元裁判官弁護士、「水軍」の経営哲学に惚れ今治へ 『村上水軍』著者・園尾隆司弁護士インタビュー

元裁判官弁護士、「水軍」の経営哲学に惚れ今治へ 『村上水軍』著者・園尾隆司弁護士インタビュー

【本記事は2020年11月13日に公開したものです】戦国時代、日本最大の海運業者として瀬戸内の海を守った「村上水軍」。その一族の歩みを解き明かす「村上水軍 その真実の歴史と経営哲学」(金融財政事情研究会)が出版された。著者の園尾隆司弁護士(東京弁護士会)は、裁判官として40年間歩んだ後、退官後の2014年に弁護士になり民事再生事件などを手掛けてきた。本書では、民事裁判で培った事実認定の経験を生かして、村上水軍の「牽制と連携」という一族の歴史と経営哲学を解き明かしている。本書へ込めた思いなどを園尾弁護士に聞いた(インタビュー日:2020年10月22日)。

自己への配当に反対した民事再生の支援者

ーー本書執筆のきっかけを教えてください。


6年前に弁護士として、ある海運会社の民事再生を担当していた際、なかなかスポンサーが見つからず、自主再建か経営破綻かの瀬戸際になったことがありました。その時に、瀬戸内海から現われたのが村上水軍の末裔の方が経営する海運会社でした。

その際の支援条件は、大変度量の大きいものでした。一般的には、支援者が支援先を支配して、その指示で事業を他に売り渡して債権回収するようなことさえ起きる世界。なのに、村上グループの会社の支援条件は「できるだけ日本の船主の船を使って海運業を継続して欲しい」という1点でした。

その後、経営が軌道に乗り、出資者である支援者に配当の提案をしたのですが、反対であるといわれました。「海運業は浮き沈みが激しく、いつ下降状態になるかわからない。いま得た利益は、内部留保すべき」と。

それを聞いて、「村上グループの人たちに直接会いたい、どうしてそういう考えになったのか聞きたい」と思い、2015年に支援グループの主要会社がある瀬戸内海の伯方島に行ったのです。


ーー今回出版された本では、村上水軍の成立から現代までの1000年にわたる歴史が描かれています。


村上水軍の海運業の歴史は、瀬戸内から追放されて以降の江戸時代が空白でした。「海の民は記録を残さない」と言われますが、村上家にも記録が残っておらず、5年近くかけて、図書館や博物館に行くなどして、村上水軍のことを調べました。

その中で、瀬戸内に残った村上家は、代々、庄屋として、海事関係も含めて村を差配していたことがわかりました。調査の最終段階で、決め手となる「木浦年代記」の写しを持ってきてくれたのは、村上水軍の末裔の一人である伯方島三島神社の宮司さんでした。そこには、毎年の出来事が編年体で詳しく記録されていました。超一級の資料で、そこから多くのことがわかりました。


ーー村上水軍については、諸説が多い状況かと思います。本を書く上で注意した点はありますか。


色んな人が村上水軍についてのルポや本を書いていますが、あまりに食い違いが多い。食い違いの原因を探るにあたり、裁判官当時うるさく言われてきた「動かぬ証拠を押さえろ」の格言を意識しました。史実の認定は、民事の事実認定と似た作業だと思います。民事裁判の事実認定経験を生かして、事実関係の交通整理ができたように思います。


ーー古文書を読んで研究されたのでしょうか。


これは珍しいことですが、私は、裁判官生活の40年間ずっと民事の法律の改正に関与してきました。法律ををどう変えていくかを考えるときに、「最初にどんな趣旨でできたか」「何を考えてこういう規定にしたのか」を解明しないと正しい法改正になりませんので、江戸時代のものを含む歴史書を読む癖がつきました。それが役に立ちました。

古文書の多くは、郷土史家によって崩し字が解読され、活字化されていますので、それを読むことにより、効率的に読み進めることができました。裁判官時代に、江戸時代の法律制度の研究をしたことが、その理解に役立ちました。


ーー村上水軍は「海賊」といわれることもありますが、どう評価しますか。


今回の本で、「村上水軍が海賊だという多くの記述は、推測を重ねた根拠のないものである」と強く書きました。約1000年前に誕生した村上水軍は、「海賊衆」と言われていました。これは、武家衆とは違い、海の上でレベルの高い仕事をしている人たちのことで、ある意味尊敬の気持ちが込められていました。それが、明治時代以降に入ってきた西欧型の海賊と混同されることとなりました。西欧の海賊は、強盗そのものなのです。その意味合いで、水軍は「海賊が出自」といわれると、大きな誤解になるのです。

村上水軍については、多くの出版物がありますが、その多くは、その出自が海賊であるとしています。その結果、その子供たちが、「お前たちは海賊の子どもだろう」といわれ虐められることにもなるのです。これは大問題ですから、「水軍の出自はいわゆる海賊ではない」と強調するにいたりました。


1000年間活字にならなかった「牽制と連携」

ーー村上水軍の経営の特徴はどこにあったのでしょうか。


村上水軍の末裔の経営者の方々に最初に言われたのが、「自分たちは『牽制と連携』によって運営している」という言葉でした。瀬戸内で嫡流能島村上家の方々が海運業を営んでいる伯方島には、現在も20以上の海運会社があり、それぞれが共存しています。西洋風の考えでは、吸収合併して強者が弱者を配下に入れるのですが、そこでは、そういうことは全く考えていないんです。

