日本一の法曹養成家が掲げる司法界の「多様性」 伊藤真氏ロングインタビュー

司法試験合格者の70%以上を輩出する受験指導校の塾長である伊藤真弁護士。憲法の理念を実現する活動や憲法訴訟の従事するほか、複数の組織の経営者として、多彩な顔を持ち続け、活躍する。弁護士として40年、一貫して「憲法」と「教育」にこだわりながら、新たな課題も提示する。かつての教え子が多数活躍する司法界に向け、今、何を伝えたいのだろうか。
取材・文/浅川淑子 Interview&Text by Yoshiko Asakawa
伊藤塾塾長・法学館法律事務所 弁護士 伊藤真氏 Makoto Ito
(弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.40<2019年1月発行>より)

目次

  1. 弁護士の資格で自分の幸せを実現
  2. 憲法の理念を広めるため 新たな受験指導校の設立へ
  3. 国際派、起業家、政治家 多様な教え子の活躍が喜びに
  4. 不合格であっても失敗はない 新たな道を切り拓いて
  5. 試練の経験から 「我」を捨て社会の貢献へ
  6. 何が幸せかを再認識 子どもたちの笑顔ある社会を
  7. 多様性が失われる社会 司法の世界にも蔓延
  8. 「マイ・プリンシプル」を持ち 「ゆっくり、急げ」

弁護士の資格で自分の幸せを実現


「40年近く前に法曹養成を始めた頃から、憲法の価値を伝えたいと思ってきました。憲法13条の個人の尊重を中核にした憲法の価値を広げたいというのは、私の軸。全くブレずにきています。もう一つの軸が教育です。どのようにしたら人は成長し、より、自分の幸せを実現できるか。それを応援したいと思っていることも、ずっと変わりません」

憲法や教育についての蔵書がびっしりと並ぶ、かつて教室に使われていたという一室で、伊藤真弁護士は自身の活動の軸についてこう話す。いまや日本一の司法試験合格者を輩出している受験指導校の塾長兼現役講師として、週3回、未来の法律家に法の原理や解釈を伝える伊藤氏。その一方、「憲法の理念を伝える伝道師」として、一般市民を対象にする講演会の全国行脚もする。憲法訴訟の裁判では、裁判官を前に対話の姿勢を見せる。自らの理念を体現する「法学館」の経営者の一面もある。多彩な活動を支える根幹には常にブレない軸がある。幅広い場で活躍する伊藤氏は、いわゆる「弁護士らしい弁護士」ではない。しかし、弁護士の肩書きで職務を全うするのには大きな意義があるという。

「塾を立ち上げるとき、弁護士登録を抹消しました。当時は弁護士との兼業が難しく、いろいろなことを言われた時期。肩書きは、いらないどころか、邪魔でした。復活させたのは、社会に向かっての発言力が増すからです。塾長伊藤真より、弁護士伊藤真の方が目に留めてもらえる。憲法訴訟を起こすにも、資格はあったほうがいい。弁護士らしい仕事にこだわる必要はない。大事なことは、それを使って、何をするかですから」

そう考える伊藤氏は、憲法や教育という確固とした軸を持ちながら、ここ10年ほどで問題意識に変化が出た部分もあるという。

「人の幸せづくりの応援をしたいと思っている部分は、ずっと変わりません。ただ、中身や具体的な方法は重点が動いてきました。当初は、憲法なら個人の尊重や立憲主義、つまり憲法13条を伝えるところに主眼がありました。ここ10年ほどで、憲法9条に視点が動きました。平和について、もっと多くの人に伝えたいと考えています。教育も、当初は受験生だけでしたが、社会人や中高生に向けてと、対象が多様になりました。もっと学ぶ楽しさや意欲を伝えたい。その幅が広がってきたのです」

メディア出演における立場の違う識者との討論、塾への外国人社員の登用、農業法人の立ち上げなど、関わる世界も幅を拡大させて来た。その根底には常に、多様性へのこだわりがあった。

