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「弁賠事例集」編集弁護士に聞く 弁護過誤事例の傾向と対策

「弁賠事例集」編集弁護士に聞く 弁護過誤事例の傾向と対策

【本記事は2020年9月25日に公開したものです】法令の解釈誤りや、書類提出漏れなどの弁護過誤が後を絶たない。全国弁護士協同組合連合会(全弁協)が今年1月に刊行した「弁護士賠償責任保険の解説と事例(弁賠事例集)(第6集)」によると、2018年に新たに受け付けた保険事故は179件に上る。弁護士の約200人に1人が保険請求している計算になる。保険事故に繋がる弁護過誤を防ぐには、どのような対策が必要か。弁賠事例集の編集に20年以上携わる平沼直人弁護士と、今回の事例集の編集に携わった上原裕紀弁護士に、最新の事例に基づいた留意点を聞いた(インタビュー:2020年9月15日)。

──弁護過誤事例の最近の傾向はありますか。

平沼弁護士:2000年に刊行された第2集から、弁賠事例集の編集に携わっています。長期的にみると、基本的に保険事故につながる弁護過誤事例の傾向は変わっていません。期間徒過や法令解釈の誤りに起因しているケースがほとんどです。新しい傾向としては、離婚時の年金分割請求の期間徒過事例や、破産申立代理人の財産散逸防止義務違反が挙げられます。

上原弁護士:離婚時年金分割は、2007年から始まった新しい制度です。弁護士が制度改正を認識していなかったり、新しい制度の内容を知らなかったりするところに落とし穴があります。

──離婚時の年金分割請求の期間徒過事例として、具体的にどんな事例がありますか。

上原弁護士:今回の事例集では、公務員である夫に対する妻の年金分割請求において、厚生年金のみ請求していて、共済年金の請求を失念する事例が掲載されています。2015年の被用者年金一元化により、現在は共済年金の分割請求が漏れる事例は生じません。とはいえ、制度の理解が不十分であるために生じる事例もあります。例えば、厚生年金基金による代行のため、企業年金が年金分割の対象となる場合がありますが、この点に気付かずに企業年金は年金分割の対象とならない前提で業務を行い、年金を分割された夫から賠償請求を受けた事例もあります。年金制度は複雑ですので、慎重にチェックすることも疎かにはできません。

平沼弁護士:年金分割請求は、離婚から2年以内が原則ですが、年金分割割合を定める調停等が長期化した場合に、特例として2年を超えて請求することができます。その期限は、今年8月に改正されるまでは1か月以内(現在は6か月以内)とされていたため、うっかり徒過する事例が相次ぎました。また、弁護士に離婚調停を委任した時点で、年金分割請求まで委任していると依頼者が思い込んでいるケースがあります。受任範囲を明確化することが大切です。

──今回の事例集には、上訴に係る期間徒過の事例も掲載されていますが、このような事例が起きる原因は何ですか。

上原弁護士:事務員の認識漏れや事務所内のコミュニケーションの不備の中で起きることが多いです。弁護士は2週間という控訴期間を認識しているのに、事務員にきちんと伝わっていないといったミス事例が起きています。また、控訴期限の間際に控訴状等を郵送した結果、期日までに裁判所に届かなかった事例も見かけます。他の手続きと期限を混同するケースや、期間を正確に把握していないケースも起きています。行政関係では、手続きにより期間が異なる場合もあり、ミスが生じる原因になります。

平沼弁護士:法令解釈誤りに起因するケースも散見されます。遺留分減殺請求の消滅時効は1年と短いです。遺言無効確認請求訴訟を提起している以上、弁護士が「遺留分減殺請求をしなくても良い」と解釈をした結果、時効消滅してしまう事例が起きています。しかし、このような場合でも、遺留分侵害額の請求はしないといけません。

──期限や期間に起因する例としては、他にどんなケースが起きていますか。

上原弁護士:交通事故の損害賠償請求権の消滅時効が到来した事例は、昔から現在に至るまで一番多い保険事故類型です。うっかり請求を失念したことによるものや、時効の起算日を誤ったケースがあります。また、弁護士は時効中断したと思っていたものの、裁判所がこれを否定して、結果的に時効が完成したケースがあります。

平沼弁護士:時効の中断事由に債務承認があります。経験から言えば、賠償金額の呈示があっても時効の中断を認定された事例の件数は、認定されなかった事例と拮抗していました。交渉経過をもって、承認による時効の更新があったという前提に立つのは、大変リスクが高いです。また、後遺障害が残る交通事故に係る損害賠償請求権の消滅時効は、遅くとも症状が固定してから3年ですので(民法改正前)、自動車保険料率算定会による等級認定から起算してしまった過誤がありました。

