夫の遺志継ぎ40歳で司法試験合格 自死遺族支援に取り組む弁護士の足跡
【本記事は2020年10月8日に公開したものです】広島県で「はつかいち法律事務所」を開く佃祐世弁護士は、4人の子どもを育てながら30代で法科大学院に合格し、40歳で司法試験に合格した。弁護士になってからは裁判官だった夫が自死した経験をもとに、自死遺族支援弁護団に所属。全国で自死予防や自死遺族支援の活動を行っている。佃弁護士に弁護士が自死予防や遺族支援に取り組む意義などを聞いた。(2020年9月29日インタビュー実施)
子ども4人育てながら40歳で弁護士に
ーー弁護士を目指したきっかけはなんですか。
裁判官だった夫が、自ら命を断ったのですが、生前、私に「司法試験を受けてみないか?」と言っていました。
夫には脳腫瘍があったのですが、「裁判官の仕事を続けるのが難しくなる」と悩んでいたのだと思います。自分ができなくなることを、私に委ねたかったのかもしれません。
夫の死後、「司法試験を受けてみないか?」という言葉を思い出し、遺志を継ごうと考えました。そこで、法科大学院を受験し司法試験を受けることにしました。
ーー法科大学院の受験や、入学してからの生活について聞かせてください。
法科大学院を受験したときは30代でした。大学は法学部だったのですが、当時の知識はほとんど忘れていたので、受験に向けてひたすら問題集を解きました。
当時は4人目の子どもが生まれたばかりで、授乳しながら勉強することもありました。受験はとても大変でしたが、勉強しているときは気持ちが落ち着いていたという状況でもありました。
法科大学院には、3年間の法学未修者コースではなく、2年間の法学既修者コース(2年コース)で入学することができました。既習だと期間が1年短縮されるため、学費の面では助かったのですが、すでに1年間勉強していた学生と一緒に学ぶので、ついていくのが大変でした。
法科大学院には大学を卒業したばかりの学生が多く、社会人で入学した人はわずかでした。私もクラスで一番年上でしたが、わからないことがあったら周りの学生が優しく教えてくれました。
ーー司法試験はスムーズに合格できたのでしょうか。
3回目で合格できました。1回目は「受からないだろう」と思っていたのですが、2回目はそれなりに自信があったので、落ちたときはとてもショックでした。
3回目は「これを落ちたら終わり」という追い詰められた気持ちで受験しました。今思えば綱渡りのような状況でした。3回目の合格発表は怖くてなかなか見れず、ママ友に合格を教えてもらいました(笑)。
同じ立場だからこそ共感してできる支援がある
ーー弁護士になったら自死予防や自死遺族支援に取り組もうと考えていたのですか?
合格した当初は考えていませんでした。
そもそも、夫が自ら命を絶ったことは、親族には話していましたが、ショックを受けると思い、子どもたちには伝えていませんでした。周囲にもそうでした。
裁判官の夫を亡くした40歳の専業主婦が司法試験に合格したということで、新聞などの取材を受ける機会もありましたが、夫は病気が原因で亡くなったと伝えていました。
出版社から「本を出さないか?」という話もありましたが、承諾すると夫の自死を隠すことができないので、最初は断っていました。
こうしたことから、どちらかというと自死予防や自死遺族支援の取り組みを避けていました。
ーーそうした心境が変わった原因は何だったのでしょうか
母子家庭の母親から相談を受けると、父親のいない大変さを私も理解できるので、相談者に共感できるところが多くありました。相談者から「理解してくれるのはあなたくらいです」と言われることもありました。
そうした経験から、自死遺族に対しても、「同じ立場だからこそできることがあるのではないか」と考えるようになりました。
自分が自死遺族であることをオープンにして、自死予防や自死遺族の支援に取り組もうと思いました。本の出版に承諾し、子どもたちにも父親が自死したことを話して、取り組みを始めました。
ーー自死遺族支援弁護団ではどのような活動をしていますか。
メールや電話を通じて、自死遺族から無料で法律相談を受けています。相談を受け、受任が必要な内容であれば受任し、訴訟などの法的手段で対応することもあります。
自死遺族が関わる法律問題として多いのは、たとえば、賃貸住宅で自死すると、「事故物件」として不動産の価値が低下してしまうので、低下分を損害として、遺族が賠償を請求されるというものです。
線路に飛び込んで自死されたため、遺族が鉄道会社から、代替輸送費などを損害賠償として、請求されるケースも多いです。
一方で、職場での過労やパワハラなどが原因で自死した場合は、労災申請や会社に対する損害賠償請求などをするし、学校でのいじめなどを原因に自死した場合は、学校や加害者に対して、遺族が請求することになります。
弁護団では、このような法律問題に対し、相談を受けたり、受任して訴訟などに対応したりしています。
弁護士は自死予防や遺族支援に大きな力
ーー弁護士が自死予防や遺族支援に取り組む意義はなんですか。
自死しようと悩んでいる人や自死遺族は、債務問題や労働問題など、弁護士が関わるべき様々な法律問題に巻き込まれているケースが多いです。
