なぜ検察は「無罪判決」を認めないのか ヤメ検弁護士が弁護士から転身した検事の物語に込めた思い 「ナリ検」著者インタビュー

なぜ検察は「無罪判決」を認めないのか ヤメ検弁護士が弁護士から転身した検事の物語に込めた思い 「ナリ検」著者インタビュー

【本記事は2020年11月9日に公開したものです】検事を辞めて弁護士になった人を「ヤメ検」という。検事であったことを強みに活躍する「ヤメ検」は少なくない。一方で、弁護士から検事に転身したという話はほとんど聞いたことがない。そんな異色の経歴をもつ検事を主人公にした小説「ナリ検 ある次席検事の挑戦」がこのほど日本評論社から発売された。著者は、自身もヤメ検である市川寛弁護士だ。物語はある地方検察庁で、無罪判決に対して検事たちが控訴を主張するなか、主人公だけが異論を唱えるところから展開していく。なぜ検察は無罪判決を受け入れず、有罪判決にこだわるのか。検察が抱える問題点を市川弁護士に聞いた。(インタビュー実施日:2020年10月16日)

検事になろうと考える弁護士がいない

ーー「ナリ検 ある次席検事の挑戦」を上梓されましたが、まずは本の紹介からお願いします。


主人公は、地方検察庁で検事正に次いで2番目の立場にあたる次席検事で、「弁護士から検事」になったという特殊な設定です。検事を辞めて弁護士になった人を「ヤメ検」というのに対し、この作品では弁護士出身の検事を「ナリ検」と呼んでいます。

物語は小さな地方検察庁が担当した事件で無罪判決が出るところから始まります。

無罪判決が出ると検察庁内では通常、「控訴するかどうか」を話し合う「控訴審議」が行われるのですが、ここを主な舞台として物語が進んでいきます。

ーーなぜ弁護士出身の検事を主人公にしたのでしょうか。


数年前から、「無罪判決が出された後に、検察という組織がどのように動くかについて書いてみたい」という漠然としたアイデアがありました。具体的には、無罪判決が出ると次席検事がマスコミに対し、「判決を精査して、上級庁と協議のうえ、適切に対処する」などと、判を押したように言います。私は「もっと別の結末を書きたい」と考えていました。

生え抜きの検事を主人公しようと考えたこともありましたが、生え抜きの検事では考えないような発想を書きたかったので、弁護士から検事になった「ナリ検」を主人公にしました。

ーー実際に弁護士から検事になった人はいるのでしょうか。


法務省に入った人はいるようですが、弁護士から検事になった人はいないと思います。実際にいれば噂になると思いますが、少なくとも私は自分の検事時代にそのような噂を聞いたことがありません。

弁護士が検事になるための採用手続きや選考方法などを示した「弁護士からの検事採用選考要領」がありますが、要領に基づいて検事になった人もまずいないでしょう。

弁護士が検事にならない背景として、検察側と弁護士側の両方に理由があると思います。検察側の理由としては、弁護士は検察とどうしても対立する考え方を身につけているので、検察はまず弁護士を採用しないと思います。

また、弁護士にも「検事になろう」と考える人がいないのだと思います。主に刑事弁護に取り組んでいる弁護士は、よく「検事のあの対応はダメだ」「検察という組織は腐っている」などと検察を非難しますが、検事はそのような弁護士に対して「それならお前が検事になればいいだろう」と思うのです。私も以前、検事をやっていたときに思ったことがあります。

弁護士が検事になりたくない理由として「『決裁制度』があるから」「体育会的な雰囲気が嫌いだから」などがあると思いますが、多くの弁護士が検事にならなければ、組織を変えることはできません。今の検察には、弁護士にとっては不正義である考え方をする検事しかいないからです。

たとえば、弁護士が検事に「勾留請求しないでください」と要求することがありますが、私の検事経験に照らすと、必ずしも十分な意味がありません。でも検事なら実際に被疑者を釈放できるし、不起訴にだってできます。「要求」と「実行」とでは大違いです。

ある意味でこの小説は、「なぜ弁護士は検事になろうとしないのか」「多くの弁護士が検事にならなければ、検察の組織は変わらない」と、弁護士に問いかける内容にもなっていると思います。

多くの弁護士が検事になろうとしているのに、検察側が全く採用しないという状態が続けば、きっと大きな問題になると思います。この作品を読まれた弁護士の中に、検事になろうと考えた人がいないか、ぜひ聞いてみたいですね。

検事たちは捜査に絶対的な自信がある

ーー「控訴審議」は物語の序盤にして目玉になるシーンだと思います。執筆にあたり、こだわった部分はありますか。


「控訴審議」がどのように行われるかは、事件によって千差万別です。ただ、私の経験からだと、無罪判決が出されると検事たちは、裁判官の悪口を言ったり、「公判で何かミスがあったのではないか」と考えたりします。

