挑戦の果てにたどり着いた「領域」 日本初のタックスロイヤー、鳥飼重和氏ロングインタビュー

挑戦の果てにたどり着いた「領域」 日本初のタックスロイヤー、鳥飼重和氏ロングインタビュー

日本初の「タックスロイヤー」として知られる鳥飼総合法律事務所の鳥飼重和氏。18回目の司法試験に合格、43歳で弁護士登録という遅咲きのスタートでありながら、税務の分野で新たな領域を開拓し、オンリーワンの存在として現在も先頭を走り続けている。歩みを止めることなく、未来に向けて挑戦を続ける鳥飼氏に、これまでの半生と若手弁護士へのメッセージを聞いた。 取材・文/山口和史 Interview&text Kazushi Yamaguchi 鳥飼総合法律事務所 代表弁護士・税務調査士 鳥飼重和氏 Shigekazu Torikai (弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.28<2018年1月発行>より)

拒絶の先にある夢と希望 乗り越えた先に未来がある


日本初のタックスロイヤーとして前例のない道を切り拓いてきたその挑戦の半生を振り返って、鳥飼重和弁護士はこう語る。

「だって面白そうじゃない。誰もやっていないから面白いんですよ」

旧来の成功モデルを踏襲し、スキルを磨き上げることで社会に貢献する道。それまで誰もチャレンジしてこなかった領域を探し出し、新しい価値を提供する道。鳥飼氏は後者を選んだ。

当然、新たな挑戦は周囲に容易に認められるものではない。チャレンジしては跳ね除けられ、挑戦しては拒絶される。それでもなお挑み続け、最終的には夢を叶える、その歩みを鳥飼氏の師匠にあたる久保利英明弁護士(本誌 Vol.1参照)は「拒絶の美学」と呼んだ。

「そもそも拒絶されなきゃダメなのかといったら、拒絶されないほうがいいですよ。だけど、夢を追いかけて誰もやっていないことをやれば拒絶に合う。大切なのは、拒絶されることではなくて、強い夢や希望をしっかりと抱いて活動し、この先はきっとうまくいくという未来への明るい発想を持ち続けること。拒絶されても乗り越えてやるという強い意志が大切なんです」

波乱万丈の弁護士人生を歩んできた鳥飼氏の、弁護士を目指した第一歩もまさしく波乱の幕開けだった。

「中央大学法学部に進学したのですが、周囲は司法試験を受けるのが当たり前という雰囲気でした。その雰囲気に流されるような軽い気持ちでチャレンジしたのがきっかけです」

ご承知の通り、軽い気持ちで受かる試験ではない。鳥飼氏はそこから17回連続で司法試験に落ち続ける。「父親が税理士で『オレが生きているうちは応援してやるけど、死んだら終わりだからな』と言われて目が覚めました。そこから真剣に勉強を始めて、2年間勉強に没頭した結果、18回目で合格したんです」

いま振り返れば落ちるのも当然だったと鳥飼氏は言う。真面目に勉強したのは最後の2年間だけ。「あれは決して拒絶ではなかった」。

「落ちたことをよくがんばったねというけど、落ちたことを気にしていませんでした。僕が本当に勉強したのは最後の2年間だけ。遊んでいましたから、落ちて当たり前ですよね」

鳥飼氏が挑戦の歩みを進め、拒絶という逆境の中から自分の「生き方」を見つけるのはこの先のことになる。

税務を手掛ける契機は偶然に 日々の業務に隠れている未来の「ヒント」

「僕は浪人時代が長かった。そこで色んな本を読みました。安岡正篤さんなどたくさん影響を受けましたが、そのほかにも断片的にこれいいなというのがいくつもあった。そのひとつがアンドリュー・カーネギー(アメリカの実業家。鉄鋼王と称された)のエピソードです。彼の墓石にはこう書いてあるそうです。『己より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る』。僕はこれを『自分より優秀な人を使ったもの、ここに眠る』と捉えた。自分は優秀じゃないけど、優秀な人を使ったから自分は成功した、これはいいなと思っていた。司法研修所に入ったとき、周囲の優秀な同期たちを見てこの言葉を思い出した。この人たちを使えばなんでもできるじゃないかって」

最年長で司法研修所に入所した鳥飼氏だったが、自分より一回り若い同期の中に飛び抜けて優秀な修習生がいることに気がついた。

「やっぱり優秀な層が集まっているんだなというのが見ていて分かる。ならば、僕が仕事を取ってきて彼らに手伝ってもらえれば、きっと良い仕事をしてくれる。そして僕は自分の好きなことをやって食っていけるって。僕自身は専門性の高いものをやって、そうじゃない案件は他の人に振ればいいじゃないかと、そこで勉強したんです。人を使うという発想がもともとあったから。これは実験できると思ったね」

