刑事弁護人は民主主義の担い手 少数異端者の「最後の弁護人」であれ 前田裕司弁護士インタビュー

刑事弁護人は民主主義の担い手 少数異端者の「最後の弁護人」であれ 前田裕司弁護士インタビュー

宮崎はまゆう法律事務所(宮崎県宮崎市)の弁護士・前田裕司氏は、約40年間刑事弁護人としての道を歩んできた。加害者とされた者を援助する立場から、世間から冷たい視線を浴びることも少なくない刑事弁護人。前田氏は「最後の弁護人であれ!」というモットーを胸に、自身の元に舞い込んできた案件を受けている。宮崎に拠点を移した今も精力的に活動を続ける前田氏に、刑事弁護にかける想いについて伺った。(弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.12<2016年9月発行>社会正義に生きる 弁護士列伝No.10より)

最後の砦であり続ける刑事弁護人の心


「『最後の弁護人であれ!』というのは、どんな困難な事件でも断らないという意味です。特に、誰もやりたがらないような、世間からもっとも非難される人にこそ、もっとも刑事弁護人が必要だからです」

前田裕司氏は40年の弁護士人生を振り返って、刑事弁護人としての信念をこう語った。

「最大の転機は、オウム真理教の代理人を受けたことですね。1995年に地下鉄サリン事件など一連の事件を起こしたオウム真理教に対して、解散を視野に入れた破壊活動防止法の適用が申請されました。しかし、法的要件を満たさないとして公安審査委員会に却下されましてね。すぐあとに対象をオウム真理教に絞った団体規制法が制定されて適用されることになりました。ただ、破防法の代理人をされていた弁護士が引き続き代理人となることがなかったので、僕のところに回ってきたんですね。受任にあたっては、ためらいもあり、悩みましたが、刑事弁護人を引き受けた時には、被告人の援助者たる弁護人の役割論で、団体規制法の団体の代理人の場合には、法律は違憲であるとして、心の整理をつけました。これを受けたことで、自身のスタンスが固まった気がしますね」

前田氏が刑事弁護人を志すことになったきっかけは、昭和40年代後半の学生時代まで遡る。全共闘運動の最盛期、自身も運動の過程で逮捕されたり、逮捕・勾留された仲間の救援活動を行ったりしていた。まさに国家権力そのものと直接に対峙した初めての経験だった。

「世界の中には国家権力と闘う弁護士が捕まえられ、抹殺される国もあるわけです。そういった国は社会のありようとして成熟していません。国家と対立する弁護士の存在を容認することが、民主的な社会の実現につながるのだと確信しています」

また、弁護士との出会いに関しては、次のような経験があった。

「学生のころ、アルバイト先で50人くらいの労働組合をつくって、労働条件改善の要求を行ないました。要求実現のためにストライキをしたら全員が解雇され、不当労働行為救済の申立てをしたことがありました。そこで初めて弁護士さんのお世話になりました」

北パブのミッション 刑事司法改革への対応


2000年、「司法制度改革審議会意見書」が出され、刑事弁護の在り方を大きく変える裁判員裁判や被疑者国選が実現することになった。日弁連刑事弁護センター副委員長だった前田氏は、裁判員裁判の制度構想の議論の渦中にいた。

「全国的に裁判員裁判に対応できる刑事弁護人をどう養成していくか、また、被疑者国選に対応できる各地の弁護士会の態勢がつくれるのかが、弁護士会の課題でした」

こうした刑事司法改革への対応を含めて、当時、公設事務所の設置を進めていた東京弁護士会は、2004年4月に全国初の刑事対応型公設事務所「北千住パブリック法律事務所(以下、北パブ)」を設立。刑事事件への対応と弁護人の養成、地域の市民相談所、弁護士過疎地域への若手弁護士派遣、法科大学院の臨床教育などの役割を担わせることにした。前田氏は、その初代所長に就任することになった。

「刑事対応型の公設事務所でしたから、若手の刑事弁護人の育成が課題でした。刑事弁護の方針として僕が若手に伝えていたのは3つです。『最後の弁護人であれ!』『取り得ることのできるありとあらゆる手段を取れ!』『刑事弁護に経験は関係ない!』ということ。20人規模の事務所を支えていくのは大変でしたが、熱意ある優秀な若手が大勢集まってきましたから、とても充実していましたよ。お金にはならないけど社会の役に立ちたいという希望を持った若い弁護士が、毎年、相当数応募してきていました。当時は、3〜4人の採用枠に50〜60人も応募がありました」

前田氏は所長を5年間務め、北パブを軌道に乗せていった。

事件を見つめる多くの目 常に最良の判断を


事件を受ける際、前田氏はいつも共同受任を基本としている。特に、北パブでは若手に難しい事件を担当させるため、積極的に共同で事件を受けてきた。

「事件処理というのは、一人でできるものもありますが、どんな事件であっても複数の目でやった方がいいのは間違いありません。どんな人でもものの見方は違いますから、自分の思いつかないことを指摘してくれる。多角的な発想をして、いい解決法を導き出すのが、法律家の役割ですよね。ものの見方は、若手とかベテランは関係ありません。経験があればそれを糧にものを見ることができますが、逆に経験が足かせになるということもあります。経験は関係ないんですね」

多角的視点を養い、刑事弁護活動の深化を図る目的で、北パブでは1〜2ヵ月に1回「北千住パブリック刑事実務検討会」(通称:北パブゼミ)を行なっていた。

「若手弁護士に具体的な実践を語ってもらい、それについて議論するんです。事務所内だけですと緊張感がなくなってしまうので、事務所外の若手弁護士、司法修習生、法科大学院生にも呼びかけて20〜30人規模で開催していました」

昨年、宮崎に戻った前田氏は、そこでも同様に「刑事弁護セミナー」を立ち上げる準備を進めている。若手の育成に尽力している前田氏だが、日本の刑事裁判全体の底上げにおいても第一線で活動を続ける。

「一つは、取調べの可視化を全事件、全過程に取り入れること。もう一つは、逮捕から勾留までの3日間の公的弁護制度の構築。逮捕直後の時期がもっとも弁護人の援助が重要なので、是非とも実現しなければなりません」

民主的な国家の要請である『公正な裁判』を実現するべく、前田氏は今日も声を上げ続ける。

前田裕司弁護士プロフィール

1977年弁護士登録。2004年に北千住パブリック法律事務所所長就任。2009年に東京ディフェンダー法律事務所へ、2015年に宮崎はまゆう法律事務所へ移籍。元日弁連刑事弁護センター委員長、日弁連取調可視化本部副本部長、元日弁連国選弁護本部本部長代行、刑事弁護フォーラム代表世話人。

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