起訴したこと自体が間違いとしか考えられないような事件でも、よっぽどのことがない限り「起訴が間違いだった」と検事が認めることはないでしょう。

このような検事たちの雰囲気がリアルに伝わるように書きたいと考えました。

ーー作中の控訴審議でも、検事たちの「絶対に控訴する」という姿勢が強調されています。検事が控訴にこだわることには背景があるのでしょうか。


一番大きいのは、検事たちが自分の仕事に自信を持っていることでしょう。検事は、「被疑者や被告人に不利な証拠だけでなく、無罪になる可能性がある証拠も集めて、全ての証拠を虚心坦懐に評価している」という絶対的な自信があり、起訴までの過程として、慎重に捜査しているという自負心があるのです。

だから無罪判決が出ると、起訴に至るまでの捜査が全て否定されたと感じ、「無罪判決という結果になるのはおかしい」と反発するのでしょう。

でも私の感覚としては、検事が本当にきちんとした捜査ばかりをしているかというと、必ずしもそうではないと思います。たとえば、私が検事をしていた当時は、起訴するには乏しい証拠しかなくても、「被疑者の自白があればいい」と考えられていた時代で、その体質は現在も大きく変わっていないと思います。

証拠が乏しいため裁判官が無罪判決を出すのは、健全な判断をしていることになるのですが、捜査に自信があるからこそ、無罪判決に対して怒りを感じるのでしょう。このように、検察には独善的な側面があると思います。

「間違えてはならない」という社会の強い要請

ーーなぜ検察はそこまで捜査に自信を持ち、無罪判決に対して強い拒否感があるのでしょうか。


作中でも間接的に書いたのですが、無罪判決が出ると市民から「なぜ無罪になる事件を起訴したのか」という怒りの声が上がります。間違えてはならないという社会からの要請や、間違いに対する非難が強すぎると思っています。

「間違えてはならない」という市民の求めが強いからこそ、検察も「間違えるわけにはいかない」と考えるようになり、「起訴に間違いはないから、無罪判決はおかしい」と考えるのかもしれません。

この背景には報道の影響も大きいと思います。弁護士は守秘義務を守っているため、マスコミに伝えられる情報が警察や検察よりも少ないので、有罪の方向で報道されがちです。

それなのに無罪判決が出ると、「捜査に問題があった」と手の平を返したように、警察や検察を非難する報道に変わります。事件が起きた当初から「判決が出るまで有罪か無罪かわかりません」というスタンスで報道することが重要だと思います。

「間違えてはならない」と考える風潮を、私は「正解病」と表現しているのですが、これは非常に危ないと考えています。間違いのない起訴を避けようとして被疑者を自白させるために、被疑者の勾留が長期化し、長時間の取り調べが行われるなど、捜査の手続きが過酷になってしまうからです。

過酷な取り調べから解放されたいとばかりにした虚偽自白が、冤罪の原因となるケースは少なくなくありません。検察だけでなく、社会全体が無罪判決に対する見方を考え直す必要があるのかもしれません。

ーー具体的にはどのような見直しが必要でしょうか。


まずは、捜査段階で作成した供述調書を重視する「調書裁判」ではなく、公判での被告人質問や証人尋問を中心とした裁判をもっと進めるべきだと思います。

調書裁判を行っている以上、過酷な取り調べで被疑者を自白させる流れは変わらず、虚偽自白による冤罪もなくならないでしょう。

たとえば、取り調べができる時間の上限を法律で決めてもよいかもしれません。短時間の取り調べで起訴することを決めたら、あとは公判の被告人質問や証人尋問で勝負する。

公判でのやりとりが裁判のメインになる以上、今よりも無罪判決が出るケースは多くなる可能性がありますが。

ーー無罪判決が増えることについて、市民の理解を得るのは難しいかもしれません。


そのハードルはとても高いと思います。少しずつ考え方を変えていくしかないでしょう。

たとえば台湾では、冤罪かどうかを調査する部門が検察庁の内部にも設けられており、刑が確定した死刑囚の無罪を訴え、裁判所に再審査請求したケースもあるようです。

台湾は、「あの事件は冤罪でした」と検察が誤りを積極的に認めることで、むしろ市民から信頼を得られると考えるのだそうです。日本の感覚からすると信じられないかもしれませんが、重要なことだと思います。

日本の検察は法律家でありながら、実態は警察に考え方が近い組織で、悪い犯罪者と戦っているスタンスのように見えるかもしれません。検察は、本来は事件に対して中立的で、警察の捜査をチェック、監督する立場のはずです。

検察は「証拠を厳重にチェックして、事件を厳選した上で起訴しているから、絶対に有罪だ」と反論するかもしれませんが、検察も人間だから絶対にミスは起きるはずです。

「検察だって間違えることがある」という認識が広まることが大切だと思います。

市川寛弁護士プロフィール

1965年神奈川県川崎市生まれ。1993年検事任官。横浜地検や大阪地検、佐賀地検などに勤務し、2005年に辞職。2007年弁護士登録。著書に『検事失格』(毎日新聞社、新潮文庫)がある。

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