専門性の高い案件を自分はやっていきたい、しかし自分が興味を持てる専門分野はまだ定まっていない。修習期を終え、丸の内にあった法律事務所にイソ弁として入所。弁護士としての第一歩をスタートさせた。「丸の内にあったから企業法務の事務所だと思っていたら、いわゆる街弁でいろんな事件を取り扱っていました」

当時はバブル崩壊直前、すでに景気に陰が差しはじめ、事務所の案件にもその影響は出始めていた。「景気の良い時期には、高額の報酬をもらえる仕事がたくさんあったんだと思うんです。だけど景気が悪くなるとスジの悪い事件が来るわけです。でも、先輩の弁護士もボス弁も、そんな事件はやらないんですよ。僕だけに押し付けて『お前、これやれ』って(笑)。こんな事件やりたくないなあとイヤイヤ手掛けた案件が、僕の将来を決めました」

ある不動産M&Aの案件。金額にして220億円の規模に及んだ。若手弁護士だった鳥飼氏は解決に奔走する。

「この不動産はコンテストを行い、優勝したところにそこの所有権を渡すということになった。ところが、その所有権が移る時期が問題になった。コンテストで1位になった後、ある地方議会が承認した時点で所有権が移ると。つまり、1位になる段階と議会が承認した時点とで時期がズレる。売買はその間にするという約束でした。

1位になって承認の決議がある前に所有権が移るという期待権を持つ。この期待権は不動産の所有権と同じなのかどうかによって税金がぜんぜん違う。依頼者からすると、税金が高いのなら株式売買で他のところで売れるんだからこの会社使わないよという話になりました」

果たしてどちらの判断になるのか。自分でも調査しつつ多方面に話を聞いた。

「当時、税法の読み方も分からないですからいろんな人に聞きまくったのですがよく分からない。困り果ててたくさんの人に聞いても、M&A専門で手掛けている人に聞いても全然知らないんです」

最終的に主税局の人に聞くといいとアドバイスをもらった。

「主税局の課長補佐が一番知っていると言われて、何度も電話をかけた。4回目に通じたのかな。今の話をしたら、それは所有権の取得ではないから、そこは期待権にすぎないから大丈夫だと。M&Aやっても高い税金かからないよと。どの条文ですかと聞いたら、この条文でこの本を読んだら載ってるよというので見てみたらそのとおり。ここでやっぱり税金て大事だなと思った。税金をやらないとダメだと」

弁護士として生きていくために、税法を勉強する必要があると直感が下りた。この先、人生が大きく変転していくことになろうとは、この時まだ気がついていない。

「タックスロイヤー」との出会い 「オンリーワン」への道筋


税法に自身の未来の可能性を感じた。とはいえ税務に詳しいわけでもない。そこで勉強しようと考えた。「ところが、ここで『拒絶』にあうんです」。

あるファイナンシャルプランナーの研修所で実務に役立つ税法を教えていると聞き、申し込むも「弁護士の受講は認めておりません」と受け入れてもらえない。「案内書を見せられて『弁護士は対象に入ってないんです』というわけです。こちらも引き下がるわけにはいかないので、毎日電話を掛けたり、近かったので通って説得して、30回以上行ったんじゃないかな。そうしたら担当者もノイローゼになったのかな(笑)。その人が研修所長にどうしますか?と聞いたらしくて、だったら入れてやれよって。あとで聞いたの。入ってから」

なんとか入所、4ヵ月事務所を休んで勉強に励んだ。勉強のさなか、講師で訪れた大物税理士から、こんな言葉を聞かされた。

「先生から『タックスロイヤーって知っているか』と聞かれました。アメリカで一番経済的価値の高い弁護士なんだよと。日本では誰もいないから、最初のタックスロイヤーになれと言われた。ここで初めてタックスロイヤーという言葉を知り、自分の生きる道があるなと思った。はじめはある程度税法を知らなきゃ、くらいでした。まさかこれを本業にするとは思ってなかったから。ここで税務の専門の弁護士がいないんだと分かって、オレはそうなってもいい、そこで決まったんですよ」

人脈も広がっていった。紹介されて入ったある税理士団体。入会金は1千万円だった。

「女房を拝み倒し、よそから借金して入りました。ところが、最初は税理士の団体だから、なぜ弁護士がいるのかと白い目で見られていましたよ」

それでも通い続け、月例会に顔を出し続けていくうちに風向きが変わってくる。

「だんだん税理士さんたちと仲良くなってくると、いろいろ話が来るんです。まずは小さな事件から来ました。離婚とかね。うまくいくと、だんだん大きい事件が来て、最後は1回1千万円を超えるような案件も来るようになりました」

