弁護士と「若旦那」の二足のわらじ 地元山梨で旅館の再生を目指す弁護士の挑戦

弁護士と「若旦那」の二足のわらじ 地元山梨で旅館の再生を目指す弁護士の挑戦

【本記事は2020年9月30日に公開したものです】新型コロナウイルスの感染拡大を受け、多くのホテルや旅館が廃業・閉館に追い込まれている。こうした状況の中、都内で企業法務などに携わる山田安人弁護士は、2020年8月に地元山梨の旅館「柳屋」の「若旦那」に就任。苦境に立たされた旅館の再生に取り組んでいる。慎重さとスピード感を重視する弁護士としての姿勢が、若旦那の業務に活かされている一方、実際に旅館経営に携わることとで、「弁護士として、より顧客目線で(相談者や依頼者に)接することができるようになった」という。若旦那に就任した経緯や、業務の内容、弁護士業務への影響などを、山田弁護士に聞いた。(2020年9月8日インタビュー実施)

「山梨のためになることをしたい」

ーー旅館の若旦那に就任された経緯を教えてください


私がお手伝いをしている柳屋という旅館は、4年ほど前に一度倒産しかけ、今の運営会社が経営を引継ぎました。その会社の社長が父の知り合いということもあり、経営を引き継いだ後、契約関係など法律に関する問題について相談を受けたり、プライベートで泊まったりしていました。

新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、経営状況を心配していましたが、やはりかなり厳しい状況でした。3月から4月は完全に休業しており、融資制度なども利用しましたが、現在も経営は厳しい状況が続いています。

柳屋は今の運営会社が引き継いでから2年半ほどで黒字転換していました。黒字転換した方法が、中国人の団体観光客などを受け入れるといったインバウンド需要と、コストカットによるものでした。新型コロナウイルスで海外からの観光客が来られなくなった上、コストカットも既に実施していたので、危機に対して打つ手がない状況でした。

私自身、山梨県で生まれ育ち、中学卒業まで過ごしていました。高校進学と同時に上京し、東京にいる年数の方が長くなりましたが、「故郷は山梨県」という思いが強く、「山梨のためになることをしたい」とずっと考えていました。

「柳屋を手伝いたい」という気持ちも以前から持っていたのですが、弁護士以外の他の事業に携わったことがなかったので、なかなか言い出せませんでした。新型コロナウイルスの影響で危機的な状況になったことを知ったタイミングで、「柳屋を助けたい、山梨を盛り上げたい」という強い気持ちを伝え、「若旦那」として手伝うことになりました。

ーーなぜ「若旦那」という肩書きになったのですか


「役員になるか?」という話もあったのですが、「せっかくなら親しみやすい肩書がいい」と考えていました。「支配人」や「専務」などのアイデアもありましたが、「若女将」のイメージで「若旦那」という名前をオーナーが考えてくれました。

「旅館の若旦那」は聞いたことがありませんでしたが、親しみやすい印象があるので、従業員や宿泊客と接するときのハードルが下がると思いました。

コミュニケーションの難しさにやりがい

ーー若旦那としてどんなことをしていますか


集客のための様々なアイデアを提案しています。まず短期的には、とにかく柳屋を知っていただいたり、実際に来ていただく企画を考えています。長期的には、宿泊してくださった方に柳屋のファンになってもらい、リピーターになっていただけるようにしたいと考えています。

提案したアイデアとしては、柳屋は中庭が綺麗な日本庭園になっているのですが、新型コロナウイルスの感染拡大で宿泊がストップしてからは、遊ばせている状況でした。それではもったいないので、野点傘(のだてがさ)を置くなどして、ロケーション撮影などのスポットとして利用できるようにするといった取り組みを始めています。

また、露天風呂を修繕する必要があったのですが、費用の捻出が難しくなりました。資金調達と集客を同時に実現する方法はないかと考え、クラウドファンディングを利用することを考えています。

これらの企画を考えるとき、これまでの人脈を活用して、多くの方に手伝ってもらいました。中庭を活用するアイデアも、カメラマンの方に広報用の写真を撮ってもらったり、どのポータルサイトで紹介すればよいかなどについて、クリエイターにアドバイスをもらったりしています。

私自身がまだ旅館経営や観光に詳しいわけではないので、専門家に意見を聞き、報告できる形にまとめ、柳屋に提案する流れで進めています。

感覚的には、徐々に客足が戻りつつあると感じていますが、「Go To トラベル」や自粛疲れといった外的な要因によるものと考えています。

ーー弁護士と若旦那、どうやって両立してますか


平日は都内で弁護士として働き、週末は月3回ほど柳屋に行っています。平日でも仕事の予定を調整し、日帰りで行く場合があります。また、平日の夜にWeb会議でミーティングをして、企画を固めることもあります。

あまり休みはありませんが、どの仕事も好きでやっているので、キツいと感じることはありません。

ただ、柳屋に行けるのが基本的に週末なので、従業員とコミュニケーションを取るのが難しいと感じています。また、SNSなどで私に連絡してくださった方でも、平日に宿泊された場合は、直接おもてなしができないこともあり、残念に感じています。