西欧の経営方針の下では、企業は、より大きく、より多くの収益を上げるということが目指され、「合併して大きくなり、大きな収益を挙げる存在になり、国際競争に打ち勝つ」というのが経営目標となっていきます。私たちは、この西欧風の経営方針に慣れ親しんでいますが、これとは全く異なる哲学を持って企業経営に当たっている人が現に瀬戸内にいるということに驚きました。その人たちは、必要があるときは、全員が一致して、日本の船主のために働く海運会社を育てるために資金を出すということになるわけで、本当にすごいなと思いました。


ーー「牽制と連携」とはどういうことですか。


日本には創業から長い歴史のあるいわゆる老舗が多いです。100年、150年続いてきた老舗の営業形態を見ると、決して規模が大きいわけでなく、自分の身の丈にあった経営をしています。身の丈の営業でありながら、周りにたくさん関係者を持ち、連携しているから長続きします。これが「連携」です。

業容拡大の際には、暖簾分けという仕組みを使うこともあります。暖簾分けの仕組みは、西欧型経営から見ると、理解できないものだと思います。ノウハウを伝授して、そのノウハウを使って営業することを認めるのですが、フランチャイズフィーを上納させるということがなく、緩やかに繋がって共存するのです。支配するのでなく、連携して業容を大きくしていくことになります。

世界の他の国々では、「連携」の逆をいっています。西欧型の経営によれば、周りを淘汰して、10年、20年で零細企業が世界のトップクラスの企業になることがあります。しかし、競争に敗れると一挙に淘汰されます。そのために企業の継続期間は長くないという現象が起こります。

一方、「牽制」とはどういうことかというと、いい加減なことをしていると「何やっているんだ」と非難を受けます。伯方島では、どの海運会社の社長も外車には乗らず、国産車に乗っています。牽制から「足るを知る」という道徳観が生まれます。お互いに牽制し合い、自らを律し、相手も律して、互いに努力する姿勢を持つ、それが「牽制」です。

牽制と連携という経営哲学は、私が初めて活字にしたものです。今まで、村上水軍の経営哲学が活字として書かれたことはなく、一家相伝の口頭伝承でした。伯方島に行くと、いろんな人が「我々は牽制と連携でやっています」と言いますが、それは、先祖から言い伝えられているものであり、文書に書かれてはいません。書かれたものがないまま、約1000年もの間、その経営哲学が伝承されてきたのは驚異です。今回、それを活字にできたのはよかったと思っています。


中小零細企業の存在に誇りと敬意を

ーー法律家として「牽制と連携」をどう見ていますか。


今回の本は、法律家の方々にも、「牽制と連携」という考え方がどこから出てきたのか関心を持ってほしいと思って書いた側面があります。日本は、国家体制について、三権分立の思想を採用して国家を形成し、憲法にもそのことが明記されています。そして、それはモンテスキュー以来の西欧思想に基づくものと理解されています。しかし、日本には、西欧の三権分立の思想が確立する遙か前から、三権分立の思想と通じる「牽制と連携」という経営哲学が存在していたのです。

江戸時代には、日本には村方三役というものがいました。庄屋とそれを補佐する行政機関たる組頭、監査役にあたる百姓代がいるわけです。この仕組みが江戸時代の地方統治を長く支えてきました。この制度を支える思想は、村上水軍の「牽制と連携」と似通った面があります。江戸幕府が成立したのは1603年で、ヨーロッパでモンテスキューが三権分立の思想を唱えたのは1748年ですから、江戸幕府は、それより100年あまりの早い時期に権力の分散を図っていることになります。その思想の原初形態である村上水軍の「牽制と連携」は、それより遙か前に成立しているのです。


ーー法律家にとって今回の本はどう役立つとお考えでしょうか。


今回の本は、弁護士向けの本というわけではなく、歴史と経営哲学を扱ったものですが、弁護士の方々にも、業務処理の技量を身に付けるだけでなく、日本の法制度の歴史やそれを支える基本哲学に思いを馳せていただきたいと思って執筆したことは確かです。ハウツー本にとどまることなく、このような本にも関心を持っていただきたいと思っています。

私は、裁判官であった当時以来、法律の議論をする場合に、法律の歴史や日本人の先人が築いたことをきちんと理解して議論することも大事だと思い続け、言い続けてきました。なので、この本を通じて、日本はどういう国か、日本にはどういう伝統があるかという点を考えるよすがにしていただけると有り難いです。

企業経営という観点からすると、国際競争力を高めるためには日本の企業の収益力を高める必要があり、そのためには、非効率な日本の中小零細企業を整理統合して、高い収益力を持つ企業構造にしていく必要があると力説されています。淘汰と支配を是とする西欧型経営哲学上はそのとおりと思いますが、それ一辺倒では、日本の良いところが死んでしまいます。日本の津々浦々で牽制と連携を図りつつ、身の丈に合った企業構造で営々と日本の経済を支えている中小零細企業を大事にして、応援しないと、日本の経済の底力は高まらないし、日本の文化も高まらないのではないかという気持ちがあります。

小規模企業が多い日本の企業体質が、日本経済の発展の足を引っ張っているという説がありますが、腹の底から間違いだと思います。「下町ロケット」というテレビドラマ化された作品に見られるとおり、小さな町工場が最先端産業を支える企業構造で日本は進んできました。そのためにも、今回の本は多くの中小・零細企業を支える弁護士の方々にも読んでほしいと思っています。

(写真 園尾隆司弁護士 撮影/弁護士ドットコムタイムズ、2020年10月22日)

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