尊属殺人罪は違憲か合憲か? 親子二代にわたる執念の戦いが日本の裁判史を塗り替えた 大貫正一弁護士ロングインタビュー

尊属殺人罪は違憲か合憲か? 親子二代にわたる執念の戦いが日本の裁判史を塗り替えた 大貫正一弁護士ロングインタビュー

昭和48年4月4日、最高裁判所大法廷で日本初の画期的な判決が下された。尊属殺の重罰規定を巡って違憲か合憲かが争われた裁判で、最高裁判所は初めて違憲審査権を発動し、刑法200条は違憲であるとの判断を下した。この裁判を戦った弁護士がいる。大貫正一氏(大貫法律事務所・栃木県宇都宮市)は、父親の大八氏とともに裁判を担当、最終的に違憲判決を勝ち取った。本事件のあらましと裁判について、大貫氏に話を伺った。 取材/山口和史・池田宏之 Interview by Kazushi Yamaguchi,Hiroyuki Ikeda 文/山口和史 Text by Kazushi Yamaguchi 大貫法律事務所弁護士 大貫正一氏 Shohichi Ohnuki (弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.21<2017年6月発行>より)

苦学の末司法試験を突破 弁護士としての第一歩


自身の半生を振り返って大貫正一弁護士は「幸運だった」と繰り返す。

「中学校までは親に通わせてもらいましたけどね、高校からは自力で学費を稼ぎました」

中学卒業後は知り合いのツテを頼って定時制高校に通いながら県会議長官舎に住み込み、給仕として働いた。配管工や土木作業員として生活費も作った。その後は中央大学法学部に進学。ふとした縁で当時、保全経済会の理事長として文京区に広大な屋敷を持っていた伊藤斗福(いとう・ますとみ/昭和時代の経営者)の知己を得、書生となった。

「伊藤さんはその後、詐欺事件で有罪判決を受けるのですが、その際の主任検事が、私が後に司法修習に入った際の検察教官でしてね、奇妙な縁を感じましたよ」

大学卒業後、教師としての生活を送りながら司法試験に備えて勉強を続けた。猛勉強の末、司法試験に合格。弁護修習では大貫大八氏の事務所に配属になった。

「親父は私のことを気に入ってくれてね。私に『養子になれ』というので、そうすることにしました」

昭和38年の弁護士登録以来、父・大八氏とともにさまざまな事件を手掛けてきた。こんなことがあった。

「ひとりの証人に対して足掛け5年の反対尋問を行なったこともありましたよ」

裁判は真実を明らかにする場。話を聞いていると毎回言うことが変わっていく。ならば正しい言葉を引き出さなければいけない。

「裁判官からも『反対尋問が長すぎる』と言われたけどね(笑)。でも、必要があるからやっているのであって、制限禁止にすれば忌避申し立てをすると言ってやったよ」

いまでは考えられないよねと大貫氏は笑う。養父・大八氏の事務所で大貫氏はめきめきと実力をつけていった。民事事件、家事事件、刑事事件、さまざまな事件も手掛けていった。後に、栃木県弁護士会会長、宇都宮市の顧問弁護士、総評弁護団関東支部長など、数々の要職にも就いた。そのなかで「私はこの事件を担当したことで、弁護士生活のすべてをやり尽くした」と言ってはばからない事件がある。

犯罪史に残る陰惨な事件 容疑者の母親が事務所を訪れた

「娘が父親を絞め殺す」「熟睡中にヒモで 娘の恋愛からけんか」(「下野新聞」昭和43年10月7日)

49年前の秋、ひとつの殺人事件が地方紙の見出しを飾った。決して注目された事件ではない。単なる親子げんかの果ての殺人事件と思われた。

「乱暴され発作的に」(「同」昭和43年10月8日)

