「法とは何か、立ち戻ることが面白い」 ラオスで民法典の起草支援 入江克典弁護士インタビュー

「法とは何か、立ち戻ることが面白い」 ラオスで民法典の起草支援 入江克典弁護士インタビュー

【本記事は2020年12月18日に公開したものです】入江克典弁護士(東京弁護士会、40)は、国際協力機構(JICA)の専門家として、2017年からラオスに渡り、日本が培ってきた法的基盤のノウハウを活かした法整備支援に取り組んでいる。JICAは、1998年からラオスの法整備支援を開始。2012年から起草作業を始めたラオス初の民法典が、今年5月に施行した。 2013年頃にJICAの取組みを知り、「国際社会に貢献できる仕事がしたい」「社会的にインパクトのある仕事がしたい」との思いから法整備支援に関与した入江弁護士は、ラオスでの支援について「日本では得られなかった『法とは何か』を考える機会になった」と語る。入江弁護士の取り組みと、法整備支援から学んだことなどを聞いた(インタビュー日:2020年11月11日)。

「本当に社会のためになっているか」見直す


──弁護士登録をした時に描いていたキャリアと、JICAの法整備支援に興味を持ったきっかけを教えてください。


慶應大学のロースクール時代は、企業再建や倒産に関する法務に関心を持っていました。2009年に弁護士登録後、企業再建を手掛ける東京の法律事務所に入りました。しかし、自分の能力や適性の問題、2009年施行の中小企業の金銭債務の支払いを猶予する「中小企業金融円滑化法」の影響などにより事件に恵まれず、企業再建を専門とするまでには至りませんでした。

それでも、企業法務や訴訟業務などで顧客の期待の応えることを通じて、それなりに充実した日々を送っていましたが、一方で、そういった自分の活動が本当に社会のためになっているのかと思うこともありました。

顧客の利益に叶う成果が達成されれば、顧客は喜んでくれ、私も一時は満足感のようなものを得ます。それでも、心の中ではどこかひっかかりのようなものが残っていました。それは、企業が顧客の場合、その企業の活動について「どれほど社会的に意味や価値があるのか」という点でした。また、事務所のアソシエイトだったため、基本的に自分で仕事を選べず、パートナーの仕事を補佐する立場にいたことにも起因していました。

2013年頃、国際業務に関する日本弁護士連合会(日弁連)のセミナーに参加し、JICAが法整備支援の専門家を育成していることを知りました。その時、もう一度自分の価値基準を見直し、より直接的に社会に貢献できることを探したいと思いました。

自分は、幸運にも何不自由なく教育を受け、生活し、仕事を得て収入を得ていますが、世界を見渡せば、それは当たり前ではありません。自分にも何かできることがあるのではないか、これまで携わってきた法律の分野でできることはないかと考えました。

その後、JICAが主催する研修に参加し、発展途上国の法整備支援に携わろうと決意したのです。

──企業法務の弁護士としてのキャリアを捨て、一から新しいキャリアを築くことに不安はありませんでしたか。


弁護士の友人には、私がラオスに渡ったことを「思い切った判断」という人もいましたが、私にはそのような自覚はありませんでした。

このまま日本の弁護士としてキャリアを重ね、国内で一生やっていくのかを考えた時に、もっと外の世界をみたいと思いました。その思いが強く、法律家としてのキャリアを生かして、外に出ることはできないかと考えました。

──JICAの法整備支援の場として、ラオスを選んだ経緯を教えてください。


2015年4月にJICAの国際協力専門員になり、5月に初めて出張でラオスを訪ねました。そこで関わった人々の雰囲気は温かく、「体調はどうだ」「ご飯は食べたか」と気にかけてくれる人々でした。関係者を日本に迎えた時は、顔や名前を覚えていてくれて再会を喜び合いました。そのようなラオスの人々が国づくりに懸命になっている姿を見る中で、「この人たちの力になりたい」と思ったことが大きなきっかけです。

