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「明日ママ」見ても傷つかない社会に――人権NGOが指摘する「児童養護施設」の現実
ヒューマンライツウォッチ日本代表の土井香苗弁護士

「明日ママ」見ても傷つかない社会に――人権NGOが指摘する「児童養護施設」の現実

親のいない子どもや、実の親から適切な養育を受けられない子どもたちを不必要に「施設」で育てるのは人権侵害だ――。人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW、本部・ニューヨーク)が5月に発表した報告書が、大きな話題になっている。

子どもの権利条約では、子どもは「家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべき」だとしている。また条約の履行状況をモニタリングする「国連・子どもの権利員会」も「子どもの施設入所は最終手段」であると述べている。

ところが日本では、約3万9000人(2013年)の「代替的な家庭」を必要とする子どものうち、里子として家庭に受け入れられている子は15%に満たない。9割近くが乳児や児童養護施設など施設に入所しているのが現状だ。養子という形で新たな家庭で暮らせることとなった子どもは303人(2011年、児童相談所経由)にとどまる。

なぜ、そんなことになっているのだろうか。HRW日本代表の土井香苗弁護士に話を聞いた。

●「家庭には必ずあって、施設にはないもの」とは・・・

「子どもの感じている寂しさと、それに対する大人の無関心さを見た」

土井弁護士は調査をこう振り返った。調査では、子どもの利益をないがしろにし、「大人の利益」を優先してきた政府の怠慢が浮かび上がってきたという。

「(子どもが入所する)施設の環境が良ければいいという問題ではありません。もちろん施設で虐待はあってはならないのですが、広くいじめがはびこっています。しかし、そもそも『施設である、家庭ではない』ということも大問題なんです」

土井弁護士はこのように憤る。なぜ問題なのだろうか。

「一番重要なのは、子どもが、特定の大人と1対1の関係が築けるかどうか。1対1の特定の大人との   アタッチメント=愛着  を築く環境が、家庭には必ずあります。けれど、施設の人は死ぬまでそこにいるわけではない。1日8時間労働の交代制で、1日の中だけでも、くるくる変わってしまう」

HRWの報告書は、「特定の大人と愛着関係を築くことは、子どもの年齢が低ければ低いほど、心身の発達に大きな影響を与える」として、0歳から2歳までの子どもが送られる「乳児院」の廃止を強く求めている。

●子どもが施設に入るのは「大人の都合」

日本の施設における養護は、他国と比べると突出して高い。


(ヒューマンライツウォッチ提供)

「施設への入所は最終手段」という原則は、なぜ、ないがしろにされてきたのだろうか。土井弁護士は、その原因は児童相談所など行政の姿勢にあると指摘する。

「大人には子どもの利益とは相反するような既得権益がたくさんあります。大人の声のほうが大きいから、そちらを検討してしまう。子どもには選挙権もない、この子どもたちには代わりに代弁してくれる親もいない、だから、そもそも声がないと言えるでしょう」

相反する利益とは何だろうか。

「大きく分けて、3つの相反する利益があります。実親の利益、施設の経済的な利益、そして大人が自分たちの忙しさを減らすことといった利益ですね」

HRWは報告書の中で、子どもの措置先を決める児童相談所に対して、家庭環境で子どもを育てることができる「特別養子縁組」や「里親委託」をより重視するよう求めている。

政府も近年、里親委託を推進させる動きを見せている。ところが実際には、『子どもを里親にとられてしまう』と危ぐした実親が、里親委託に同意しないケースも多いという。これを乗り越えるには児童相談所が家庭裁判所に申し立てを行う必要があるが、実際にはほとんど行われていない。

施設の運営費は子どもの数に基づいて支給されるため、里親縁組が増えて児童数が減ると施設への支給費も減る。施設との関係が損なわれることを懸念する児童相談所の職員が、本格的な里親委託には舵を切らない現実もあると報告書は指摘している。また、里親と子どものマッチングや支援などは、いっそう職員の負担を増やすことになり、そこまで手が回らないのが現状だという。それを補う人員配置に向けた政府の予算措置もされていない。

「役所の人たちの多くと話していると、『子どもの最善の利益』を考えていない――しかも、それを問題だと思っていない――と感じます。大人の利益を中心にするという姿勢には、腹が立ちます」

HRWが今回出した報告書には、大きな反響があった。なぜ、児童養護の現実は、これまであまり知られてこなかったのだろうか。

「私は政府の怠慢だと思っています。日本における、現在の社会的養護のシステムは戦後にできました。戦争孤児がたくさんいる時代に、多くの子どもを生かすためにできたシステムが、そのまま今に至っているのです。日本の政府は、時代に合わせた改善・改革をずっと怠ってきました」

●「明日ママ」見ても、誰も傷つかない世の中に

「日本では、施設での虐待などが注目されるばかりで、根本的な原因は何なのか、どうやってシステムを改善していけばいいのか、という話に全くなっていません。

たとえば、最近、『明日ママがいない』というドラマに賛否両論の意見が寄せられました。ドラマの内容には、今回の報告書と重なる問題提起が随所に散りばめられていましたが、目立ったのは、『ドラマを見ることによって施設の子どもが傷つくのではないか』という議論ばかり。

けれど、本来は、ドラマを見て誰かが傷つくような『現実』をなくさなければならない。ドラマを単なる『フィクション』だと思って見ることができる社会にしなければいけません」

今回の調査は、東日本大震災による震災孤児の現状を把握することが、そもそものきっかけだったという。日本は地震大国だ。万が一、親が犠牲になれば、我が子は社会的養護の下で育てられることになる。

「自分が死んだ後、子どもがセカンドベストの人生を歩めるのだと思えなければ、親は死んでも死にきれない。すべての人に、自分のこととして考えてほしい」

土井弁護士は、力を込めて締めくくった。

HRWはこの報告書にかんしてドキュメンタリー動画を公開している。

http://www.bengo4.com/topics/1790/

【取材協力】

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)

1978年、設立。ニューヨークを本部に、世界90か国で活動する国際人権NGO。子どもの権利をはじめ、女性、障がい者、難民など様々な人権問題に対して徹底した調査を行い、政策提言を行うことで知られる。

HP:http://www.hrw.org/ja

(弁護士ドットコムニュース)

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