翌8日に出た続報の見出しからもその様子は伝わってくる。どこにでもある事件。どこにでもあるニュース。全国紙では取り上げられることもなく、地域密着の地元紙ですらこの後、続報を届けることもない。そんな事件のはずだった。栃木県宇都宮市で起こったこの事件は陰惨な真実をはらんでいた。実の父親を手に掛けた娘は、長年にわたって近親相姦を強いられ続けていた。その結果、5人の子どもを出産させられ、出産後に死亡した2人を除く3人の子どもと父親との5人での生活を送っていた。

「これは大変なことになったなと思いましたよ。だって、こんなひどい事件、聞いたことあります?なんとかこの人を助けてあげなきゃいかん、そう思いました」

暗く長い毎日。思春期の青春時代を自由に送ることも許されず、実の父親と夫婦同然の暮らしを強いられる。逃げ出せば執拗な暴力で連れ戻され、逃げることも諦めた。そんな毎日に一条の光が差し込んでいた。

「彼女は近所の工場に勤め始めた。そこで若い男性と知り合って、生まれて初めて恋をした」

そのことを知った父親は激怒した。生活をめちゃくちゃにしてやる、どこまでも追いかけて苦しめてやる—。そんな怨嗟の声に追い詰められ、娘は父親の首に紐を巻き付け殺害した。事件の数日後、夫を手に掛けた娘の弁護を頼みに、一人の女性が大貫法律事務所を尋ねてきた。大貫正一弁護士の父、大貫大八弁護士を頼ってのことだ。女性はこの事件の背景、なぜ娘が夫を殺さなければならなくなったのかを、とぎれとぎれに話しだした。

「この娘さんをなんとかしてあげたいと思ったけれども、話はそんな簡単なものじゃない。でも、なんとかしなければならないと思いました」

大貫氏と父の大八氏は、依頼を引き受けることにした。依頼者となった母親は貧しく、満足な弁護料など払えない。受け取ったのは、彼女が事務所を訪れた際、カバンいっぱいに詰め込んで持ってきた、じゃがいもだったという。

そびえ立つ「刑法第200条の壁」 憲法論争を決意した瞬間


この事件を引き受けるということはどういう意味か。実の父親を殺害した娘、彼女になんとか執行猶予を付けてあげたい。しかし、当時その思いを成就させるためには、高く険しい壁が眼前にそびえ立っていた。刑法第200条。1908年制定の明治刑法により、自己または配偶者の直系尊属を殺した者について、通常の殺人罪とは別に、尊属殺人罪を設けていた。尊属殺人罪が適用された場合、法定刑は死刑または無期懲役に限られる。

「尊属殺人罪が適用されたら執行猶予は付けられないわけです。執行猶予を付けるためには通常の殺人罪を適用させなければなりません。ということは、刑法第200条は『法の下の平等』を定めた憲法14条に違反している。刑法第200条は違憲であるという憲法論争をせざるを得ない。これは大変なことになったと思いました」

刑法第200条か違憲がどうかについての議論は、昭和48年から遡ること約四半世紀、昭和25年にすでに行われていた。尊属殺規定は道徳の乱れの歯止めとして機能している。親孝行の大切さを刑法に顕しておくのはもっともなことだ—。議論の結果、当時の最高裁大法廷は合憲との判決を下している。

「その後も1年に何十件と尊属殺人は行われて、その都度刑が下されていたわけです。目の前に高い壁がそびえ立っているような心持ちでしたけれども、やるしかないと思った。あまりにかわいそうだったからね」

弁護を引き受けるにあたって、大貫氏と父・大八氏は考えた。今回の法廷での争点は一体何か。殺人事件と言われているが本当にそうなのか。この事件を単なる傷害致死罪として捉えることはできないか。または過剰防衛として主張することはできないか。

適用される罪名についても考えた。父親殺しであるとなれば、刑法第200条の尊属殺人罪となる。ならば傷害致死罪ならどうか。尊属傷害致死ということにはなるが、それでも尊属殺人罪と比べれば「無期懲役又ハ3年以上ノ懲役」となり、罪は軽くなる。しかし、実際に適用は難しかった。