憲法の理念を広めるため 新たな受験指導校の設立へ


1984年に弁護士登録した伊藤氏。早々と受験指導の世界で看板講師の地位を不動にする一方、民事刑事等の弁護士業務もこなしていた。憲法を伝える活動の一環だ。

「駆け出しの頃は、依頼者の方、被疑者被告人の方に憲法の話をしては鬱陶しがられていました(笑)。離婚案件で一件落着した依頼者の方には、『離婚しても人生はいろいろ。女性にも活躍の場があるし、社会の目を気にする必要はない。辛いことがあっても、堂々として大丈夫。あなたを尊重していると憲法が言っている』。そんな話をしていたんです」

交通事故案件でも、罪を償う依頼者へ憲法13条を根拠に励ますことがあった。

「『たとえ執行猶予がつかなくとも、刑期を終えればまた人生が始まります。償いはしなくてはいけない。でも、あなたの人生だからどう生きるかは、堂々と自分で決めればいい、あなたの存在にはちゃんと価値があります』。そう話していたんです」

依頼者が気付いていない幸せを提示するように、自ら憲法価値、憲法の理念を伝えていた。しかし次第に、直接伝えられる規模の限界も感じるようになる。

「事件は年間50件受任できればいい方でしたから、20年続けてもせいぜい1000件。それでは少ない。理念を広げてくれる人を増やしたいと思ったのが、憲法や教育の世界に軸足が移っていくきっかけでした」

やがて1995年、11年勤めた会社を辞職し、自らの塾を立ち上げる決意をする。伊藤塾の誕生だった。

「日本で初めてきちんと法曹養成できる仕組みを作ってきました。今では当たり前ですが、日本で最初の初心者向けの入門講座や、自宅でカセットテープを聞いて勉強できる通信教育の仕組みを作り、模範答案の作成や過去問の検討も、初めてやりました。今までになかった方法を追求しながら、法学部以外出身、社会人出身の法曹を輩出したいと思ったのです」

多様なバックグラウンドを持つ人々が法律家になるべきだという信念のもと、大学受験に失敗した人や、学歴にコンプレックスを持った人、障がいのある人にも門戸を開き、法律を学ぶ過程で力を身につけてもらいたい。それこそが伊藤氏の夢だった。

「従来通りの、弁護士らしい弁護士の仕事もとても意義があります。ですが、そんなの弁護士の仕事なの?という仕事も切り拓き、新しいことをやってほしいと思ったんです」

開塾して20年以上経った今、かつての教え子が法曹の内外で活躍する姿を見るのが何よりの喜びだという。

国際派、起業家、政治家 多様な教え子の活躍が喜びに


伊藤氏の教えを受け、法曹の世界に巣立った人材は多様だ。民事・刑事事件で活躍する弁護士から、国際NGO、企業の経営者、政治家まで幅広い。なかには、直接面識がない中、教え子の活躍を、著作を通じて知ることもあるという。

「つい先日目にしたのが、橋下徹さんと、木村草太さんの対談である『憲法問答』という本です(徳間書店刊)。このあとがきに、橋下さんが私のことを書いてくれているんです」

法律婚尊重の不平等性や法の支配、憲法裁判所の必要性など、全302ページに及ぶ対話形式の憲法論。あとがきで橋下氏は、かつて伊藤氏の講義をカセットテープで聴いた思い出とともに、伊藤氏によって「何が正解かわからないなかで正解に近づけていくプロセスを重視する」方法を確立したと綴っている。

「これは本当にうれしいですね。私が伝えたいことを受け取り、根本的な発想や考え方を共有できているわけです。個別の論点で考え方は違っても、議論ができることが大切。今の時代に欠けている部分です。こうした影響力のある方が、自分に取り込んだことをさらに広げてくれる。法教育をやりたいと思ったときの夢が実現していると感じます」

他の指導校で門前払いされたという障がいのある学生を、全面的にバックアップした経験もある。

「全盲の大胡田誠さん(弁護士法人つくし総合法律事務所)です。他の学校で勉強したいと言っても、視覚障害者の指導経験がないと拒否されたと言います。まさにそういう人こそ、法律家になってほしいと、テキストをデータで渡したり、できる限りの支援をしました」

