁護士

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