「弁護士資格はオーバースペック」 業界理解を深め、経営感覚の優れたインハウスになる
大手法律事務所からトヨタグループの法務部門への出向を経て、日本ペイントホールディングス株式会社の組織内弁護士に転身した安藤勝利氏。弁護士といえば一般的には独立した専門家のイメージがあるかもしれないが、言語・文化・経歴等の点で、多様な人たち数万人が在籍する「組織」の一員として働くことは、自身にとって刺激的で面白かった。組織での経験を積む中で経営管理全般にも関心が高まり、今後は国内MBAの取得も通じ経営人財を目指して挑戦を加速したいという。(プロフェッショナルテック総研・川島美穂)
業界を知り、事業に参画できる法務に
「事務所時代に依頼ごとに異なる業種・事案の案件に当たることも非常にやりがいがあったのですが、一つの組織に所属して自社事業を継続して長期的に支援することができるのは魅力と感じました。法務チームとして近い距離でプロジェクトをバックアップし、仲間と苦楽を乗り越えて成功に導くことは喜びでした」
現在は塗料の製造販売を主とする化学メーカーに勤務するが、法務の枠にとらわれず危険物取扱者(乙種全類)、消防設備士(乙6)、日商簿記2級、個人情報保護士、情報セキュリティマネジメント試験などの関連資格も取得し、事業・製品への理解を深めた。こうした資格の取得は会社から必須とされるわけではないが、法務の専門家としてだけでなく全社視点で有用な人材になろうと努力を惜しまない。
「例えば相談内容が法務を主領域とするものでなければ、知らない・担当ではないでも通せるかもしれませんが、自らの成長に限界を設けることにもなりますし、そういう法務は重宝されないと思います。私は日頃から法務の素養としては『正確な日本語の読み書きと関係者との意思疎通』ができることが重要であり、会社で定常業務に対応する観点からすると、弁護士資格はオーバースペックの側面があると考えています。他方、管理部門に属するからには、法務以外の領域の基本知識を広く知ろうとする姿勢が必要だと思います。もちろん業務を通じて付加価値を高めることが最終目的ですが、資格の取得はスキルの保有や学び続ける姿勢を示す点で分かりやすいため、継続的に取り組んでいます」
相談しやすい存在になるために心がけたこと
さらに、組織人として心がけたのは「好かれる姿勢」だ。入社した当初は経営企画部の一部であり、法務「部」になってまだ4年弱だという。
「法務部門にこういうメンバーがいると社内イントラでアピールするなど、まずはその存在が認識されるよう努めました。できれば好かれる姿勢も必要であり、相談しやすい人だな、相談して良かったなと思ってもらえればありがたい。使ってもらってこそバッターボックスに立つことができ、そこで付加価値をつける機会を得ることができる。また、自分が関わる案件の定量的なリスクや業績への影響を意識し、知見をどう生かすか・存在感を示すかという能動的な姿勢が重要です。経営にインパクトを与えられる法務となるべく、チーム一丸となって日々案件に臨んでいます」
社内でマネジメントの経験を積むことで事象を俯瞰して捉える機会を得ることができ、経営目線での視点、意思決定のプロセス、組織の継続性について理解が深まった。経営目線で物事を見ることも。将来のキャリアとしては法務の分野だけではなく、経営管理の領域における経営人材に向け成長していきたいと考えている。今は約10名の部門の管理職となり、チームとして動くことの喜びや後進を育成する面白さも感じているという。
今のライフステージに合わせた働き方
法律事務所時代は自身にとって仕事が中心の生活だったので、他を顧みる余裕もあまりなかったという安藤氏。現在は未就学児も含めた子どもが4人いるといい、組織で働く形が今のライフステージには合っていると話す。ただ、付加価値をつけるための研鑽を怠らないのは「学び続けることがもともと好きだ」ということに加えて、いずれは経営人材に向けて成長したいという思いがあるからだ。勉強時間の確保は、家事や子育ての合間を縫うなどして捻出している。直近では公認不正検査士(CFE)の資格試験にも合格した。
「矛盾するように聞こえるかもしれませんが、子育てをする中で、自分のキャリアや成長が最優先ではないことを実感します。自身の経験や知見をより多くの場面で活かすため、また将来の世代への貢献のため、いずれ状況が許せば、弁護士業との兼業ができる時期が来ればいいなとも思っています」。組織人を経験したからこそ、見えた自分の強み。働き方を変えながらも、成長を続けている。
安藤勝利(あんどう・かつとし)弁護士
1980年大阪府豊中市生まれ。東京大学法学部卒業後、一橋大学法科大学院を経て、2009年弁護士登録(大阪弁護士会 現所属・62期)。弁護士法人北浜法律事務所東京事務所に在籍時北京大学に留学、北京や台北の法律事務所で実務経験を積み、帰国後はトヨタグループの法務部に出向。2019年から日本ペイントホールディングス株式会社(その後日本ペイントコーポレーションソリューションズ株式会社を兼務)に所属し、現在は法務部副部長。