父親に手をかけた娘自身がひもを父親の首に巻き付けた際、「殺そうと思ってやった」と話している。殺意を打ち消すことはできそうになかった。けんかでもみ合った結果、誤って殺してしまったという話ではない。それでも弁護の際の主張には入れておいた。

傷害致死罪が否定された場合、尊属殺人罪が適用されるのは火を見るより明らかだ。もしもこの一件が尊属殺人ではなく、一般の殺人事件だった場合、刑法第199条が適用される。そうなれば、この事件の場合であれば必ず執行猶予がつくはずだ。ならば、どうやって通常の殺人罪を適用させればよいのか。

第一審での緻密な戦略 ありとあらゆる可能性を探る

「彼女にはあるがままをできるだけ細かく、丁寧に話してもらうようにしました。この事件がどれだけ異常で、どれだけ常識から逸しているか、裁判官に分かってもらうにはそうするしかないと考えたからです」

生い立ちから父親から初めて関係を迫られた日のことなどを語るうち、本人の目からは自然と涙がこぼれていく。法廷は水を打ったように静かになった。裁判官にも傍聴者にも、この事件が持つ異常さ、悲惨さは十二分に伝わっていた。

公判の最終日には検察官の論告と弁護人の弁論が予定されていた。死刑または無期懲役の選択しかない尊属殺人罪。その枠組を乗り越えて、なんとか執行猶予を勝ち取ることはできないか。そう考えた大八氏は主張した。本件の被告人の行為は正当防衛または緊急避難である—。

「弁護の際には、ありとあらゆる角度から事件を捉え、実際に主張もしていきました」、大貫氏がそう語った実例のひとつだ。正当防衛の根拠となる「急迫不正の侵害」行為は、14歳から始まった強姦行為であると大八氏は指摘した。そしてその侵害行為は犯行時まで継続したと訴えた。緊急避難にもそれは当てはまり「身体、自由、特に本件犯行時には生命に対する危難が継続して現在していた」と主張している。つまり、侵害行為や現在の危難に対し、自らを守り、これを避けるためには父親を殺害せざるを得なかったと訴えたのだ。

「過剰防衛ではないかという可能性も探りました」

大八氏は、過剰防衛または過剰避難としての法的主張もしている。さらに、心神耗弱の角度からも主張を展開した。彼女の異常な興奮状態が、まさに刑の減軽の対象となる心神耗弱状態にあたるという訴えだ。先述した、傷害致死罪の見地からも主張を試みている。犯行時の精神状況や客観的状況から見て、これはとっさの犯行だ。彼女自身の認識は殺意ではなく、これは障害の認識にすぎない。結果的に致死の事実が発生してはいるが、これは傷害致死だ—。
最後に、最大の争点となった刑法第200条の違憲性についての主張を行なった。子はただ親に従わなければならないという服従の道徳思想より、親も子も独立平等の人格者として相互に尊重と理解と信頼の基礎の上に真の親子関係を見ようとする道徳思想が生まれつつある。この見地からすれば、刑法第200条のようにひとつの社会的身分を維持しようとすることは、憲法14条の精神に明らかに反する、そう訴えた。そして昭和44年5月29日、第一審の判決日を迎えた。

掴み取った違憲判決 裁判官に伝わった事件の真意

難しい事件だ。単なる殺人事件の筋立てではなく、憲法違反にまで話を掘り下げた。争点は鮮明にできたのか。証言は適切に引き出せたのか。各種の不安は抱いていたが、公判進行中に裁判官の感触は良かったように感じる。雰囲気や肌感覚では、ある種の手応えを感じていた。裁判官が法廷に姿を現した。

「被告人に対し刑を免除する」

免除ということは、殺人罪自体は成立しているが、その刑を免除するという意味を表す。裁判所は刑法第199条の通常殺人罪を適用した上で、刑を免除すると言っているのだ。尊属殺人罪の規定に関しては憲法違反とした。

