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クレプトマニアの弁護で 問題解決型司法の実現へ

クレプトマニアの弁護で 問題解決型司法の実現へ

弁護士法人鳳法律事務所(東京都世田谷区)の林大悟弁護士は、2007年に実務家として歩み始めてから、クレプトマニア(窃盗症)の事案に注力してきた。万引きを「やめたくてもやめられない」依頼者のため、そして、被害者や社会のため、刑罰ではなく治療を求める。その具体事例とも言える弁護活動について、紹介する。<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.36<2018年9月発行>社会正義に生きる 弁護士列伝No.22より)

治療の一環として加害者同士交流

8月のある日の午後、東京都世田谷区にある戸建て住宅の応接室に、男女7人が集った。彼らに共通するのは、精神障害「クレプトマニア」に罹患し、窃盗事件を惹き起こした経験があることだ。大半が、林大悟弁護士の依頼者である。7人が順に現況や不安などを報告した後、林氏が現在の刑事弁護の限界について私見を述べた。

「必ずしも今の運用がいいとは限らない。今は初犯なら微罪処分となり、その後も罰金や執行猶予で済まされる。しかし、執行猶予中の再犯だと急に厳しくなり実刑となる。もし、最初に厳しく対処されれば早めに手を打つことができるし、時間をかけずに回復できることもある。刑罰モデルは、過去志向ではなく、未来志向で被告人をトリートメントして再犯を防止する問題解決型司法を目指す必要があります」

林氏は2014年、クレプトマニア患者の回復支援団体である一般社団法人アミティを設立。刑事弁護の受任や治療病院の紹介のほか、この日のように加害者同士が気持ちを打ち明けられる集いを開いている。

「その人が究極的に何を目的にしているか。それを明らかにすることが大事です。執行猶予を得たり、裁判を有利に進めたりすることだけが重要なのではありません。クレプトマニアの場合、裁判が終わってさよならだと、すぐにリピーターになってしまう。その人にとっては治療して病気から解放され、仕事を得て税金をしっかり払う生活ができることが目的です。そのためにどのように依頼者をトリートメントするか考えると、刑事弁護だけでなく、回復を重視する必要があります。社団法人を立ち上げたのはその一環です」

家庭環境で蝕まれた加害者

林氏の依頼者のひとりは「『クレプトマニア』で検索して、林先生に行き着いた。林先生にお願いして出た判決なら、悔いはない」と話す。それほど、依頼者からの信頼は厚い。

「依頼者の9割は女性です。初回の相談では、過去の窃盗のことや窃盗の理由のほか、親の仕事や教育方針、家族関係も聞きます。実は、この育った環境がすごく大事。そもそも、日本で教育を受けた人が、成熟して万引きをすることは、普通考えられません。窃盗を繰り返す理由は何か、背景にある精神の障害や環境的要因を考えなくてはいけません」林氏は、クレプトマニア患者の共通点として、性被害や暴力的な虐待のほか、親から「人生を押し付けられた」被害者が多いと続ける。

「エリート一家で親に進路を決められて心にストレスを溜め込んでしまうが、親に反発できない『良い子』が多いんです。それで、心が壊れてしまう」

その結果、理性が働かなくなり、食品や日用品などを持ち出してしまう。たとえ店を出てから我に返り、その時点で店頭に戻しても、防犯カメラには動かぬ証拠があり、釈明の余地はない。

こうした事案で、林氏は専門医らと連携し、摂食障害や認知症など他の疾患とクレプトマニアとの関連性を中心に、治療の経過、本人や家族の治療意欲・治療効果などに弁護の重点を置いて来た。その結果、裁判では検察官が懲役を求刑するところ、保護観察つき執行猶予を勝ち取ったり、罰金判決を獲得したりするなど、実績を積んできた。

しかし、弁護活動に課題はある。

「裁判中にスリップされたり、治療意欲を見せていたのに途中で連絡が取れなくなったりされることもあります。私がクレプトマニアなど病的な窃盗常習者による事件を手がけていることは、裁判官にも知られるようになってきました。裁判官から信頼を得て執行猶予を得られています。裁判官の期待を裏切ることはできません。そのため、依頼者には、治療の意向を確認してから受任しています」

社会の利益のために利害調整を

林氏が自らの仕事の意義について考えるようになったきっかけには、同期の指宿昭一弁護士(本誌Vol.32/33登場)から勧められた1冊の書籍がある。

「『もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)』です。仕事が顧客に何をもたらすかを考えて自分の仕事を再定義する、という内容です。弁護士の仕事は、人が幸せになるお手伝いをすることだと思いました。依頼者を中心に関係者の利益も見て考えると、抜本的な解決になります。その利害調整をしようと思い始めました」

この想いで、示談に行くときは相手方である店側の気持ちを考えることも忘れない。

「『あなたのために来ました』という気持ちが必要ですよね。客観的には弁済額が足りなくても、今、そこで受け取ってもらうのが一番良い条件の可能性が高い。加害者が執行猶予で治療に専念できれば、お店は次の被害を受けなくて済む。加害者が刑務所に入らなくて済めば、刑務所にかかる税金がかからず国のプラスにもなる。依頼者である被告人の利益が、結果的に社会の利益にもなるというスタンスでいます」

研究機関で司法制度への提言を

林氏は、冒頭の団体で患者の支援に当たるほか、自ら研究者として成城大学治療的司法研究センターや一橋大学大学院の修士課程に所属し、論文執筆を進めている。

「刑事政策を学びたいんです。実務的な知識や経験は積みましたが、全体や制度の根本的な理由が見えていないこところがある。学問的な知見と実務経験を融合させたらもっと良い仕事ができると考えています。また、責任能力の問題を突き詰めて考えたときは、精神科医になりたいと思ったこともあります。でも、今は、自分は法律の専門家として法律を極め、医療や福祉の他の専門家とチームでやればいいと思いました」

そう語る林氏は、加害者に適切な治療を施すことで、社会に復帰させるという制度を提案できるよう、再犯防止プロセスや問題解決型の司法制度、精神障害者立法などについて研究を進めている。

林氏の依頼者は「事件が終わってもその人のことをずっと考えてくれる先生」だと口を揃える。一事件がきっかけで生まれた依頼者との関係。その繋がりの連鎖で、個人や社会全体の幸福が実現できるのだろう。

林大悟弁護士プロフィール

弁護士法人鳳法律事務所、代表弁護士。2007年に弁護士登録後、2010年に鳳法律事務所を設立、2011年に法人化し、現在、東京と埼玉に事務所を構える。成城大学治療的司法研究センター客員研究員。一般社団法人アミティ代表理事等。

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