2017年6月までは、東京・麹町の本部で仕事する中で、ベトナムやインドネシア、ミャンマー、コートジボワールなどの国にも関わりました。その後、海外派遣の選択肢が与えられ、ラオス民法典の起草支援事業に関わりたいと考えました。民法典の起草という国家の一大事業に関われることや、支援事業としての重要性、インパクトの大きさに魅力を感じたことが理由です。ラオスは、比較的治安が良いので、当時まだ小さかった子どもたちも連れていくことができるだろうとも思いました。

ラオスに行きたいという私の気持ちと、JICAの事業としての重要性がマッチして、ラオスで活動することになりました。

急きょ施行を迎えて「びっくり」


──JICAがラオスに法整備支援を始める前は、どのような法制度の課題がありましたか。


社会主義国のラオスは、1980年代に市場経済化して、1990年代からベトナムや世界銀行、アメリカ国際開発庁などが携わって、法律を整備しはじめました。

ところが、それぞれの支援機関が独自のやり方で法律を提供していたため、全体的に一貫性がなく、体系として整っていない状況でした。

JICAの法整備支援は、1998年から始まりました。当時ラオスの法律家には、法律を起草する前提としての基本的な法律問題を考える能力に課題がありました。国際機関が作った法律をそのまま使っていたことが原因で、法律自体は存在するものの、「何のためにこの法律があるのか」「具体的な問題に対しどのように法律を適用するか」といったリーガルマインドが醸成されていなかったのです。

──入江弁護士は、ラオスの法律をどのように学びましたか。


JICAは、2000年代のはじめ頃から、「契約法」や「所有権法」など広い意味での民法に対する支援を始めました。その当初からラオスで法整備支援に携わってきた、慶應大学の松尾弘教授や立教大学の野澤正充教授、法務省法務総合研究所などの研究の記録や成果の蓄積が残っています。ですから、ゼロから法律を翻訳して読み進めたわけではありません。

2015年に国際協力専門員になってからは、ラオス現地や日本で、ラオス民法典の起草会議などで少しずつ議論に参加しました。会議の中で、法律を読み、日本の先生方とラオスからの参加者の議論を聞き、ラオスの法的な考え方を少しずつ身につけていきました。

──法整備支援では、これまでのラオス民法のどのような点を改善しましたか。


今回起草したラオスの民法典は、基本的に、それまでの個々の法律の内容を承継しています。特に、契約分野の部分は、多くの条文が従前の内容を受け継いでいます。ラオスの社会的な基盤になっているこれまでの制度を、民法典で一気に変えると混乱が大きいとの判断からです。

また、従前は「所有権法」と「契約内外債務法」との間など、重複している条文を持つ法律がありました。重複している場合は、一方だけ残すのか、複数置く場合も違いがわかるように規定するのか、などの点を整備しました。体系的な整理の観点から、総則の編を置き、法律行為、代理、法人、占有などの規定を置きました。

そして、経済活動や土地の利用を促進する観点から、地上権、地役権など日本の民法にもある制度を導入したうえ、新しい担保の制度も導入しました。加えて、タイ、ベトナムなどの周辺国やドイツ、フランスの民法から学び、国際的な観点から必要な規定を置きました。複数の観点から民法典を作ったといえます。

──今年5月にラオスの民法典が施行された時は、どのように感じましたか。


2018年12月にラオスの国民議会が民法典を承認し、成立した段階では、法典制定に伴う実務上の影響を考慮し、十分な周知期間を置く目的から、施行日を「官報掲載から365日後」としていましたが、成立後は「15日後」に修正されました。修正の理由は、「法令制定法」という別の法律に合わせたということだったのですが、急きょ施行を迎え、びっくりしたというのが率直な気持ちです。

施行しても、これからラオスに民法典が根付いて、実務者の間で法に従った運用がされなければなりません。運用されてはじめて、市民の権利が実現できます。本当に大変なのはここからだという気持ちです。

