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顧問弁護士とは違う“産業医弁護士”の役割 「労使紛争避け、従業員と会社の歩み寄りを促す」

顧問弁護士とは違う“産業医弁護士”の役割 「労使紛争避け、従業員と会社の歩み寄りを促す」

「弁護士ドットコムタイムズ」では、マルチスキルの弁護士を特集する。医師として厚生労働省に出向した経験から、組織で働く人の健康を守りたいと考えた竹口英伸氏は、産業医兼弁護士の活動をしている。1人1人が健全に働ける社会を目指す日々を聞いた。(プロフェッショナルテック総研・川島美穂)

組織人になって知った「一員としての過酷労働」


内科医の竹口英伸氏が法曹資格を取ろうと思ったきっかけは、厚生労働省での2年弱の勤務だった。医療保険診療報酬の改定がメインの仕事だったが、当時の官僚の労働環境・働き方に驚いた。縦割り行政の中で、各方面からの要望を調整することに労力が割かれていた。組織の一員として働く人の心が実感を持って分かった。

「医師も呼び出しや当直など激務ですが、自分にある程度の決定権があります。そして、その自分の直接の行為が結果として見える。患者さんに感謝される。仕事の大変さもストレスも、やりがいや納得感で緩和されるのだろうと感じました」

働く人の健康があってこそ、組織が回る。本人にとっては、組織に残ることが最善の選択でない場合もある。紛争の芽を早い段階で摘むことができれば。産業医は、医学的な判断と法律的な判断がミックスしている部分が大きいと感じていた。一度、医師の世界を離れて、法律知識を得るためにロースクールへと舵を切った。

より良い労使関係を築くために、心身の声を聞く


弁護士登録後は、主に使用者側で労働事件を専門とする千葉県の法律事務所に就職。8〜9割は弁護士業務に従事し、労働事件に明け暮れた。一方で、修習中には兼業ができなかったため、2年ぶりに医師として復帰。特定の曜日だけは産業医を担った。徐々に産業医の仕事が増えて事務所を設立、千葉の事務所とは提携関係に移行した。

「産業医の需要は高まっていると感じています。もともと軍医から始まる産業医の歴史は、工場における結核などの感染症対策や危険な仕事に従事する人のために始まった制度です。しかし近年は、メンタル不調などの問題が端緒となって労使紛争に至るケースが増えています」

人事労務にまつわる法律的な側面が大きくても、弁護士よりも面談のハードルが低い産業医だからこそ、従業員本人から聞けることがあるという。従業員が健康に働くにはどうしたらいいのか。元の職場に戻るのが本当に幸せなのかー。心身の声に耳を傾け、最善の策を探る。

「法律を勉強し、労使紛争の現場を経験したことによって、すれ違いや揉め事になってしまうのはどんな場合か見通しがつくようになりました。産業医として、会社に丁寧な対応を促し、暴走を止める。弁護士資格を得たことで、経営者や人事の方に響くような形で話せるようになったと感じています」

会社側と契約している立場ではあるものの、顧問弁護士とは違う。産業医として従業員個人と向き合い、今起きている問題を分析する。労使間の中立の立場で、より良い解決法を導き出すために貢献したいと考えている。

労務のわかる産業医だから、紛争を避けられる


弁護士として実際の紛争を見ると、産業医が巻き込まれるだけでなく、引き起こす場合もあることに気づいた。産業医自身が、産業医意見の法的な位置付けやその限界を理解していないのではないかと思われるケースが多いと感じている。

その一例に、復職可否判断の場面を挙げる。休職者を復職させるべきか、それとも退職とするべきか。面談して判断してほしいなどと事業主から依頼される場面だ。

「産業医は、本人の健康状態を踏まえて、どのような配慮や措置があれば、どの程度の業務を安全に行うことができるのかなどについて医学的見地から意見する必要があります(その判断自体、とても難しいことが多いのですが)。一方、復職可否の判断は、結局のところ『債務の本旨に従った労務提供が可能か』という法的判断ですから、産業医がその点について意見をするには自ずと限界があります」

「産業医は、将来訴訟となった場面で、産業医の意見がどのような意味をもつことになるのか理解したうえで対応していく必要があります。このような視点は、十分に議論されてきていないのではないかと感じていて、これからの課題なのではないかと思っています」

弁護士は、それぞれの利益を最大化することに主眼がある。一方、法律論を抜きにすれば、職場復帰が本人にとって望ましいのか、アドバイスや意見をすることが、中立的な立場の医療者である産業医ならできる。

「そのアプローチがかえって混乱や紛争を招くようでは本末転倒です。労使双方の紛争になる前に、少しずつ問題を解きほぐし、道筋をつけることが、私の役目だと感じています」

臨床も続けながら、弁護士事務所立ち上げへ


「労務の法的知識がある産業医」として、強みを押し出しやすくなったと語る竹口氏。法律的な考え方を身につけることは大事で、後輩の医師にもぜひ勧めたいとは言うものの、なかなか後に続く者は出てこない。また、労働事件に携わる弁護士にも産業医の実態を知ってほしいとも思っている。稀有な資格を得た自分が、その懸け橋となろうと奮闘する。

弁護士になりたての頃と逆転し、今は医師としての活動が9割。消化器内科医としての勘を保つため、臨床の現場でも内視鏡検査に携わっている。一方、今年には修習同期と法律事務所を立ち上げることも決まっている。

「臨床医としての仕事は、1割にも満たないけど続けていきたい。新たな事務所では、医療訴訟や労災関係を担当する予定です。また、医師と弁護士の仕事の割合は変わってくるかもしれませんね。産業医・弁護士・臨床医の三足のわらじを続けていきます」

竹口英伸(たけぐち・ひでのぶ)弁護士

1981年、三重県生まれ。2006年、群馬大学医学部医学科卒。三重県と千葉県の病院の消化器内科で勤務後、厚生労働省。2019年、一橋大学法科大学院修了後に弁護士登録(72期)。同年に弁護士法人戸田労務経営入所、2023年から竹口産業医事務所を設立。東京弁護士会所属。

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