4時間→3秒 法律家を「作業」から解放 BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 渡邊弘弁護士
「BUSINESS LAWYERS AWARD 2025」全受賞者インタビュー。起業部門の渡邊弘弁護士(西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)に聞く。 【受賞理由】 大手法律事務所でのM&A実務の経験から、法務文書作成の非効率性に着目し、自らの課題意識を基にリーガルテック企業BoostDraftを2021年に共同創業した。開発したサービスは、表記揺れや参照条文の確認といった反復作業を自動化し、法務実務のDXを推進。五大法律事務所の全てに導入されるなど、日本のリーガル最前線を支えるインフラとなっており、さらなる発展が期待される。 【プロフィール】 わたなべ・ひろし 早稲田大学法学部卒、同法科大学院修了。弁護士登録後、ファイナンス、M&Aや国際取引案件を担当し、スタンフォード大学でLL.M.とMBAを取得。エンジニアとの対話でリーガルテックの可能性を探り、株式会社BoostDraftを共同創業。CROとして法務実務のDX推進と生産性向上に取り組む。
夢の実現には「偶然」をつかみにいけ
「及び」「並びに」を検索したり、新旧対照表を確認したり…100ページ以上の文書内で延々とクリックやスクロールを繰り返す作業。これは非効率ではないのか、弁護士になりたての渡邊弘氏は疑問を感じた。違う事務所の複数の同期にも聞いて回ると、同じ意見であった。
もともとテクノロジーへの関心が高く、この課題への解決法を見つけたいと、2020年に留学した米国で、エンジニアの藤井陽平氏と出会い、事は進んだ。プログラミングの世界では、コーディングエディタで作業は自動化している。法律家向けのエディタを作ればいい。BoostDraftの原型が見えた。
「彼はマサチューセッツ工科大(MIT)、私はスタンフォード大と距離は離れていましたが、奨学金の団体が一緒だった。そこは幅広いジャンルについて社会変革をもたらす人材を選ぶ団体で、交流がありました。ほどなくして新型コロナが流行し、学校は閉鎖に。リモートが当たり前となり、学業以外に時間を使えた。多くの偶然が重なり、短期間で共同創業するにいたりました」
しかも、法律文書の体裁直し作業が非効率なのは世界共通だった。30カ国ほどから集まるスタンフォード大の同級生に聞き取りし、同じ悩みを抱えていることが分かった。渡邊氏の強い思いから出来上がった日本発のBoostDraftは今、英米韓、シンガポールと、全世界に展開を続けている。
愚痴で終わるのか、製品化まで実現するのか。そこには大きな差がある。渡邊氏は「好機を逃さないためには、運や巡り合わせが不可欠ですが、その偶然をつかみにいくチャレンジを続けることが大事だと思います」と話す。
学習も、発信も、「毎日」が肝心
渡邊氏は、チャレンジを怠らない。留学前から「非効率な法務実務の解決」を形にすることを見据え、逆算して動いていた。また人とは違うことをしたいという思いもあった。LL.M.だけでなくMBAを取ることも、英語の習得も、留学中に書いていたTwitter(現X)も、人前での話し方の鍛錬も。マネジメント力や発信力、マーケティングなどビジネスにおける大事な要素とつながっている。特筆すべきは、日課にするということだ。「歯磨きは毎日しないと気持ち悪い。それと同じような感覚になるまで、習慣づけます」
原点には、過去の悔しさがある。大学時代の海外旅行で全員がネイティブ並みの英語を使いこなす中、一人だけ仲間に入れなかったこと。毎日の学習を続けるとともに、弁護士になってからは率先して国際案件を担当し、海外の相手とも電話で話すように努めた。人前で話すことはコミュニケーションのコーチもつけて毎日録画したり、鏡を見たりしながら練習した。
その結果、スタンフォード大でのプレゼンで、英語を母語としない者では異例の優秀な成績を収めた。今では厳しい交渉を含めどんな場面にも対応できる自信がある。「アウトプットの仕方次第で、伝わり方は大きく変わります。Twitterも140字に納めることで不正確な情報や誤解を招くような表現がないかなどをチェックし、読み手に伝わるように工夫する訓練でもありました」と話す。
学びを糧に、他者への恩返ししたい
BoostDraftで、4時間かかっていた作業は3秒でできるようになった。ほんの10年前までは当たり前だった文書の体裁直しの作業が、過去の業務になったとユーザーから言ってもらえたことが最も嬉しかったという。「弁護士の皆さんが、注力すべき業務に頭を使える時間をつくれたと思っています」
留学をサポートしてくれた事務所、先輩や同僚、出身地の岐阜県で養蜂業と法律事務所の経営者としての背中を見せてくれた弁護士の父親、企業法務の道を教えてくれたロースクールの同級生ー。周囲の人に支えてもらってきた自分が、今度は誰かのためになりたい。留学の出願で出したエッセイには「他者に恩返しがしたい」と書いた。
広く使ってもらえるサービスには「圧倒的な利便性が必要だ」と考えて生み出したBoostDraftは、Microsoft Wordのプラグインとして動作し、基本的にオフラインでも使える。セキュリティ面を担保し、大手事務所をはじめ多くの法務パーソンを支えている。法曹界に大きな貢献をしているといえるのではないか。
目下、会社の業績は右肩上がりだが、今後、渡邊氏は弁護士として、もともと担当していたファイナンスの実務経験に加え、米国で学んだ成果や築いた人脈、起業経験など、これまでの知見を結集して、日本のスタートアップ支援に注力したいという。世界に打って出るチャレンジングな日本発の企業を多方面から支える構えだ。渡邊氏の恩返しは、続く。