まず、裁判所が民法典に従って紛争を解決しないと、民法典が「絵に描いた餅」になります。裁判官を中心とした実務家が、民法典を深く理解することが重要です。また、大学や研修所などの法曹養成機関が民法典を適切に理解し、後進の法律家に伝えることも重要です。具体的には、教育者や研究機関が、条文をどのように解釈、適用するのか、解釈上足りない条文は下位法令を作るのか、特別法を作るのかという分析を行い、ラオスの民法理論が発展していくことが不可欠です。

また、土地の登記制度が機能しないと、土地取引の促進や、土地を使った経済活動の活性化は進みません。ラオスの土地は、天然資源環境省という、民法典を所管する司法省とは別の機関が所管しています。2つの省が連携して、民法典に相応しい登記制度が整備される必要がありますが、縦割りの行政の下での難しさがあります。

──入江弁護士は、ラオスにおける民法典以外の法整備支援の課題には、どのように関わっていきたいですか。


これまでの業務は民法典が中心でしたが、それ以外にも、裁判外の紛争解決制度や労働法のハンドブック作りに関わりました。また、国立司法研修所をはじめとする法曹養成機関の教育研修の仕組みの改善に携わり、研修のための教材づくりや問題集作りに関わりました。

これまで、法整備支援がラオスで比較的うまく進んできたのは、人材を育てる点に中核があったからだと思います。これからも人材育成の観点を外さずに、必要とされていることの中から本当に必要なことを見極めた上で、関わっていきたいと思います。

ラオスでの法整備支援は「日本法を客観的に見つめ直す機会」


──JICAの法整備支援の特徴について教えてください。


JICAの法整備支援の大きな特徴は、相手国に寄り添って、自主性を尊重し、相手国に適した法制度の構築や運用を支援していることです。常に対象国の文脈で考えることに重きを置いているため、そこが、専門家としてのやり甲斐でもあります。「日本の法制度が世界に普及したら良い」というのではなく、対象国の文脈で一番良いもの、最適なものは何かを考えることが重要です。

そのために必要なのは、対象国の歴史や文化、実務を知ることです。ラオス人は、のんびりした性格なので、こちらから背中を押して活動を計画させたり、会議の設定を促したりすることのほか、何度も同じ議論を続けて理解を確認することが必要となります。すごく根気が必要です。

そのほか、法務省、最高裁、日弁連、大学などの機関が協力しながら、日本が明治以降に法を受け継いできた経験や比較法研究の知見等を活かした支援を行っている点に特徴があります。

──ラオス以外の発展途上国における法整備支援の現状について教えてください。


1996年のベトナムを皮切りに、日本と対象国との二国間の法整備支援が始まりました。法整備支援は、いつか終わりが来るわけで、支援を終えたあと、どのような関係を維持するかという出口戦略が課題になります。

JICAの支援がなくなることで、一切の関係が途切れるのは適切ではありません。日本の法務省と支援国の司法省同士、裁判所、弁護士会、民間企業、学術機関同士で、ODAを通じて築かれた関係が残ることが理想的だし、そうしなくてはいけません。具体的には、学術交流や相互研究みたいなものができて、お互いに法制度を知り、学び合い、法の知識を高め合う関係を築くことです。

長きに渡り実施してきたベトナムやカンボジア、ラオスに対する支援をどのように収束させるのか、将来的に検討しなければいけない課題です。法整備支援全体としての戦略づくりも重要だと感じています。JICAの法整備支援は、文化的にも地理的にも日本と近いインドシナ半島から始まりました。しかし、アフリカのように違った文化をもつ国についても、今後、どのように取組みを効果的に拡充していくことができるのか、考えることも重要です。

