経営者と「伴走」するためのビジネスセンス スタートアップ法務弁護士が語りあう
スタートアップ企業への支援ニーズが高まり、法律的な面からの支援も求められています。弁護士ドットコムでは6月26日、スタートアップ法務に注力する弁護士を集めて、対談イベントを開催しました。スタートアップ支援に注力する事務所の経営に携わる菅原稔弁護士(AZX総合法律事務所)、freee株式会社でのインハウスの経験もある五十嵐沙織弁護士(広尾有栖川法律事務所)、ウェブでの集客に力を入れる後藤亜由夢弁護士・公認会計士(東京スタートアップ法律事務所)が、スタートアップ支援に求められる「ビジネスセンス」について語り合いました。 (写真左から菅原弁護士、五十嵐弁護士、後藤弁護士) 企画:弁護士ドットコム企画編集室、文:是永真人 (弁護士ドットコムタイムズVol.72<2024年9月発行>より)
法務部ではなく、経営者が対話の窓口になる
最初に、菅原弁護士は一般的な企業法務とスタートアップ法務の違いについて語りました。
菅原
「大きな違いは窓口相手です。企業法務ではインハウスの弁護士や法務部の方と話すことが多いですが、スタートアップ法務の場合は経営者と対話します。スピード感が早く、相談に対して即レスを求められ、同時に私たちのアドバイスがすぐ経営に反映されます。これは意思決定権者と仕事をする特色だと思います。
最先端のスタートアップ企業だと相談内容も判例や文献がないケースが多々あります。クライアントのビジネスに興味を持ち、法的な部分以外もビジネスの背景や業界のトレンドなどを含め理解することでクライアントのニーズを把握することを心掛けています」
インハウスの経験を持つ五十嵐弁護士も事業理解と伴走支援が大切だと話します。
五十嵐
「私はインハウス時代に法務部の一員として法律事務所に足を運んで相談をしていましたが、事業への理解がある弁護士はとても心強いものです。相談をされる側となったいま、クライアントから『同種のビジネスの案件経験はあるか』と質問されることがありますが、これも事業理解を求めての質問だと捉えています。
また、スタートアップ法務では基本から分かりやすく説明し、ビジネスに伴走することを心掛けています。経営者に『リスクがある』と伝えると、『ではどうすればリスクを回避できるのか』『そのためにどのようなスキームを作るべきか』まで求められます」
チャットツールで即レス要望に対応
顧客への即レスについて、後藤弁護士は徹底的に業務効率化を図ることで実現しています。
後藤
「私はスタートアップ法務に特化し、顧問契約の7割がIT企業です。会わない、電話をしない、という方針で業務の効率化を図っていますが、顧客のITリテラシーが高いため『会って話したい』と言われることはありません。
相談は基本的にチャットワークで、対面や電話といった直接的なコミュニケーションを図らない分、やはり即レスは求められます。ただ、チャットワークは過去のやり取りをすべて掘り起こせるのでとても便利です。ワード検索をすれば2年前の回答も出てきます。時には過去の回答をベースにクライアントに応じて修正を加え、即レスがほしいという顧客ニーズに応えています」
五十嵐弁護士もさまざまなツールを駆使して対応しています。
五十嵐
「即レスで信頼してもらえることは結構あります。『こんなに返信が早いなんて本当に良い先生ですね』と感謝されることも多いです。チャットで法律相談を受け、そのチャットツールで答えたり資料を送ることも多いです。
中には『Googleドキュメントで同時編集しながら進めたい』という要望もあります。弁護士はWordを使う人が多い印象ですが、できる範囲でツールを使いこなせばすごく喜ばれると思います」
ネット集客をする場合、効率を高めることが重要
集客については、菅原弁護士は紹介、後藤弁護士はネットがメインです。
菅原
「私の事務所では、開設時に『ベンチャーキャピタルが投資するようなスタートアップ企業と顧問契約を結ぶ』という戦略を立て、ベンチャーキャピタルとの関係性を深めました。そうやってスタートアップコミュニティに根付き、いまでは相談の多くがご紹介です。
また、スタートアップ関連のイベントや飲み会に積極的に参加し、同世代の起業家との交流を深めてきたことも、ご紹介に繋がっていると思います」