のちのロースクール一期生として、日本で3人目の全盲弁護士として現在も活躍する大胡田氏。伊藤塾が主催する実務家講演会「明日の法律家講座」に2010年に登壇した大胡田氏は「お陰でみなさんと同じように勉強ができ、合格もできた。一人の人間として人権が尊重され、周囲の人たちと同じように社会の中で生活ができる、そんな社会に変えていく必要があるのではないでしょうか」と語ったこともある。塾への感謝とともに、かつての師の教えを、後進に伝えた形だ。伊藤氏は、ある言葉に感銘を受けたとも話す。

「ある日、大胡田さんがぼそっと言ったんです。『不自由が人を自由にする』と。『もし自分が健常者なら、司法試験には挑戦しなかった。目が不自由だから必死に学校を探して、努力をして、その結果、今こんなに自由に弁護士の仕事をさせてもらっている』って。誰もが制約の中で生きていますよね。お金がない。時間がない。情報がない。制約の中で、どう突破するか。創意工夫をして自らを成長させて、自由に生きていく道が広がっていくんです」

不合格であっても失敗はない 新たな道を切り拓いて


多彩な人材を輩出する一方、伊藤氏は不十分な点も感じているという。

「一つは合格後の若手弁護士の支援です。安心して仕事に向き合える仕組みを作っていきたい」

そしてもう一つ。

「私は、日本で一番司法試験の合格者を送り出していますが、同時に一番不合格者を作り出した人間でもあります。『お前がオレの人生をダメにした、どうしてくれるんだ』。『言われた通りにやったのに受からない、どう責任を取るのか』。こんな厳しい言葉や非難も受け続けてきました。しかし、仮に不合格になり、別の道に進んでも、伊藤真の話は役立っていると言ってもらえることが私の大きな夢。まだまだそこは力が足りていません」

残念ながら、不合格。でも、残念ではない。不合格の結果に自分で新たな意味を与えていけばいい。法務知識を活かす会社員、公務員、司法書士、行政書士、パラリーガル、起業、政治家など、それぞれの道で新たな人生を切り拓いてほしいと伊藤氏は加える。

「その時は失敗したなと思っても、後から振り返れば、失敗をプラスに転換することができます。それは私も経験しましたから」

伊藤氏が経験した数々の「失敗」。それらがプラスに転換されている現実が、言葉の真実味を裏付けている。

試練の経験から 「我」を捨て社会の貢献へ


「人間は、試練や修羅場を経験しないと成長しません。逃げたくなっても、そこから逃げない。直面したときには、ラッキーと思うことです」

力強く話す伊藤氏であるが、受験指導に入ったころ、修羅場の連続だった。

「当初から、いつまでそんなこと続けるの?と言われました。法廷に行かず、裁判をやらず、何やっているんだと見られる。『弁護士らしい弁護士』という枠があるんですね。大学教授からは、学生が授業に来ない、テクニックばかり教えているといわれのない非難も受けました。存在自体が鬱陶しいという人もいたと思います」

看板講師として活躍した職場から独立し、指導校立ち上げの準備をしていた1995年、前の職場から競業行為による営業差止仮処分を提起されたこともあった。

「営業差止ですから、もし禁じられたら何もできなくなる。法律家の威信をかけて勝たなくてはいけない裁判でした。相手方は錚々たるメンバー。こちらは、少数精鋭。必死でしたね」

伊藤氏らは、就業規則らの有効性や合理性を争い、労働法の判例にもなった判決を勝ち取った。

「この訴訟で当事者になり、訴えられて被告になることがどれだけ大変か初めてわかりました」

2004年に始まるロースクールの立ち上げを準備した際には、さらなる試練が襲いかかった。

「文科省は、要件は全て認めたのに、ある大学教授から伊藤真には作らせないと不認可。全て台無しになりました。そういう世界だからということでした。あの時は、こんなにも嫌われていたのかと愕然としましたね。億単位の損失と、風評被害。ピンチでした」

自身の理念を体現する使命に駆られて創立予定であった、新たなる法曹養成の場。法廷教室を作り、教授陣も決まっていた。しかし、実現の道は絶たれた。

「先生方の信頼は裏切る。塾生の保護者からは『国に認められない塾に行っても意味がないからキャンセルする』と押しかけられる。大変でした」

だが、この経験は、伊藤氏の針路を大きく変えた。自ら「失敗」と語る経験の背景を、次のように続ける。

「『私が』日本一のロースクールを作ろうとしたんです。法曹養成のキャリアを積んだ自負がありましたから、経験もあるし、ノウハウもある。しかし、それは大きな誤りでした。自分中心で、我が強かった。社会のために貢献するにはどうしたら良いか、それを第一に考えていなかったのです」