──法整備支援の専門家としての経験は、その後の弁護士キャリアにとって、どのようなメリットがありますか。


ミャンマーやベトナムには、日本の法律事務所が進出しています。それらの事務所では、法整備支援の専門家だった日本人弁護士が活躍しています。その国の文脈を理解している民間の弁護士として、法制度の発展に継続的に貢献するというのは、選択肢としてありうると思います。

その他には、日弁連の国際交流委員会に所属して国際的な司法支援に携わる人や、大学などで法整備支援の講義を持つ人、国際機関の中で活躍している人もいて、関わり方は多様になってきています。

一方、日本の法律事務所があまり進出していないラオスやモンゴルなどは、専門家として関わった国で継続して活躍するのが難しいといえますが、そのような場合でも、日本の法律や法律実務を客観的に見つめ直す機会を得られることは、その後のキャリアに生かせると思います。法律は、社会においてどういう機能を営んでいるか、法とは何か、立ち戻って考えられるのは面白いところだと感じます。

ラオスの弁護士「人権保障の担い手という意識が乏しい」


──入江弁護士が、ラオスで学んだ「法とは何か」は、どのようなものですか。


ラオスは社会主義の国なので、法律が紛争解決の手段というより、市民を規律するための手段という意識が根付いています。市民社会のルールを定める民法典に対しても、当初は市民をどう規律するかという発想が強かったと思いますが、徐々に市民間の約束事を尊重するというような考えが浸透してきたように思います。ラオスでの経験で、法に対する認識が日本と違う国にとって、日本の考え方が当たり前ではないということが学べましたし、民法典の起草に関与する中で、法律の本質を学ぶことができました。

日本には、遵法意識が根付いています。コロナ禍でも、市民を法で規制せずに、外出自粛を呼びかけることによって、大規模な感染拡大を防いでいます。ラオスを含め、他の国ではそうした意識が高くありません。自分たちにとって都合が良いようにのみ法律を使う傾向がある中で、法律がどのように機能するかも学びました。

──ラオスの弁護士は、日本の弁護士とどのように違いますか。


ラオスの弁護士会は、日弁連と違い、司法省の監督下にある機関です。そのため、司法省を伺いながら活動せざるを得ず、独立した活動はできていません。日弁連は、独自で政府機関に意見を出せますが、ラオスはそのような状況にはありません。

ラオス人弁護士の会議の中での発言を聞いていても、人権保障の担い手という感覚はまだまだ乏しいのが現状です。すべての人がそうだという訳ではありませんが、例えば、刑事弁護をする弁護士に話を聞くと、被疑者・被告人の利益を守る代弁者という認識は薄く、むしろ捜査機関の側に立って、「あいつはよくない奴だから、もう少し長く勾留しなくてはならない」といった発言をします。特に経験の長い弁護士がそのような傾向にあります。

──入江弁護士のキャリアの今後の展望について教えてください。


漠然としていますが、JICAであれ、弁護士会であれ、法律事務所であれ、その他の形であれ、法の支配が国際社会に根付くためのお手伝いを続けたいと考えています。ラオスでの任期は2021年までの予定なので、4年ほどラオスに滞在したことになりますが、ラオス以外の国も含めて、どういう立場で、どういった地域、国に関わることができるかを考えています。JICA本部などで法整備支援の実務を続けることも一つだと思いますし、法と開発、法の支配促進の国際的な潮流などを一から学びたいという思いもあります。今後も様々な角度から法の支配に関わっていければと考えています。

(写真 民法典草案の意見聴取会議で司法関係者にハンドブックを手渡す入江克典弁護士(写真右) 入江弁護士提供)

入江克典弁護士プロフィール

1980年東京都大田区生まれ。2009年に弁護士登録後、都内の法律事務所で企業法務等を担当。2013年頃、日弁連のイベントでJICAの法整備支援を知り、2015年JICAに入職。東京・麹町の本部で勤務後、2017年からラオスに渡り、同国民法典の制定作業に携わる。プライベートでは3児の父親。

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