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「生活保護裁判は人間らしさを問う攻防」 『判例生活保護』著者の舟木弁護士に聞く

「生活保護裁判は人間らしさを問う攻防」 『判例生活保護』著者の舟木弁護士に聞く

【本記事は2020年10月14日に公開したものです】8月末に出版された「判例生活保護 わかる解説と判決全データ」(山吹書店)は、生活保護分野で初の判例集で、SNSでは、「実務家に必携の一冊」との声も出ている。出版の背景には、生活困窮者を支援する弁護活動の普及により、生活保護をめぐる裁判例が10年あまりの間で、増加したことが背景にあるという。 コロナ禍により失業率が増加傾向にある中、執筆に携わった舟木浩弁護士(京都弁護士会)に、生活保護裁判をめぐる環境の変遷とコロナ禍による影響などについて話を聞いた。舟木弁護士は、「申請が認められない時に、福祉事務所で闘うための武器になれば」と期待を込める(インタビュー日:2020年9月30日)。

──舟木弁護士が20年近く貧困問題に携わる中で、生活保護裁判の当事者への支援はどのように変化しましたか。


かつての生活保護判例の事件名には、「朝日訴訟」(1967年)に代表されるように、個人名が付いていました。それに象徴されるように、昔の生活保護闘争は、気概ある一部の当事者や、それを支えていた弁護士が、お上に楯突くような雰囲気でした。2006年に釧路市で開かれた日弁連人権擁護大会で、弁護士が貧困問題に取り組むことが決議され、変化が訪れました。法律実務家が、生活保護の申請支援を行う「首都圏生活保護支援法律家ネットワーク」など各地の活動が組織化されるようになりました。

私は、司法修習時代から、(現在所属するつくし法律事務所所長の)竹下義樹弁護士の縁で全国生活保護裁判連絡会に参加させてもらい、貧困問題に携わってきました。2002年に弁護士になり、京都弁護士会人権擁護委員会のホームレス部会に携わりました。当時は、日弁連の支援制度もなく、法テラスが設立される前の時代。当事者が、弁護士に頼もうと思っても資金が足らず、弁護士が自ら訴訟費用を工面していました。生活保護裁判を起こすには、今より勇気が必要な時代だったのです。

2006年の人権擁護大会以降は、日弁連も貧困問題に積極的に取り組み始めました。生活保護問題緊急対策委員会が発足し、後に貧困問題対策本部に格上げされました。その中で、弁護士費用を補助する仕組みができるなど、生活困窮者が立ち上がりやすくなりました。これらは、生活困窮者を支援してきた弁護士や研究者が、一歩一歩着実に実績を積み上げてきた成果です。その結果、かつてと比べ、生活困窮者に対する法的な支援を実践する環境が整ったことで訴訟の裾野が広がり、全国的に判例が出るようになりました。

今回の本を出した目的も、積み上がった判例を集約し、これまでの到達点を示して、現場で闘う皆さんに乗り越え方を示すことにあります。

──表紙に「到達点と課題を整理」という謳い文句がありますが、「到達点」という言葉にはどのような意味が込められていますか。


到達点とは、「これまでの生活保護判例で勝ち取ってきて、到達した地点」という意味で用いています。厚生労働省が各自治体に通知している実施要領で示す生活保護が受けられる要件と、裁判例で示された要件は異なります。福祉事務所においても、必ずしも全ての職員が、生活保護の運用を理解しているわけではありません。生活保護に対するバッシングにより、権利としての生活保護が認められにくい雰囲気の中、いまだに申請窓口で追い返される事例が起きています。窓口で申請が却下されたときに、本書の到達点を知ることは、担当者に言い返せる武器となるでしょう。

──コロナ禍の中で、雇用情勢が悪化しています。生活保護申請には、どのような影響がありますか。


失業率が増えると、現役で働くことができる稼働年齢層の生活保護申請が増えることが予想されます。リーマンショック後には、いわゆる派遣切りにあった労働者などにより組織された「年越し派遣村」ができましたが、同じような状況が今後また訪れるかもしれません。

稼働年齢層の生活保護が認められるようになると、自動車保有の問題が出てきます。つまり、自動車を保有している場合は、申請を認める前に自動車の処分が求められる場合があります。しかし、厚生労働省通知では、概ね6か月以内、最長で1年までの短期間の生活保護を受けるだけで自立が可能な場合には、自動車の処分を求めるのではなく、自動車の処分を保留する運用になっています。

また、地方では、バスの本数が少ないといった、公共交通機関のインフラ整備が不十分な地域もあります。そのような地域では、自動車を処分する前提では、健康で文化的な最低限度の生活を送れない地域もあります。生活保護受給者の自動車保有は、現時点の到達点としては認められていませんが、自動車の普及率が8割近くに達する中で、今後保有を認める判断が出される蓋然性が高いし、勝ち取らなければならない分野だと感じています。

もう一つ、稼働年齢層が生活保護を受ける場合に、問題となるのは稼働能力の活用です。本人が就職活動をどんなに頑張っても、職を見つけることができない状況の中でさえ、福祉事務所が申請を却下するケースがあります。窓口の職員が、申請者の職業選択権を無視して「どこでも良いから働け」と言うような対応が普通に行われています。対して、裁判例では、稼働能力活用の意思があっても活用の場がない場合には、稼働能力活用要件を満たすと判示されているので、その到達点を後退させないことが大切です。

訴訟は時間がかかるので、コロナの影響が裁判例に影響するのは数年先のことになるでしょう。数年後まで、生活困窮者に待ってもらうのは酷なので、訴訟に持ち込まないよう、審査請求などの早い段階で、申請を認めてもらう必要があります。

──これからの裁判例に期待している分野はありますか。


保護費の返還(法63条)と不正受給(法78条)に関する裁判の到達点については、一進一退の状況であり、今後の裁判例の集積に期待したい分野です。

福祉事務所の計算ミスにより、誤って保護費を過払いした事例で、保護者に全額返還を請求したことの是非を争う裁判で、全額返還を否定する裁判例が示されています。保護費の返還は、生活保護費の中から天引きされる形で請求されます。最低限度の生活を保障する保護費の中から、天引きすることについては、期間や金額を考慮して検討されなければなりません。多くの福祉事務所が、何年も続く減額の過酷さについて、イメージを持っていないのが実情です。実務家は「過酷な事態を起こしてはならない」と意識することが大切です。

不正受給については、2014年の生活保護法改正で、自治体が不正受給分の4割を上乗せして請求できる制度が盛り込まれました。しかし、不正受給とみなされたケースの中には、子どものバイト代を収入として申告するのを忘れたケースなど、必ずしも悪質とは言えない例もあります。世帯全員の収入を申告しなければならない制度の周知が図られていたか、申告すれば各種の控除によって手元に残るお金が増えることも周知されていたかなど、個別事例に応じた実態を裁判所に訴えた上で、悪質ではないことを立証する必要があります。

──舟木弁護士は、日頃どのような思いで依頼者を手助けしていますか。


生活保護の裁判は、憲法25条の内容を具体化したものなので、「人間らしい生活とは何か」を問う攻防です。その基準が後退することは、日本におけるすべての人間の尊厳そのものの後退に繋がるという危機意識を持って闘っています。人間らしい生活を貶めるというのは、ある時に自分が思いがけず生活に窮した時の生活まで貶められ、その事態を許容しなければならないということを意味します。これまで勝ち取ってきた到達点を後退させることなく、より良いものとなるよう闘いを続けたいと思います。

※写真提供:舟木浩弁護士

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