不認可を突きつけられて目覚めた視座の転換。この経験のおかげで、現在があると続ける。

「もし認められていたら、『私たちの』ロースクールに来た学生にしか教えられませんでした。しかし、今は全国の法曹希望者に教えられます。かつて大学受験に失敗した人。『やんちゃ』していた人。学歴にコンプレックスがある人。もちろん、ロースクール生にも教えられます。試練を乗り越えることで一皮剥け、自分がやるべきことをやろうと思えました」

経営面でも大きな転換を図り、家賃数千万円の支払いが発生する広大な教室でのライブ授業をやめ、全国で視聴できる動画配信を日本でいち早く導入した。経営に影響すると危惧して控えていた「憲法」の理念も、躊躇することなく前面に出した。

「他にも失敗はありますが、失敗を受け入れながらも、失敗では終わらせない。人には、残念な失敗はないなと思えるようになります」

何が幸せかを再認識 子どもたちの笑顔ある社会を


伊藤氏は、これらの失敗に直面した時、幼少時代の記憶が脳裏に蘇ったという。

「カトリックの幼稚園に通っていたのですが、そこでお祈りをさせられていました。『世界の皆さんが幸せになりますように。日本の皆さんが幸せになりますように。家族が幸せになりますように。自分が幸せになりますように』。教えられたわけではないですが、自分のことは最後。小さい頃からそうだったのですが、しばらく忘れていたんですよね」

同時に、何が自分の幸せか。それを再び意識するきっかけにもなった。

「『法学館・伊藤塾』の理念は、世界の幸せの総量を増やすこと。そこをはっきりと自覚できました。ある日、家族連れでごった返している京都駅でふっと思ったんです。子どもたちが家族と一緒にいて、うれしそうな顔をしている。こういう日本を残さないといけないと。涙が出るほどでした。私は戦争を知らない。日本は平和を維持している。こんな素晴らしいことはない。子どもたちの笑顔を残さなくてはいけないと、本当に思います。京都駅の新幹線ホームの雑踏の中でこんなことを考えているのは、私くらいだろうと笑ってしまいますけどね」

子どもたちのため、社会のためにできることとして、自身の強みが何か、再認識する機会にもなった。

「私の強みは、きれいごとを、まともに言い続けられる単純さです。憲法価値もそう。『やればできる!必ずできる!』もそう。『そんなのはうまくいかない』と斜に構える人が多い中で、『平和や自由っていいよね』と言い続ける。『憲法9条なんかで平和になるのは楽観主義者だ』と言われても、理想を言い続ける。そういうピエロみたいな存在がいてもいいと思うんです。どんなに辛い方向に行く場合でも、一人ひとりが大切にされる世界がいいですよね。戦争をなくそうと、きれいごとを真正面から言い続けるのは、相当エネルギーのいること。でも、それが自分の役割だし、自分の幸福追求だと思うようになったんです」

多様性が失われる社会 司法の世界にも蔓延


数々の苦難を経験し、栄光をも掴んでいる伊藤氏は、現代社会において多様性や寛容性が失われている問題が、司法の世界にも蔓延していると嘆く。2018年10月、最高裁が、東京高裁の岡口基一判事に戒告処分を下したことを例に挙げて語る。

「いろいろな裁判官がいてもいいではないですか。弁護士も多様な人材が必要なように、裁判官も多様であるべきです。裁判官、検察官はこうあるべき、というのは良くないと思う。たとえ意見が違っても、多少不愉快に思う表現活動があっても互いの個性を認め、尊重し合うことが民主主義であり、表現の自由です。それができる人間こそ、法律家になってほしいのです」

伊藤氏はこのような自らの主張を、法廷の場で直接訴えることもある。2018年11月に開かれた一人一票実現訴訟の弁論期日では、大法廷に臨席する最高裁裁判官を前に、対話する姿勢を前面に出して、法廷の場での多様な議論の意義を訴えた。

