企業法務の「基本レシピ」公開 悩める読者救う BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 幅野直人弁護士
「BUSINESS LAWYERS AWARD 2025」全受賞者インタビュー。情報発信部門の幅野直人弁護士(かなめ総合法律事務所)に聞く。 【受賞理由】 弁護士5年目で企業法務に転身した苦労を原動力に、「過去の自分のような人の役に立ちたい」との想いで情報発信を続けるとともに、入門者向けに企画・執筆した『企業法務1年目の教科書』(中央経済社)は、法務担当者が選ぶ書籍ランキングで1位を獲得するなど絶大な支持を得た。専門性の高い情報だけでなく、実務の土台となる知識の共有を実践し、日本の企業法務全体の底上げに貢献している。 【プロフィール】 はばの・なおと 中央大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了、フォーダム大学ロースクール(LL.M.)修了。一般企業法務(ジェネラル・コーポレート)を中心に、M&A、ファイナンスなどの案件を幅広く取り扱う。近年は特に企業間紛争の取扱いが多い。著作や講演等を通じた実務ノウハウの発信にも力を入れている。
自ら売り込んだ「教科書」が大ヒット
書きたいという衝動を抑えられず、出版予定もないのに12万字書いた。出版社の問い合わせフォームから企画書を送った。『企業法務1年目の教科書』シリーズは、幅野直人氏の「企業法務初心者には指南書が必要だ」という熱い思いから出来上がり、法律書としては空前の大ヒットを飛ばしている。
「出版は過去の自分を救うことでもありました」。企業法務をやりたいとの夢を実現すべく、弁護士5年目で隼あすか法律事務所に移籍。すぐにメーカーの法務部門に出向した。新人扱いはされない中で、業務の「基礎の基礎」について解説された本がなく苦労した。その後、似た境遇にある後輩も同じように苦労しているのを見て、まずは契約書レビューの基本の「型」について整理して書き始めた。友人や知人のつてを頼らず、自分の信頼できる出版社に売り込もうと中央経済社に企画書を送ると、トントン拍子で出版が決まった。『契約書作成・レビューの実務』は2024年2月の発売当初からAmazon等の法律書売上ランキングで上位となり、すでに第15刷となっている。
2025年3月には2冊目となる『法律相談・ジェネコ対応の手引』を出版。いずれも、料理にたとえれば、基本のレシピのようなものだといい、「できる人にとっては当たり前のことしか書いていない。でも、そこに需要があったんですよね」と語る。法務担当者の「ルールブック」として、企業内の研修にも使われている。
つまずいた人を見捨てられない
司法試験に合格したのは2012年。大手事務所で企業法務を扱うことを夢見ていた幅野氏の前に就職難の壁が立ちはだかる。ロースクール時代の同級生たちの進路が早々に決まっていく中、50近くの法律事務所や企業から落とされた。「その時は挫折感もありました。でも、今はこうして企業法務に携われています。後輩たちには、就活が思うようにいかなくてもその後の行動次第で何とかなる、と伝えたいです」
ベリーベスト法律事務所に入所し、交通事故などの一般民事案件を扱う弁護士人生が始まった。入所時の所属弁護士は50名ほどだったが、事務所は瞬く間に成長した。3年目には、東日本エリアマネージャーに就任。「事務所が急成長する中、マネージャーとして、『組織を育てる』ことも経験させてもらいました」
在籍した4年半の中で、印象的な出来事があった。ある後輩は人と話すのが苦手で、自分で案件を受任することがほとんどできなかった。そこで、法律相談における対応の流れやポイントを書面にまとめた。後輩は、その書面に書かれた内容を忠実に守り、自分で受任できるようになった。
物事には「型」がある。見よう見まねでできる人もいるが、そうでない人もいる。それは企業法務も同じ。「やり方がわからなくて、うまくできないまま切り捨てられる。それって悲しいじゃないですか」。つまずいた人を目の当たりにすると、どうやったらできるようになるか考えてしまうのだという。「昔からそういう気質なんですよね」と幅野氏は笑うが、その気質こそが企業法務におけるベストセラーを生んだ。母校の中央大学で兼任講師として教壇に立ち、後進の育成にも力を入れている。
有益な発信にはインプットが不可欠
『企業法務1年目の教科書』シリーズは、法律書なのに読みやすい。そのわけは、読者のことを想像して100回以上読み返し、ブラッシュアップしているからだ。分かりやすさを追求すべく、一度執筆した後の編集・リライト作業に多くの時間を割いているという。きちんと業務に落とし込めるよう、抽象論に終わらず、具体例やケーススタディも盛り込む。「自分が今悩んでいることの多くは、他の誰かにとっては既に解決済みのことのはず。自分が過去に悩んだことについて解決法を発信すれば、後の人たちが同じように悩まなくて済む」
実務では、目の前のクライアントの力になれることにやりがいを感じる。一方で、本を出版したことで、自分の情報発信が、顔の見えない多数の人の力になれることを知った。より有益な情報をアウトプットできるよう、インプットも欠かさない。セミナーの質疑やアンケートで需要を掘り起こし、Twitter(現X)でも「弁護士ハバノ」として、未知の人たちと繋がり、発信のみならず、情報の収集を行う。
「情報を発信すればするほど、むしろ情報が集まってくる。多くの人に知ってもらったことで情報を発信しやすくなりましたが、より有益な発信ができるよう勉強を続けていきます」。企業法務担当者にとっての“先生”は、誰も取り残さない。