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もし憲法が無かったら、何が起こる? 「仮想ニッポン」を想像してみた
「超訳・日本国憲法」では、憲法の条文を思い切ってわかりやすい言葉にして紹介している。たとえば、25条の「生存権」は「ただ生きるだけでなく、人間らしい生活を送る権利」といった具合だ。

もし憲法が無かったら、何が起こる? 「仮想ニッポン」を想像してみた

憲法改正論議が高まるなか、「憲法」をテーマにした書籍が続々と出版されている。憲法の条文をわかりやすく解説したもののほか、関西弁に翻訳したもの、憲法改正論の歴史をまとめたもの、漫画で憲法の大切さを訴えるものなど、さまざまなバリエーションがあるが、新たに「もし憲法が無かったら」という視点で書かれた本が登場した。『超訳・日本国憲法』(ワニ文庫)だ。

『裁判官の爆笑お言葉集』や『恋の六法全書~ガールズトークは”罪”ですか?』など、裁判や法律をテーマに斬新な切り口のノンフィクションを世に送り出してきた長嶺超輝さんの新作である。「憲法は縁の下の力持ち」という長嶺さんに、「もし憲法が無かったら」と想像してみることの意味について、寄稿してもらった。

●憲法の一部が欠けた日本社会に思いを馳せてみる

日本国憲法は「停止」できる場合がある…… ってご存知でしょうか。これを国家緊急権といいます。戦争や深刻な災害など、日本が切羽つまった緊急事態に巻き込まれてしまったとき、それに対応するためです。たとえば、個人の家の庭を、自衛官や特殊車両の通り道や待機場として使うなど。

日本国憲法の条文に、国家緊急権のことは何も書かれていないので、日本では一切認められないともいわれています。しかし、憲法を一時的に止めて、国民の基本的人権を犠牲にしてでも国家を防衛すべき場面がある、という考え方もあるのです。

では、日本国憲法のそれぞれの条文が、仮に機能を停止させたら、どんな世の中になるのでしょうか。

もし、憲法の、この条文が無かったら、国会はどういう法律の制定・廃止ができるようになるのか? 政府はどんな政策を行うことが許されるようになりうるか? 裁判所はどうなるか? ……憲法の一部が欠けた「仮想ニッポン」に思いを馳せることで、憲法の大切さが、一段か二段深いところまで具体的に理解できるようになると思うのです。

●憲法で大事な条文は9条だけじゃない

憲法って、小中学校では習ったけれども、条文なんて読んだことない人がほとんどでしょう。でも、もし憲法が無かったら、私たちが普通にできるはずのことが、できなくなってしまう……。それどころか、いろんな不自由や脅威にさらされる可能性が高まります。9条も大事ですが、憲法はそれだけじゃないんですよね。

もし、法の下の平等を定める憲法14条が無かったら、人生でトクをしているお金持ちへ多めに課税するのと同様に、容姿に優れた人にも多めに課税する「イケメン税」が導入されるかもしれません。なお、性別で差別して構わないので、「美人税」は課しません(笑)。

もし、表現の自由を定める憲法21条が無かったら、政治家を批判したりバカにしたりすることを言っただけで逮捕されるかもしれません。居酒屋でおちおち世間話もできなくなりますね。

もし、国民の居住・移転の自由を保障する日本国憲法22条が、国家緊急権でストップしたなら、プライベートで旅行をするのにも、いちいち役所に届けなければならない世の中になるのかもしれません。江戸時代以来、再び日本が「鎖国」することも不可能ではありません。

もし、納税の義務を定めた憲法30条が無かったら…… これはそんなに困りません。憲法は国家の義務や責任を定めるルールであって、そこに国民の義務を書いても仕方がなく、法律に定めておけば十分だからです。

もし、裁判を受ける権利を定める憲法32条が無かったら、警官の職務をジャマした者は、法廷で言い分を聞いてもらえず、その場で警官に銃撃されちゃう、現代版の「斬り捨て御免」すらも許されかねません。

福島第一原発の汚染水処理に投入されると話題の「予備費」は、憲法87条で定められています。もしこの条文が無かったら、たとえ日本にとって急な出費を要する事態でも、国会を召集し、議論を重ねて補正予算を組まなければならず、対応に時間がかかってしまいます。

都道府県や市町村が、憲法や法律の範囲内で、条例という独自ルールを作れると定めた憲法94条が無かったら、条例のパワーが憲法を超えて、いずれ、北海道や九州などが日本からの独立を宣言するかもしれません。

「そんなバカな!」とツッコミを入れながら、どうぞお気軽に読み進めてください。気軽な読書の後、「政治家が変な政策をとらないよう、憲法が封じ込めている」という事実について、少しでも皆さんの印象に残っていれば、とてもありがたいです。

●もし憲法9条がなかったら?

最後に、「戦争の放棄」と「戦力を持たないこと」を定める日本国憲法9条が、もし無かったら…… と考えてみましょう。

他の国の自衛戦争に参加できるようになる「集団的自衛権」は、間違いなく日本に認められますし、そのうえ、他国での内乱や暴政に割って入り、軍事的に制圧することも可能になると考えられます。

さらに、武器の輸出も解禁され、それで外貨が獲得できることにより、実質的な防衛費の負担が軽くなるはずです。非核三原則を撤回するのも可能ですが、被爆国日本として国民から猛反対が巻き起こるかもしれません。ただ、その反対を乗り越えれば、国内に核兵器を配備できるようになります。

日米安保を破棄して、他のどの国にも頼らず、徹底的に軍備を強化し「永世中立国を宣言する」という方向性もありうるでしょうか。

戦争放棄・戦力不保持の憲法9条がひとつ削除されるだけで、日本の安全保障政策において、非常に大きな変化が渦巻くに違いありません。また、憲法9条を削除しないにしても、実質的に削除しているのと変わらない改正案、というのもありえますね。

私自身、この新刊の原稿を書きながら、新たな発見がたくさん得られました。「憲法のことを知りたいけれども、難しそう」と思っている全国の皆さんに読んでいただきたいです。人知れず、人々を守っている、縁の下のシャイな力持ち、それが憲法なのです。(長嶺超輝)

【長嶺 超輝 (ながみね・まさき) プロフィール】

1975年長崎県出身。法や裁判の世界をわかりやすく紹介するライターとして活動。『伝説の弁護士、会心の一撃! 炎と涙の法廷弁論集』(中公新書ラクレ)を9月上旬に刊行。

(弁護士ドットコムニュース)

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