「大法廷は、裁判官15人の皆さんと、対話するこの座席の構造に意味があります」

「『上告人の論旨は採用しない』と一言で終わらせるのは違う。違憲でないというなら、理由をしっかりと書いていただきたい」

「近い将来、裁判官は人工知能にとって代わられると言われています。先例に従って答えを出すことこそ、人工知能の得意とすることです。最高裁が、先例に縛られて、新たな創造をしないのでは、司法の未来はありません。最高裁は、最高の裁判をするという国民の期待にぜひ答えてください」

こうした憲法訴訟に参加することは「一銭のお金にもならない」という。しかし、それでも伊藤氏にとっては自らの幸せを感じられる場であり、挑戦する姿を示すことが、自らの使命であるともいう。

「何を目指そうかわからないと迷っている皆さんがいれば、共に打ち込めるものを見つけていければうれしいと思います。飛び込んでみることで、自分が本当にやりたかったことは何か、見つけられると思います」

迷っている後進がいれば、共に歩みたい。各自の得意不得意を生かし、自由な発想で創造的な仕事をする法律家を増やしたい。それも、伊藤氏の願いのひとつだ。

「マイ・プリンシプル」を持ち 「ゆっくり、急げ」


今、法曹の場では、伊藤氏の講義や教材により司法試験の合格を手にした多様な人材が、長年のキャリアを積んできた先駆者とともに、新たな司法の世界を作り出している。法律家の同志として、日々研鑽を積む弁護士に何を伝えたいのだろうか。

「憲法価値を実現する法律家として、力を尽くしてほしいですね。平和でなければ、私たちの仕事はありえない。平和を大切にする方向で考えてほしいと思います」

どのような弁護士であってもいい。しかし、どのような弁護士であれ、必要なことは「マイ・プリンシプルを持つことだ」という。

「何のために生き、何を幸せと感じるのか。自らの生き方の価値基準を明確に持つことが必要です。弁護士になってどのように活躍することが幸せなのでしょうか?弁護士にならなくてもお金を稼ぐことはできる。では、何が大切で、何が幸せか。穏やかに過ごすことが幸せでもいいんです。法律家のあり方も多様です。オーソドックスな仕事も大事だし、新たなことに挑戦したり、たくさんの人に出会ったりすることも大切です」

日々の業務の中で、自ら困難な課題に果敢に挑戦し、成長を実感することも大事な経験だという。

伊藤氏の講義で学んだかつての塾生には次の言葉も伝えたいという。

「『Festina Lente』を思い出してください。ゆっくり、急げ。アウグストゥス(ローマ帝国初代皇帝)の言葉です。何があっても、慌てず、焦らず、諦めず。仕事がうまく行っているときに焦って失敗することがある。うまく行っていないときに慌てることがある。でも、人生長いんだから、元気で健康に生きることが大事。自分の人生をどう生き抜くかは、自分で決めればいいんです。専門分野が大好きなら、それを突っ走ればいい。肩書きのせいで新しいことに挑戦できないなら、弁護士らしさにこだわることもない。法律家の仕事は、依頼者のために最善を尽くすこと。他者のために自己の最善を尽くしきる生き方をしていれば、良い循環が生まれ、いつか必ず、誰かが自分の味方になってくれます」

過去に縛られず、未来を恐れず、今を大切に、懸命に生きること。そして、他者のために最善を尽くしきる。長い経験の中、多様な人々に支えられてきた自負があるからこそ、後進への言葉にも重みが増す。還暦を迎えた「憲法の理念を伝える伝道師」は、自らが目標とする寿命150歳に達するまで、理想を掲げながら、社会の幸せを支援する活動を続けていく。その道は、次世代の法律家にもつながっていくのだろう。
Profile|伊藤真氏
1981年司法試験に合格。1982年東京大学法学部卒業後、司法 研修所入所。1984年弁護士登録。合格前から司法試験の受験 指導に当たる。1995年に「伊藤真の司法試験塾(現伊藤塾)」、 2002年に「法学館憲法研究所」、2007年に、「法学館法律事務 所」を設立する。2009年に「一人一票実現国民会議」、2016年 「安保法制違憲訴訟の会」を立ち上げるなど、幅広く活躍する。
弁護士ドットコムのロゴ

記事のタイトルとURLをコピー