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「保護者にイス取りゲームをさせている」所沢市の「育休退園」制度が猛反発されるワケ
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「保護者にイス取りゲームをさせている」所沢市の「育休退園」制度が猛反発されるワケ

母親が第2子以降を出産して育児休業を取得した場合、保育園に通っている0〜2歳の上の子どもを退園させる埼玉県所沢市の「育休退園制度」は違法だとして、保護者11人が6月25日、同市を相手取り、退園の差し止めを求める行政訴訟をさいたま地裁に起こした。

報道によると、所沢市は今年4月から待機児童が集中する0〜2歳児の問題解消に向けて、新たな制度の運用を開始。6月末までに保育園児9人を退園させていたことが分かった。この新制度について、「少子化対策に逆行している」という意見がある一方、「保育園は家庭で育児ができない人が利用するための施設」との考え方もある。

今回の訴訟のポイントはどこにあるのか。保護者側の代理人をつとめる原和良弁護士に聞いた。

●子どもの「保育を受ける権利」を侵害

――どういう経緯で今回の代理人を引き受けたのか。

保護者たちは、新しい制度の撤回を求めて市と交渉を重ねましたが、市の態度は「すでに決定事項であり、変更はしない」という大変冷たい対応でした。

「もはや、法的手続しかない」ということで、保護者から相談を受けた弁護士から、私に打診が来て、当事務所で代理人を務めることになりました。趣旨に賛同して、全国で168人の弁護士が代理人に就任しています。

――所沢市の方針は、どこが問題だと考えているのか。

まず、市の方針は、子どもの「人格権」に対する侵害(子の最善の利益としての保育を受ける権利の侵害)にあたります。

また、保護者に対しても、子育てと労働の両立を保障するために制定された「育児休業取得権」の侵害にあたります。育児休業は「下の子」のための休業であり、「上の子」の子守のための休業ではありません。また、職場復帰の際にふたたび、二重の「保活(保育園入園活動)」を強いることになってしまい、育児休業取得を抑制させることになります。

さらに、手続的にも、突然の一方的な改悪で、重大な瑕疵があると考えています。仮にこのような施策があり得るとしても、1年~2年の猶予の告知期間が必要です。保護者にとっては、子を産む権利、産む時期を決定する権利を侵害されたことになります。

この点、過去の判例をみると、横浜市立保育所の民営化差止めを求めた事件の判決では、早急な民営化の正当性に疑問を呈し、児童および保護者の「特定の保育所で保育の実施を受ける権利」を尊重した手続とはいえないとして、横浜市の裁量権の逸脱を認定し、違法としています(横浜地裁 平成18年5月22日判決、判例タイムスNo.1262)。

今回のケースは、保育契約途中の保育実施そのものを解除するという点で、さらに不利益の程度が重大なケースといえます。

――所沢市は、新制度の目的として「待機児童の解消」をあげているが、対応に誤りがあるということか。

所沢市は、基本的に保育園は増設しないという方針をとっています。つまり、日本における少子化を当たり前の前提としていて、子ども・子育て支援法により積極的に少子化対策を推進し、産みたい保護者のための施策を推進しようという気が全くないのです。

同法の施行を受けて、全国の地方自治体には、独自の施策で少子化対策、子育て支援策を競ってほしいと思っています。今回の提訴の報道を見て、いくつかの自治体では、長年続けていた育休退園を見直し、育休をとっても保育を継続する方向で検討を始めた自治体も出ています。たとえば、静岡市や石川県内灘町などです。皮肉なことに、所沢市は、全国の反面教師になっています。

所沢市の待機児童政策は、パイを増やさず、保護者に「イス取りゲーム」をさせるものです。最善の利益を保障されるべき子どもの権利を侵害し、保護者同士を対立関係に追い込み、結果として、行政の責任放棄を免罪するものです。このような制度が許されるはずはありません。

●再入園の説明はその場しのぎの「空手形」

――所沢市は、元の園に再入園できると説明しているが・・・

所沢市は、保護者・市民の批判を受けて、「元の園に再入園できる」という説明を場当たり的にしているようですが、そのような保証は全くありません。その場しのぎの「空手形」だと思います。

認可保育園の入園の選考基準について、多くの自治体はポイント形式を採用しています。共働きであることや、シングル家庭であることなど、さまざまな項目をポイント化し、より点の高い順に入園できる仕組みです。

所沢市は、自主的に退園を選択した保護者については、退園した上の子にも、生まれた下の子にも育休明けの入園に際して100点加算を行う、としています。

――それだけポイントが付与されれば、必ず再入園できるということだろうか。

そうではありません。そもそも、園の空きがなければ入園できません。

また、現在3歳児以上のクラスに「上の子」が通っている保護者が育休をとった場合は、今回の退園制度とは関係がないため、100点加算の対象にはなれません。下の子を保育園に入園させようとしても、ポイントが加算されていないため、入園できないかもしれません。

さらに、虐待を受けている児童や障害児など保育の必要性の高い児童との優先順位はどうなるのでしょうか。全体の制度設計を考えずに、その場しのぎの政策を打ち出したことで、矛盾は解決するどころが、ますます広がっているのが現状だと思います。

●働くお母さんにとって一番頭にくる「市長の発言」

―所沢市の藤本正人市長は、市民との対話集会で「子どもは保育園には行きたくないと思っている。きっと、お母さんと一緒にいたいと思っている」と発言している。

働くお母さんにとっては、一番頭にくる発言です。

女性が男性と対等・平等に職を持ち、社会で活躍することを否定する言葉で、開いた口がふさがりません。育児休業は、女性だけではなく、男性にも権利として保障されています。市長は、育児介護休業法すら理解していないと、評価せざるを得ません。

また、このような発言は、保育専門職である保育士や保育事業に従事する関係者への侮辱でもあります。保育園に子どもを預けるしかない劣悪な家庭環境にある市民のために存在するのが「社会的必要悪」としての保育園であるという考え方は、到底容認できません。

最近の動向を見ても、最高裁はマタハラ判決やセクハラ判決など、雇用の機会均等や女性の社会進出について踏み込んだ司法判断をしています。今回の訴訟は、今月中にもさいたま地裁の判断が出ると予想していますが、裁判所も、この制度を容認することはないと確信しています。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

原 和良
原 和良(はら かずよし)弁護士 パートナーズ法律事務所
弁護士法人パートナーズ法律事務所・代表社員弁護士。映画『それでもボクはやってない』のモデル事件の一つとなった痴漢えん罪事件の弁護人を務める。中小企業の法律・経営問題、海外進出(タイ・アセアン地域)の援助、若手弁護士の指導・育成などに力を注ぐ。青年法律家協会弁護士学者合同部会議長。元関東弁護士会連合会常務理事。一般社団法人弁護士業務研究所代表理事。東京中小企業家同友会理事。人を大切にする経営学会会員。 著書に『弁護士研修ノート―相談・受任~報酬請求 課題解決プログラム』『弁護士経営ノート 法律事務所のための報酬獲得力の強化書』(いずれもレクシスネクシス・ジャパン社)他がある。

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