後藤
「スタートアップ企業を集客する上で『東京スタートアップ法律事務所』という事務所名はとても役立っていますね。検索結果の上位に表示されますし、リスティングやSNS広告にも力を入れてネット集客を拡大してきました。
ネット集客の懸念は、クライアントの質を担保するフィルターがないことです。単価も安く設定しているので、中には学生起業家や個人事業主もいます。でも、資金調達する前のクライアントが多いので相談内容のポイントも大体同じなんです。安い単価でネットで集客する、IT系が多いので対面や電話の応対がなく業務の効率化を図れる、成長フェーズも同じ段階なので相談内容も似ている、さらに効率が高まりどんどん開拓できる、というビジネスモデルを構築しています」
簿記2級程度の会計知識があれば役に立つ
身につけておくべき知識について、公認会計士の資格も持つ後藤弁護士は簿記2級程度の知識があれば役に立つと話しました。
後藤
「スタートアップ法務についてまわるのが会計知識です。資金調達や株式売買は切っても切り離せない話題だからです。経営者間で株式譲渡をする際も、『相手方の弁護士がこんな評価を出してきた』と相談されることがあります。税理士法との兼ね合いから税務アドバイスは一般論に留めていますが、相手方の弁護士を説得するツールとして会計の知識は大いに役立ちます。ただ、公認会計士の資格までは必要ありません。簿記2級の知識で十分です」
菅原
「いまの株式譲渡の例だと、「誰の課税がいくらになるか」などを簡単に説明できると話がスムーズに進み信頼関係を築きやすいです。うちの事務所は税務や会計を含めたワンストップファームの体制を敷いていますが、それでも新人弁護士には簿記2級の資格取得を推奨しています」
五十嵐
「私は公認会計士の資格を取りたい派です。経営陣と会話をする際に、会計知識があったらよかったと思う場面が時々あります。また、監査役をしているので、会計監査に関する知識の必要性を感じています」
ビジネスセンスとは相手を知ろうとする姿勢
スタートアップ法務に必要なビジネスセンスとは何でしょうか。
五十嵐
「インハウス時代、外部弁護士と法律の話をしていても、事業部の人たちの方が話を深く理解しているように感じたことがあります。その時に、事業を理解することの大切さを思い知ったのですが、突き詰めると、ビジネスセンスって何だろうといまでも考えます」
後藤
「人間力だと思います。経営者の人たちは私たちの法的知識ではなく、見せ方、喋り方、飲み会での立ち居振る舞いなど、社会人力、人間力を見ていると感じます。私も細かい情報からその人の人となりを知ろうと心掛けていますし、チャットの語尾に『!』を付けているかどうかで文体を変えています」
菅原
「私も同感です。クライアントのビジネスについて『こんなことを聞いたら何もわかってないと思われるかもしれない』と質問を躊躇したことが誰しもあると思います。でも、スタートアップ法務ではその質問を聞いて『頼りない』と思うクライアントはほとんどいません。みんな自分たちのビジネスに興味を持って質問してくれることが嬉しいのです。弁護士のプライドや固定観念をなくし、ビジネスパーソンとして対等に対話する。その心構えを持てることが、ビジネスセンスがあるということではないでしょうか」
【プロフィール】
菅原 稔 弁護士(AZX総合法律事務所)
第一東京弁護士会所属。65期。2013年に事務所に入所して以来、一貫してスタートアップ関連の法務支援に従事。2016年には大手スタートアップキャピタルにも出向。現在、事務所のマネージングパートナーCOO。
五十嵐 沙織 弁護士(広尾有栖川法律事務所)
第一東京弁護士会所属。66期。弁護士登録後、法律事務所、野村総合研究所のコンサルタント、freee株式会社の企業内弁護士などを経て、2023年に独立開業。複数の企業の監査役(常勤含む)を務める。
後藤 亜由夢 弁護士・公認会計士(東京スタートアップ法律事務所)
東京弁護士会所属。71期。2007年に公認会計士試験に合格して、有限責任監査法人トーマツに入所。2017年に司法試験に合格して、2019年より現在の事務所でスタートアップ法務に携わる。