そんなとき、鳥飼氏に大きな追い風が吹く。納税者から税理士への損害賠償請求訴訟で、立て続けに税理士が負け、税理士界が震え上がったのだ。

職人か参謀かー 選んだ真の「タックスロイヤー」への道

「東京と大阪で、立て続けに2件税理士が負けてしまい、東京では、税理士に約2億8千万円の賠償金支払いを命じる判決が下りました」

日本税理士会連合会は慌てた。判決の内容と実際の運用には乖離がある。これがアウトなのだとしたら、これから税理士はどうなってしまうのか。

「それで、税務が分かる弁護士がいないかと探したら、当時、日本には私しかいなかった。そこで、日税連の顧問になったんです。まだ新人の時です」

FPの集団から拒絶にあっても、税理士の集団から拒絶にあっても、オレの生きる道はこれだと希望を持って進んだ先に、日本唯一の弁護士への道が拓けた。

「その後、税理士賠償責任と税務訴訟に関する案件を多く手掛けていきます。ここで、一気にたくさんの数をやったから、専門性が高まった」

税理士賠償責任は普通の損害賠償請求と基本は変わらない。苦しいのは税務訴訟だった。

「全然刃が立たなかったですね。連敗中の連敗ですよ。何連敗したか分からないけど、物凄く負けました。当時、税務訴訟をやっていた弁護士はほとんど反税団体系でした。知り合いから反税団体系の弁護士が一番詳しいと聞いたので、直接教えを受けに行きました。本で読んでも分からないですよ」

経験を積み、研究を重ね、平成20年から22年の3年間では36事件中26件で勝訴するまでに至る。税務訴訟専門の法律事務所として全国に名前も知れ渡ったが、やがてその時代も終わりを告げる。

「税務訴訟の数が減ってしまったんですね。ある年だと法人税の事件が49件しかない。このうち、うちのような専門事務所が手掛けてペイできるのは数件です。これでは市場とはいえません」

鳥飼氏は考えた。

「税務調査は数が多いんですよ。現在約9万件台。それならある程度取れたらいいねと。でもその前、申告前のところこそが我々の領域ではないかと。申告前のすべてのものを調べたら、当たり前ですけど、契約自由の原則、契約によって取引関係は成り立っている。契約がないと法律に基づいて法律関係の権利義務が決まってくる。法律から離れたものは何もない。その法律も、普通の民法的なものもある、他の法律もあるけど、同時に税法も法律だ。必ず税金につながってきてそれが申告書の基礎になっている。そうか!と」

申告の数字はすべて法律から流れてくる。企業法務系の法律と税務系の税法。このふたつが必ず出てくる。

「我々は税務訴訟を300件近くやっていますが負ける数が圧倒的に多い。でも税務訴訟って結局申告書のミスの集まりなんですよ。申告書は法律文書ですから、申告段階でこれがしっかりしていれば処分は受けません。ならば申告書のミスを無くすほうが重要だ、税務調査段階も重要だけど、その前ももっと重要だということが分かる。はじめから自分たちで作れますねと。こういう実態があって、こういう実態を証拠で集めようとすると、自ずから法律家ですから、どういう法律のどういう条文のどこの解釈が問題になるか、それについて先例があるかないかについても分かるじゃないですか。あるいはそれが不利だったら実態を変えれば土俵も変わりますねと分かるじゃないですか。先手必勝なんです。それにだんだんと気がついた」

税理士に混じって勉強したころに初めて聞いたタックスロイヤーとの言葉。その真の意味を鳥飼氏は理解した。

「その言葉を聞いたころ、初めから分かっていたわけではなかったんです。しかし、身をもって仕事をしていくうちに、タックスロイヤーってこういうことをいうのかと分かってきた。経営者に近いところにいて、経営戦略を一緒に作っていく。作った経営戦略に基づいて税務も作るんだから否認もされませんよね。これがアメリカ的なタックスロイヤーなんだって初めて分かった。自分の仕事はここにあるということがやっと読めてきたんです」

弁護士を職人と参謀にたとえて鳥飼氏はこう語る。

「弁護士は職人さんとしての役割があります。一つひとつの事件や紛争に対して能力を発揮する。これは職人さんですね。すごい能力ですよ。ですが、僕は職人ではなくて経営者の参謀なんです。参謀と職人との違いです。これは決して良い悪いではなくて、好き嫌いの問題、つまり人生観の違いですから、どちらを選ぶのかはその人それぞれの判断によります。