「そりゃ、うれしかったですよ。尊属殺人では執行猶予が付けられないからね。無罪の主張をしてはいたけど、そのまま通るかどうかは難しいと思っていた。だから、せめて執行猶予だけでも付けてあげたいと思っていた。そのためには刑法第200条は憲法違反だと認めてもらわないといけない。その主張が通ったわけですから、うれしかったです」

第一審で通常殺人罪が適用され、尊属殺人罪が適用されなかった理由を、大貫氏はこう推測する。

「裁判官に伝わったんだと思うんですよね。この事件はあまりに異常だと。あまりにかわいそうだと。本人の口から細かく事件のあらましを聞いた。そのときに、実刑を下すのはかわいそうだと思ったんじゃないかな」

刑法第200条を違憲と判断した一審判決。弁護側にとっては大きな収穫となった。しかし、検察側は親子間の道徳である孝は人倫の大本として認められており、これに著しく違反する尊属殺人の刑を一般の殺人の刑より加重することは、正義・合目的性の要請に合致するとして、すぐさま控訴した。大貫氏と大八氏の第2の戦いが始まった。

父・大八氏の死 裁判は親子二代の戦いへ

「なんかね、高裁に行ったら雰囲気が違うんですよね。もう、最高裁しか見ていないような雰囲気で。これはマズいなと思いました」

予感は的中した。昭和46年5月12日の控訴審判決は一転、刑法第200条は合憲であるとし、さらに被告の過剰防衛も認められないとして原判決を破棄した。そのうえで、心神耗弱と酌量を認め、懲役3年6ヵ月の実刑を言い渡した。

「なにを言っているんだと頭に来ましたよね。なにを考えているんだと」

大貫氏と大八氏は最高裁で徹底的に戦うことを誓った。新たに決意をもやし、次なる戦いに備えていた昭和46年の初夏、大八氏がガンで倒れる。

「一審から二審までは、父が中心に裁判を進めていたのですが、最高裁からは私がすべて引き継ぐことになりました」

大八氏は倒れたあともこの事件のことを語っていたそうだ。

「心残りの事件が2つある。ホテル日本閣事件(昭和35年から36年にかけて、栃木県の塩原温泉郷にあるホテル日本閣の経営者が殺害された事件)に関連した熊谷事件と、この尊属殺事件だと」

病床に倒れた大八氏は、最高裁での結末を見ないまま帰らぬ人となった。

「それまでは一緒にやっていましたので、相談もできますし、困ったら頼ることもできました。それができなくなったのは寂しかったですし、心細くもありましたよね」

大貫氏と大八氏、親子2代で親と子の近親相姦殺人事件を手掛ける、この奇妙な縁。大貫氏は大八氏の遺志を受けて事件を引き継いだ。最高裁では、この事件は小法廷から大法廷に回されることになった。通常、大抵の上告事件では上告理由書の検討ののちに「上告理由なし」として棄却の決定が行われる。法廷が開かれることもない。

「このとき、若干の手応えを感じたんです。尊属殺合憲説を見直そうとしているのではないかとね。だって、そうでなければ大法廷に移るなんてことはないわけだから」

ひょっとしたらこれは—、いくばくかの希望が芽生えてきた。以前の最高裁判例が破棄されるかもしれない。世論からの注目も集まった。昭和47年5月24日、口頭弁論が始まった。これに先立って、大貫氏は調査官からさまざまなアドバイスも受けていた。

「法律上の論点は決まっているわけですから、弁論の際には回りくどい法律論を話すのではなく、簡潔にまとめなさいといった助言を受けました。というのも、15名の裁判官の方々はみな大御所の先生なわけです。くだくだと長ったらしい話をしていたら寝てしまう(笑)。そうではなく、どうしたら裁判官の耳を傾けさせることができるかに集中するべきだと言われたんです」

