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「逆に景観が悪くなった」京都市から強制的に「窓」をふさがれたチリ人雑貨店主の思い
京都市から「行政代執行」を受けたハイメ・ロペスさん。強制的にふさがれたショーウィンドーが奥に見える

「逆に景観が悪くなった」京都市から強制的に「窓」をふさがれたチリ人雑貨店主の思い

京都市の清水寺の近くにある産寧坂(さんねいざか)の伝統的建造物群保存地区(伝建地区)。多くの観光客が訪れるその一角で、針金細工を販売する雑貨屋「Happy Bicycle」が昨年12月10日、強制的に建物を元の姿に戻す「行政代執行」を受けた。伝統的な木造建物の「様式」を許可なく変更し、ガラス窓を設置したとして、京都市から原状回復を命じられていたのに、従わなかったためだ。

それまでは、改造によって設けられた「ガラスのショーウィンドー」から店内を見通せるようになっていたが、市職員の手で、強制的に窓が木の戸板でふさがれてしまった。弁護士ドットコムでは、このニュースを受け、行政代執行の解説記事(京都の伝統家屋に設けられた「ガラス窓」を強制封鎖――「行政代執行」ってなんだ?http://www.bengo4.com/topics/2495/{target=_blank})を掲載した。

だが、雑貨屋側は、京都市の措置を不満に思っているようだ。はたして、店を経営するチリ人のハイメ・ロペスさんは、どんな思いで今回の「執行」を迎えたのか。昨年12月末に店舗を訪ね、話を聞いた。(取材・構成/山下真史)

●オープンした2013年7月に是正指導を受けた

店を訪れると、たしかにショーウィンドーは板で覆われていた。外観からは何の店なのか分からなかったため、「行政代執行を受けた雑貨屋は、こちらでよいでしょうか」と確認しながら、店に入った。

店主のロペスさんは、店名「Happy Bicycle」の由来である自転車のかたちをした針金細工を作りながら、取材に応じてくれた。目の前で、色鮮やかな針金がまるで魔法をかけられたように完成していく。まさに職人の技だ。ロペスさんは「その時々の自分の気持ちを表現できるから、針金は楽しい」と陽気に話す。

ロペスさんが行政代執行を受けるまでには、複雑な事情があった。ロペスさんの店がオープンしたのは、2013年7月だ。店はショーウィンドー越しにロペスさんが針金細工を作っている様子が見えるのが売りで、関西ローカルのテレビ番組に取り上げられたこともある。

ロペスさんは「京都は職人の町であり、観光客も多い。ショーウィンドーの問題さえなければ、理想的な環境でした」と語る。ところが、店をオープンしたのと同じ月、景観保存を目的とした市条例に違反しているとして、京都市の是正指導を受けることになった。

●京都市と交渉するも、願いは聞き入れられず

新聞などの報道では、ショーウィンドーは、ロペスさんが設置したかのように報じられていた。だが、ロペスさんによると、実は建物を所有する大家が2011年の改築時に設置したもので、ロペスさんが建物を借りたときには、すでにショーウィンドーが存在していたのだという。ただ、ロペスさんの店が入居する前の2012年、京都市の指導を受けた大家の手によって、窓は戸板でふさがれていた。

建物の所有者が窓を開放する際に、市の承諾を得るようロペスさんに伝えていたという報道もある。だが、ロペスさんによると、オープン後に市の指導を受けて、条例の存在を初めて知ったという。賃貸契約には「この板を外してはいけない」という条項はなかったそうだ。

「ショーウィンドーが使えないなら借りていなかった」というロペスさんだが、市の指導を受けて、渋々、ショーウィンドーに戸板を取り付けた。しかし、客から「逆に景観を損なっている」などといった声が寄せられたこともあり、自らの判断で取り外しを決めた。

ロペスさんは「その間も、市役所に何度も出向いて、『板ではなくて、格子戸はどうか?』とか、『時間を限定して窓として使わせてもらえないか』と提案したり、きちんと話し合いをしていた」と力説する。だが、その願いは市側に聞き入れてもらえず、行政代執行によって板を固定されてしまった。

●「外国人が変なことをやっているように思われた」

「一部のメディアに、京都市の指導を無視し続けていたという誤った報道をされました。外国人が変なことをやっているかのように思われて、とても悲しいです」

ロペスさんは肩を落とす。日本で暮らし始めたのは、約20年前。好奇心が強く、故郷のチリを離れ世界各地を見て回っていたが、日本の文化に惹かれ、住み着いた。近畿大学で民俗学を学んだあと、大阪で語学教師をしながら、翻訳やラジオなどで日本文化を外国人に発信する仕事に携わってきた。

「たしかに景観を守ることは重要だと思います。しかし、誰のためにショーウィンドーを板でふさがないといけないのか、理解に苦しみます。窓をふさいだことで、逆に景観が悪くなりました。窓の外から職人の姿が見えるほうが『伝統』を感じるはずです。京都市とは裁判をしていますが、一緒にベストの解決策を考えたいですね」

自慢の窓をふさがれて以降は、売上が下がっており、「このままでは立ちゆかなくなる」と語る。「私が京都人だったら、こうならなかったかもしれない」。ロペスさんは、悲しそうな表情を見せる。年が明けた今は、一時的な対応として、店の隣にある路地に椅子を置く許可を大家からもらい、そこで針金細工の実演をおこなっているそうだ。

●京都市「許可なく建物の様式を変えたことが問題」

一方、強行措置に出た京都市景観政策課にも話を聞いた。担当者は「2013年7月以降、何度も指導を繰り返してきましたが、なかなか是正してもらえず、勧告や命令という手順を踏んだうえで、今回の行政代執行に至りました」」と経緯を説明する。

しかし、記者が産寧坂の伝建地区を歩いてみると、ロペスさんの店のショーウィンドーよりも大きな窓を設置している店舗がほかにあった。むしろ、そちらのほうが「景観」を悪くしているのではないか。そんな疑問もぶつけみた。

すると、京都市の担当者は「ショーウィンドー自体が問題なのではありません。建物は『伝統的建築物』の指定を受けているので、許可なく建物の様式を変えたことが問題なのです。所有者が改築した際も、窓を戸板でふさぐよう指導しています」と回答した。

今回の件について、ロペスさんは、代執行実施の戒告書が出た2014年8月、戒告処分の取り消しなどを求めて京都市を提訴した。裁判は今も続いており、司法がどのような判断を示すのか注目される。

「景観」を守るための行政のルールと、「景観」を活用して自らの技能をアピールしようとする職人の思い。いずれも京都を愛しているはずなだけに、両者のミスマッチを前にすると、複雑な思いにかられた。

(弁護士ドットコムニュース)

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