上原弁護士:後遺障害についての賠償が含まれる場合は、保険事故のリスクが高いケースでもあります。例えば、裁判所が診療経過を確認した結果、弁護士が主張していた症状固定日よりも前の時点が起算点だと認定された事例があります。時効の起算点や時効の更新については、最悪のケースを想定しながら、時効を管理することが大事です。

──債権法改正の影響はありますか。

上原弁護士:債務不履行に対する損害賠償請求の消滅時効は、権利行使ができる時から10年だったのが、権利行使ができることを知った時から5年に短縮されました。今後は、こうした改正に起因する、新たな弁護過誤が起きる可能性も十分あると思われます。

平沼弁護士:民法の改正は、経過措置の規定も複雑です。交通事故や医療事故の場合は、4月1日の時点で時効になっていない場合は、損害賠償請求権の消滅時効が3年から5年に伸びました。こうした点を依頼者に正しく説明をしなかった結果、弁護過誤に繋がることも起こり得ます。改正内容のみならず、経過措置の規定も含めて、正確に認識しなければなりません。

──期限徒過に係る過誤を防止するには、どのような対策が必要ですか。

平沼弁護士:期間徒過の場合は、単純ミスが多いです。防止策としては、事務所のホワイトボードに書く、システムでスケジュール共有を図るといった方法により、弁護士と事務員が情報共有を図ることです。正月・お盆・ゴールデンウィークなど、長期休暇に入る時は特に注意が必要です。例えば、クリスマス判決といいますが、判決がぎりぎり年内に事務所に送達される場合があります。事務員がその送達を受けたものの、弁護士は送達を正月明けと勘違いし、期限を経過してしまう事例も起きています。事務所内のコミュニケーションが問われます。

上原弁護士:IT技術を用いても、ヒューマンエラーは付き物です。基本的なことですが、事務所内でダブルチェック、トリプルチェックを怠らないことがミス防止の要です。

──期限徒過の事例以外には、どのような事例が起きていますか。

上原弁護士:債務整理を受任した際の受任通知により、信用情報に不利益な情報が掲載されたことが、弁護過誤とされた事例が起きています。多くの弁護士が認識しているはずのことですが、実際の事例に当たったときに、受任通知の発送により依頼者に不利益が生じうることを説明するのを失念するケースが多いのではないでしょうか。「債務整理事件処理の規律を定める規程」にもある通り、債務整理を弁護士が引き受けた時に発生しうる不利益については、依頼者に説明する必要があります。例えば、依頼者との面談の際に、聴取・説明事項を一覧化した「相談シート」などを作り、説明をした項目にチェックを入れるなど、説明の漏れを防ぐ仕組みづくりも有用と思います。

平沼弁護士:破産事件の受任通知のように作為タイプの弁護過誤を防ぐためには、弁護士の行為による波及効果を常に想起することが肝要です。また、依頼者とのコミュニケーションも重要な要素です。医師と患者の関係に例えると、医師は、自身の病状を理解している患者への問診により、思いがけぬ発見をすることがあると言われています。弁護士と依頼者の関係も同様で、破産事件では、依頼者が破産すると我が身にどんなことが起きるかよく調べていることが多いものです。依頼者とのコミュニケーションを図ることは、弁護過誤の防止に繋がると思います。

上原弁護士:その他の事例としては、破産申立事件の受任から破産手続開始決定申立てまで、年単位の期間が経過したことにより、財産散逸防止義務違反が問われた事例があります。年単位で遅れる原因としては、弁護士側には健康問題や職務怠慢、依頼者側にも社会的な偏見を恐れるあまり逡巡するなど様々な原因があります。やむを得ず申立てが直ちにできない場合、依頼者とのコミュニケーションを図るとともに、弁護士が依頼者の財産を管理するなどして、財産が出ていかないように工夫することも考えた方がよいでしょう。財産散逸防止義務違反が問われた事例では、弁護士が有責となる場合が多くなっています。

──最後に、弁賠事例集を編集する中で感じていることをお願いします。

平沼弁護士:"To err is human" 人は誰でも間違えます。しかし、それが委任契約上ないし不法行為上の責任を負うべきものであるのか否か、しっかり吟味してください。また、賠償金を支払う前にできることがないか検討してください。例えば、損害の総額に争いがなく、双方の弁護士が既払金のない前提で和解・示談したあとで、既払金があることが判明した場合、払い過ぎた側の弁護士は、共通の錯誤といった理論面もさることながら、法的正義にかなう状態にない以上、あらゆる方策を講じて損害の回復に努めるべきでしょう。保険は頼もしい存在ですが、殊に賠責保険にあっては、最後の砦と考えるべきです。

[画像・2020年9月15日撮影/弁護士ドットコム]

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