弁護士を辞めて柳屋での仕事に集中したり、山梨で弁護士をしたりすれば、今よりもうまくできるかもしれません。でも、東京で弁護士をしながら山梨の旅館を手伝うことに、難しさだけでなく、やりがいもすごく感じています。今後は、従業員ひとりひとりと話ができる時間をできるだけ作りたいと思っています。

弁護士資格への信頼の高さを実感

ーー弁護士としての経験が若旦那としての業務に活かされていると感じる部分はありますか


アイデアを思いついても、ニーズなどを丁寧に調べ、慎重に進める点は、弁護士としての経験が活かされていると思います。

弁護士も、初めてやるような仕事であれば、必ず本で調べていると思います。また実務では、実際にやっている人でなければわからないことが少なくないので、詳しい弁護士に聞くこともあるでしょう。

それと同じように、自分が「ニーズがある」「話題になる」と思ったアイデアでも、実行しても本当に勝算があるかどうかはわかりません。

誰も思いついていないアイデアなんてほとんどないと思っているし、現在誰もやっていないアイデアが浮かんだとしても、きっと危険な落とし穴があると考えています。

裁判に向けて学説や判例を調べたり、経験豊富な先輩弁護士にアドバイスを求めたりするように、自分の仮説が正しいのか、アンケートをしたり専門家に意見を聞いたりするなどして、徹底的に調べるようにしています。

慎重に進めるとともに、スピーディに対応することも大事にしています。

弁護士としては、企業法務分野を中心に取り組んでいます。スピード感を重視する経営者からは、タイムリーな対応を求められます。クオリティを保った上で早く対応することを、弁護士を始めてからずっと心がけています。

柳屋を手伝うときも同様に、情報収集や打ち合わせをできる限り早く行いアイデアを提案することを大事にしています。

また、弁護士としての経験が活かされている場面だけでなく、「弁護士の資格が社会的に信用されている」と実感する場面も少なくありません。

旅館経営の経験がなくても、アイデアを提案したり、手伝いをお願いしたりすると、「弁護士ってこういうこともするんですね」と、まずは話を聞いてもらえます。弁護士として論理的に説明する技術が活かされている部分もあると思いますが、弁護士という資格が相手からの信頼を得やすいのかもしれません。

私は「弁護士は弁護士の枠だけに収まる必要はない」と考えていました。弁護士資格を活かすことで、新たな事業にどんどんチャレンジできると改めて感じました。

ーー逆に、若旦那を始めてから、弁護士業務によい影響を与えていると感じる部分はありますか


代表取締役のような重い責任のあるポジションではありませんが、柳屋の厳しい状況を理解した上で手伝っているので、プレッシャーを感じる場面も多く、不安を感じることも少なくありませんでした。

弁護士としてやりとりをしている企業の経営者などに対し、「このような重責を感じているのか」と、より顧客目線で接することができるようになったと感じています。

また、人とのつながりが圧倒的に増えた点も、弁護士業務によい影響を与えていると思います。今は助けを求める場面の方が多いのですが、「地方の再生に取り組みたい」と考えている方は多く、たくさんの方が手を差し伸べてくれています。

このように人とのつながりが増えると、法律に関する相談や、「依頼できないか」という話を受けることもあります。

相談件数や受任件数を増やすために、営業に力を入れても、すぐに結果を出すのは難しいですが、柳屋の若旦那としての人とのつながりが、弁護士として相談を受けることにつながっているのに驚いています。

弁護士と相談者・依頼者という関係ではなく、「柳屋を通じて一緒に仕事をする仲間」という濃い関係を築くことで、より相談しやすいのかもしれません。

※写真提供:山田安人弁護士、撮影:磯田和宏氏

山田安人弁護士プロフィール

2006年3月法政大学第一高等学校卒業後、2010年3月法政大学法律学部法律学科を卒業。2012年3月慶應義塾大学法科大学院卒業後、同年11月司法研修所入所、2013年12月弁護士登録(第一東京弁護士会)。外資系法律事務所勤務などを経て、2017年8月ヴァスコ・ダ・ガマ法律会計事務所に入所している。主な業務領域は、会社法務のほか、エンターテインメント法務やスポーツ法務など。

  • 記事URLをコピーしました

弁護士向け

限定コンテンツのご案内

弁護士ドットコムでは、会員弁護士のみがアクセス可能なマイページサービスページをご用意しています。

本サイト内で公開されている記事以外にも、マイページ限定のコンテンツや、法曹関係者向けにセレクションした共同通信社の記事など、無料で登録・閲覧できる記事を日々更新しております。また、実務や法曹関係の話題、弁護士同士が匿名で情報交換できる無料の掲示板サービス「コミュニティ」も好評です。情報のキャッチアップや、息抜きなどにご活用ください。ご興味がございましたら、下記から是非ご登録ください。