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「落書きを消しても明るい気持ちになれない」 ある在日韓国人からみたヘイトスピーチ
東京・新大久保で「差別落書き」を消す活動に参加した人々(撮影:島崎ろでぃ)

「落書きを消しても明るい気持ちになれない」 ある在日韓国人からみたヘイトスピーチ

東京屈指のコリアンタウンとして知られる新大久保。街には韓国料理店や韓流スターの雑貨店が並び、平日・休日を問わず、K-POPファンや観光客でにぎわっている。

昨年は、在日韓国・朝鮮人への差別感情を煽るヘイトスピーチ・デモが繰り返しおこなわれた場所としても、注目を浴びた。新大久保でのデモは、それに抗議する人々の活動もあり、ここ最近は休止状態になっている。しかし、街を歩くと目につくのが、韓国・朝鮮人に対する「差別的な落書き」だ。(取材・構成/松岡瑛理)

●明るいニュースはテレビ映えするが・・・

3月上旬、ヘイトスピーチへの抗議行動をしてきた人々がツイッターなどで呼びかけ、料理店や民家の壁に残されたそんな落書きを消して回った。その模様は、NHKをはじめとするマスメディアでも報じられた。

その翌日の東京都庁前。「反差別」をテーマにした街頭スピーチで、「落書き消しに参加した」という在日韓国人の男性がこう話した。

「ああいう明るいニュースはテレビ映えするんだと思いましたが、落書きを消していて、明るい気持ちになることはまったくないです。今回は日本の人が一緒にやってくれたけど、在日だけだったらどんなに惨めな気持ちだと思いますか?」

この男性は、都内でマーケティング会社を営む金正則さん(59)。落書き消しだけでなく、排外的なデモに対する抗議行動にも、ときどき参加しているという。

●「普通のサラリーマンになってみたかった」

金さんは、宮崎県延岡市の出身。幼いころ、在日一世にあたる両親は廃品回収業を営んでいた。高校卒業までは「林」という日本名を使っていたが、大学進学で上京したのを機に「金」を名乗るようになる。小学生の時は、自分が在日であることを他人に「知られてはいけない」「知られたくない」と思っていたが、ある時期からそんな自分を恥ずかしいと思うようになったという。大学卒業後は、広告代理店に入社した。

「当時は在日だと、公務員にも弁護士にもなりにくかった。社会に出る時には、職業的な志より先に、普通のことをやりたいというのがありました。『普通のサラリーマン』になってみたかったんです」

一般の企業でも、外国籍や、まして在日韓国人の本名での就職は難しい時代。断られ続けたなかで何とか就職先を見つけた。金さんの出た大学で、本名で就職できた初めての在日韓国人だったという。「本名で仕事をして社会に関わっているので、『在日であること』に時間を割くのは、それで十分」と思っていたという金さん。30歳のときに、マーケティング・プランニング会社を設立、仕事一筋といえる人生を送ってきた。

転機となったのは昨年2月、ツイッターで流れてきたニュースを通じて在特会のデモを知ったことだった。動画でデモの様子を見てショックを受けた金さんは、社会人になって以来、『在日であること』をサボってきた自分を反省し、デモの現場に足を運ぶようになる。しかし、当初は直接、抗議できなかったという。

「もちろん恐怖もあるけれど、デモの参加者から『お前、朝鮮人だろ』『朝鮮人がなに言ってるんだ』と言われてしまうと、答えようがないんですよ。会社のなかで聞く、『課長の分際でなに言ってるんだ』に似ている。相手から自分を位置づけられ、何を言おうと、強制されたその位置づけの自分になってしまう。差別が持つ構造的な罠、差別が強いる沈黙です」

●「ヘイトスピーチは人の心を破壊するが、罪にならない」

差別落書きを消す活動を知ったのも、ツイッターがきっかけだった。以前、京都を訪れたとき、在日韓国・朝鮮人の人々が多く住む地区の公園で、新大久保と同じような差別的な落書きを目にしたことがある。そのときの『自分達への差別落書きとともに生きている人がいる』という実感の記憶がよみがえった。

憎悪が直接むかってくる落書きを見るのは辛い部分もあったが、「そのときは休めばいい」と参加を決めた。参加してみて改めて感じたのは、法規制の必要性だったという。

「落書きって器物破損、つまり法律違反ですよね。ヘイトスピーチは、人の心を破損する。でも、罪にはならない。ヘイトスピーチをする人々は、法律の範囲内で警察に守られて、喜んでデモをやっている。抗議行動がなければ、どんどんエスカレートしていったと思います。犯罪にならないから活動を続けられる。ということは、『いまの法律があの人たちを育んだ』ともいえるんですよ」

今回、落書き消しの活動がメディアで取り上げられたことについては、複雑な思いを抱いているという。

「活動がニュースになるのはいいことだと思います。でも、やっぱり限界があると思うんですよね。明るいニュースになっちゃうんですよ。心ある人たちの奉仕活動として扱われ、『いい話だね』で終わってしまうんじゃないかな、と」

繊細なテーマであるため、差別をめぐる報道について、メディア側にも慎重な部分があるのだろう。それでも、なんらかの形でメディアが差別の問題を伝えていってもらいたいと、金さんは考えている。

「メディアが差別落書きを取り上げれば、本来ならば落書きを見なかった人たちの目に止まる。ヘイトスピーチへの関心も増す。これまでは在日や差別の問題について、『わざわざ見ない、触れない、刺激しない。そうすれば、差別は増幅されずに解消に向かうはず』と多くの人が信じているところがあった。でも、そんな時代は終わった、と思っています」

(弁護士ドットコムニュース)

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