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「歯」の電子カルテの「データベース」構想 遺体の「身元確認」のために必要なのか?
歯科の電子カルテの標準化やデータベース化には、法的な問題はあるのだろうか?

「歯」の電子カルテの「データベース」構想 遺体の「身元確認」のために必要なのか?

津波被害の大きかった東日本大震災では、遺体の損傷がひどく、容姿や衣服などから「身元」を特定できない場合が少なくなかったという。そんな中で頼りにされたのが「歯」の情報だ。しかし、資料となるカルテの多くが津波でなくなってしまったうえ、紙や電子のかたちでカルテが残っていても、形式が統一されていなかったため、照合に時間がかかってしまった。

こうした反省から、厚生労働省は遺体の身元確認に歯の情報を活用するため、歯科医の電子カルテの標準化に動きはじめたようだ。さらに将来、歯の電子カルテがデータベース化されれば、災害時の身元確認が円滑に進むことが期待されるという。

しかし、見方を変えると、データベース化は、歯医者を通じた国民の管理といえなくもない。電子カルテの標準化やデータベース化には、どのような法的な問題があるのだろうか。歯科医師の資格も持つ元橋一郎弁護士に聞いた。

●「身元確認のための電子カルテ標準化」は本質的な議論ではない

「災害被災者の身元特定のために歯科電子カルテの仕様統一を図るという提案は、眉唾な話ではないかと思います」

このように元橋弁護士は疑問を呈する。そのうえで、歯のデータの提供に関する法的側面について、次のように説明する。

「身元確認のための歯科診療情報提供は、本人の同意が得られていない場合でも、個人情報保護法23条1項3号の『公衆衛生の向上』にあたるとして、警察等に診療情報を提供する余地はあります。歯科医師には刑法上の守秘義務(刑法134条1項)がありますが、正当業務行為(同法35条)として解除されるかもしれません」

身元確認をスムーズにおこなうために「歯の電子カルテ」の標準化をおこなうというプランには、どのような意味があるのか。

「たしかに、歯科電子カルテの仕様が統一されていれば、遺体の歯の抜け方(残り方)や歯の治療跡等のデータと照合する作業がいまよりも容易になるでしょう。しかし、遺体の身元は、これらだけでは確定できず、写真やレントゲン、模型等が必要です。

すなわち、カルテが電子化されるだけでは、レントゲン等の提供までは容易にならないので、身元確認のために歯科電子カルテの様式を統一しようというのは、本質的な議論ではありません」

●電子カルテの標準化のメリットとは何か?

このように元橋弁護士は指摘する。では、「歯の電子カルテ」の標準化は必要ないのか。元橋弁護士は「そうではない」という。

「歯科電子カルテの仕様統一には、次のようなメリットがあります。

(1)診療報酬の電子請求が容易になる

(2)歯科カルテの記述が不十分であることの改善策となる

(3)歯科カルテは自費診療と保険診療の診療録が分かれているが、その統一が図られ、診療報酬の二重請求や診療経過の不明確性が改善される

(4)インプラントやパーセレン冠等の高額自費診療の際の患者への説明、患者の同意が、歯科カルテ上に明確に記載される可能性がある」

つまり、災害時ではなく、日常的な診療の場面を考えても、歯科カルテの電子化や標準化は推進する意義があるというのだ。

「歯科カルテの電子化や仕様統一は、災害時の遺体の身元特定という例外的な事項から論じるのではなく、歯科医療を患者にとってより分かりやすいものとすることができるか、社会全体のコストを抑えることができるか等の観点から、推進の是非を論じていくべき問題と考えます」

最近は、歯科診療の場面でも、電子カルテは当たり前の光景になりつつある。社会全体のIT化の流れからすれば当然といえるが、デジタルデータは流出したら簡単に拡散してしまうというリスクもあるので、個人情報保護に細心の注意をはらいながら、有効活用をしていってもらいたい。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

元橋 一郎
元橋 一郎(もとはし いちろう)弁護士 神田お玉ヶ池法律事務所
東京弁護士会所属、歯科医師 借地、競売等の不動産関連事件、成年後見関係、医療過誤事件等を取り扱っています。 神田お玉ヶ池法律事務所

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