弁護士が関与することで、法的な解決策を示すことができます。
また、問題の当事者は、どうしても感情的になってしまいやすく、さらに問題を混乱させてしまう可能性があります。弁護士が介入することで、問題を客観的に整理できます。
悩んでいる人の自死を回避したり、遺族を支援したりするために、弁護士は大きな力を持っていると思います。
ーー自死予防や遺族支援に取り組む弁護士がいることは、社会に認識されているのでしょうか。
徐々に認識が広まりつつある段階だと思います。
自死の原因になり得る問題に対して、弁護士を活用してもらうために、広島では、無料で弁護士を派遣する事業などに取り組んでいます。
また、自死予防に携わる支援者などと連携することも重要です。連携できれば、弁護士や支援者は、スムーズに支援できるようになるし、それが死にたいと悩んでいる人を多方面から支援することにつながり、その結果自死をくい止めることができると思っています。
たとえば、私は地域の保健師と連携することがありますが、医師や臨床心理士など、支援者のネットワークをもっと広げていくことが大切だと考えています。
悩みを抱える人の相談に積極的に応じたり、様々な支援者との関わりを深めたりすることで、信頼関係を構築し、「自死予防や遺族支援に弁護士が尽力できる」という認識を、どんどん広めていきたいです。
相談対応は弁護団や相談機関にフォローを求めて
ーー自死予防や遺族支援に取り組みたいと考えている弁護士へのアドバイスもお願いします。たとえば、相談者から「死にたい」と言われた場合、どのように対応すればよいでしょうか。
なぜ死にたいと考えているのかよく聞いて、適切に対応してほしいと思います。
相談者は感情的になっているので、どのように対応すればよいのか戸惑うかもしれません。対応に困った場合は、すぐに先輩の弁護士に相談してもよいでしょう。
私のところにも、知らない弁護士から突然電話がくることがあります。自死予防や遺族支援に取り組む弁護士や弁護団に助けを求めてもよいと思います。
また、地域に自死予防に携わる相談機関があると思うので、連絡してフォローを求め、一緒に相談者を支援することも重要です。
一人で抱え込もうとすると自分まで辛くなるかもしれないので、周りの弁護士や相談機関など、頼れる人にはどんどん助けを求めてよいと思います。
ーー自死遺族から相談を受けた場合の注意点はありますか。
自死遺族が損害賠償を請求されるなど、訴訟に発展した場合、通常の事案よりも論点が複雑になるケースが多く、一人で対応するのが大変な場合があります。たとえば、賃貸住宅で自死された場合、不動産のオーナーから、通常では考えにくいような高額な損害賠償を請求されることがあります。
交通事故などであれば、いわゆる「赤い本」といった資料を使えば、慰謝料などをある程度、機械的に計算することができるでしょう。一方、自死による不動産の価値の低下に対する請求は、「自死した人がいるので気持ち悪い」という感情が関わってきます。
感情的な面から「不動産の価値が低下した」と考えると、請求額の計算方法が曖昧になり、非常に高額になることがあるのです。
私が関わった事案では、ビルのエントランスで亡くなったため、ビル全体の価値が低下したとして、オーナーから1500万円を請求された経験があります。
自死による損害をどのように捉えるかは、オーナーによって様々な考え方があります。オーナー側の依頼を受けた弁護士も、どのような根拠で請求すればよいのか、悩むケースがあるようです。
不当に高額な請求を受け入れることはできないので、判例なども確認しながら、慎重に判断しなければなりません。
ーー遺族が自死の原因となった人や会社などに損害賠償請求するケースはどうでしょうか。
遺族による損害賠償請求が難しいケースもあります。たとえば、パワハラ被害を受けてうつ病を発症し、自死したようなケースです。
長時間の残業によりうつ病を発症したケースだと、タイムカードなどから長時間残業を証明できれば、うつ病発症の証拠として主張できると思います。一方で、パワハラの場合は、録音などの証拠や証人がいなければ、パワハラを立証することが難しくなる可能性があります。
私も自死遺族に関する事件に対しては、その多くを弁護団に所属する先生と共同受任し、証拠収集の段階から知恵を振り絞って対応しています。
ーー最後に、自死予防や遺族支援に取り組む弁護士として目指していることを聞かせてください。
「自死は気持ち悪い」という偏見があるからこそ、賃貸住宅で自死した場合に遺族はオーナーから高額な損害賠償請求されることがあります。
今も、全国各地で自死予防や自死遺族支援の講演活動をしていますが、「自死は追い込まれた末の死」であり、気持ち悪いものではないと理解してもらうように頑張っていきたいと思っています。
※写真提供:佃祐世弁護士
佃祐世弁護士プロフィール
1972年生まれ。九州大学法学部、広島大学法科大学院卒。2013年に弁護士登録し、広島弁護士会所属。下中奈美法律事務所を経て、2016年2月に「はつかいち法律事務所」として独立。自死遺族支援弁護団に所属し、全国各地で自死防止や自死遺族支援活動に取り組む。著書に「約束の向こうに」(講談社)がある。