職人は職人で立派かつ高度な仕事です。しかし参謀なら経営戦略から携わることができますから、紛争が起こる前から勝利を宣言できる作り付けができる。勝つか負けるか分からないけど、勝つために頑張りましょうという職人の姿勢と、100%勝ってもおかしくない戦略をいかに組むかという参謀の姿勢、これは頭の使い方が違いますね。どちらが良いか悪いかじゃない。好き嫌いの問題だから人生観です。両方とも日本では重要だと思います」

弁護士1年目でもオンリーワンの弁護士になれる


その後、鳥飼氏は自身の専門性を高めていく中で、久保利英明弁護士や中村直人弁護士からの薫陶も受け、株主代表訴訟制度の分野でも名を上げ、日経ビジネスの弁護士ランキングの常連にもなっていく。いまでは弁護士45名を擁する事務所の経営者として活躍を続けている。

「結果としてタイミングが良かった感じはしますね。運が良かった」

道なき道を走り続け、未来を切り拓いてきた鳥飼氏には、現在の弁護士界はどう映るのか。

「今も昔も、普遍的な考え方は変わりません。弁護士が法治国家の守り手であり、重要なポジションにいることに変わりはないでしょう。ただ、時代が変化し、社会が弁護士に求めているものが激変したということです。ところが、弁護士は、激変している社会の要望に無関心で、時代遅れの法曹意識を変革できないままでいます。従来の弁護士資格という法曹の強みは弱みになっている現実を知り、そこを実感する必要があります。これは、社会が何を弁護士に求めているかを知ることでもあります」

時代に合わせ、クライアントのニーズに合わせ、自身の考えやスタイルを改めてきた鳥飼氏の言葉には重みがある。こんな質問もしてみた。もしも鳥飼先生が2018年1月段階で弁護士1年目を迎えたとしたら、オンリーワンの弁護士になるためになにから手を付けますか?

「新人弁護士だったら、まだアソシエイトですから、担当事件が与えられるでしょう。その担当事件の中に、他の弁護士がやっていない領域を発見できる可能性はあります。クライアントから、契約書のチェックと印紙を貼るべきかどうかの質問を受けたとしましょう。特殊な契約でないときの契約書のチェックならある程度はできても、印紙税を質問されたら、きっと回答できないでしょう。

そのとき、印紙税は弁護士業務であることを知る機会があります。しかも、周囲を見渡せば、印紙税に詳しい弁護士はほとんどいない現実を知ることができます。ここに、オンリーワンの弁護士となれる領域があるということです。他の弁護士がやっていないことは自分もやらない弁護士が多数です。これがオンリーワンのチャンスだと思えるかどうかで将来が決まります。

印紙税に強い弁護士になれば、難しい契約書が持ち込まれます。業界固有の契約書ですから、印紙税のオンリーワンになれば、特有な契約形態をもつ業界の弁護士としてもオンリーワンになれるのです。弁護士は、ありふれた日常の業務の中にオンリーワンを見出せるのです。したがって、弁護士1年目でもオンリーワンになれます。私は弁護士1年目の経験から税法分野に参入して、税理士界でオンリーワンになりました。今の新人の弁護士も、考え方を変えれば、いくらでもオンリーワンになれるチャンスがあります」

未来へのヒントは日常業務の中に潜んでいる。決して特別なことをするわけではない。拒絶や挫折を繰り返し味わいながらもそのたびに立ち上がり、自身の夢と希望に向かって歩みを進めた鳥飼氏。若手の弁護士の先生方に向けて、最後にメッセージを受け取った。

「弁護士の未来は明るく輝けるものです。暗い未来の先輩弁護士を見ないで、明るい未来を実践する弁護士から、なぜそうなのかを考えたり、教えを受けたりすることです。そのように学び、それを実践して、失敗を生かしながら明るい未来を信じることができれば、きっと自分なりの未来を切り開けます」

波乱万丈ではあっても決して順風満帆だったわけではない、鳥飼氏からのメッセージ。新しい弁護士の未来を作り上げる、ヒントに溢れている。

鳥飼重和弁護士プロフィール

鳥飼総合法律事務所代表弁護士。中央大学法学部卒業後、司法試験に挑戦。18回目にして合格後、43歳で弁護士としてのスタートを切る。税務訴訟の分野で名を知られるようになったのち、経営法務の領域に活動を広げ、企業のリスク管理などの分野でも活躍。『「考運」の法則』(同友館)、『ここでしか教えない!「稼げる」弁護士になる方法』(すばる舎)、『豊潤なる企業―内部統制の真実』(清文社)、『株主総会の財務会計に関する想定問答―取締役・監査役必携』(清文社)、『株主総会の議長・答弁役員に必要なノウハウ』(商事法務)、『リーガルマインド養成講座』(商事法務)など著書多数。

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