大貫氏の口頭弁論は力の入ったものだった。刑法第200条に関する最終段落について引用する。

「刑法第200条の合憲論の基本的理由となっている『人倫の大本、人類普遍の道徳原理』に違反したのは一体誰でありましょうか。本件においては被告人はその犠牲者であり、被害者こそこの道徳原理をふみにじっていることは一点の疑いもないのであります。親子相姦という如き行為は、古代の未開野蛮時代なら格別、人類が神の存在を信じ長い歴史的試練を経て確立した近代文明社会における道徳原理からみれば、何人とも言えども許すことのできない背徳行為であります。
被害者の如き父親をも刑法第200条は尊属として保護しているのでありましょうか。かかる畜生にも等しい父親であっても、その子は服従を要求されるのが人類普遍の道徳原理なのでありましょうか。本件被告人の犯行に対し、刑法第200条が適用され、且つ右規定が憲法第14条に違反しないものであるとすれば、憲法とはなんと無力なものでありましょうか。弁護人は法曹としてその無力さを嘆かざるをえないのであります。また、もしそうであるとすれば、もはや、刑法第200条の合憲論の根拠は音を立てて崩れ去ると考えられるがどうでありましょうか」

最高裁大法廷での緊張感が約半世紀を隔てても伝わってくるような名口調と言えよう。特に終盤の「でありましょうか」との問いかけの迫力には圧倒される。そして運命の最高裁判決を待つことになる。

歴史が動いた瞬間 最高裁の違憲判決


昭和48年4月4日午前10時、最高裁での判決言い渡しが行われた。当日、大法廷の傍聴席は満員だったという。大貫氏は父・大八氏の写真を胸に臨んだ。

「原判決を破棄する。被告人を懲役2年6月に処する。この裁判確定の日から3年間、右刑の執行を猶予する」

歴史が塗り替わった瞬間だった。尊属殺人罪の規定が憲法違反であるという画期的は判断がここに下された。

「進んでいく中で、5〜6割は勝てるんじゃないかという思いがありましたけど、それでもやはり不安でしたよね。違憲判決が出たとき、それはうれしかったですよ。良かったなとホッとしたのを覚えています」

尊属に対する尊重や報恩といった観点からは尊属殺人を普通殺人より重く罰することは不合理ではないが、刑法第200条が尊属殺の法定を死刑、無期懲役に限定している点において不合理であるというのがその理由となった。

「15人の裁判官のうち、14人が違憲との判断だったんだけど、1人は合憲だと言っていてね。『なんだそれは』と思ったけどね(笑)」

現行法の規定を違憲としたのはこれが初の事例。腰が重いと言われた最高裁を、親子二代の弁護士が動かした瞬間だった。世間の好奇の目に晒され、渦中の人であり続けた被告人の女性。最高裁判決後「1日も早く静かな生活を送りたい」と語っていた彼女からは、大貫氏のもとに毎年年賀状が届いていたという。

「でもね、あるとき返事を出したんだ。『もう年賀状を出すのはやめなさい。年賀状を私宛に書くたびにあなたは事件のことを思い出している。一刻も早くすべてを忘れて、あなたの人生を生きなさい』とね。それからは連絡はありません」

大貫氏はいま、現役の弁護士としての生活からは退き、碁仲間との対局を楽しみに、余生を送っている。

※参考資料 「朝日新聞」「読売新聞」「下野新聞」「尊属殺人罪が消えた日」谷口優子著(筑摩書房刊)

大貫正一弁護士プロフィール

栃木県生まれ。中央大学法学部卒業後、教師の道へ。その後、法曹を目指す。司法試験合格後、東京の法律事務所での勤務を経て栃木県宇都宮市へ。大貫大八氏の事務所に参画し、以降宇都宮市を拠点に活動を続ける。栃木県弁護士会会長、宇都宮市顧問、総評弁護団関東支部長などを歴任。趣味はゴルフ、囲碁。

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