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判決伝える〝びろーん〟「勝訴」が一番映える書体はどれ? 舞台裏に迫る
最高裁が出した11例目の法令違憲判決を伝える旗(2022年5月25日)

判決伝える〝びろーん〟「勝訴」が一番映える書体はどれ? 舞台裏に迫る

注目度の高い裁判のニュースでは、関係者が「勝訴」や「不当判決」などの紙や布を〝びろーん〟と広げる「旗出し」のシーンがよく使われます。

結果が視覚的にわかるのでメディアとしては大変助かるのですが、あの旗は誰が文言を決め、どのようにつくっているのでしょうか。ニュースの裏側をのぞいてみました。(編集部・園田昌也)

●近年はプリントが主流

まずは、日本労働弁護団の幹事長などを務め、数々の有名事件にかかわってきた棗一郎弁護士に聞いてみました。

「自分は労働組合の事件が多いのですが、当事者、組合、弁護団で話し合い、旗出しをするかどうかを検討します。結果を予想して、書く言葉を3~4種類決めます」

旗は主に労働組合がつくっているそうで、ポスターや横断幕の制作に使うプリンターで印刷することが多いといいます。

「達筆な人が書くこともありますが、筆で書いた場合、汚さないよう管理するのも難しいので、最近は手書きが少なくなったような気がしますね」

●凝ったデザインも

近年では単に文字を印刷するだけでなく、凝ったデザインの旗も増えています。

サイトに設置したプログラムがコンピューターウイルスに当たるかどうかが問題になった「コインハイブ事件」の旗は、青地に白抜きで「無罪」でした(2022年1月20日、最高裁判決)。

コインハイブ事件の最高裁判決(2022年1月20日)。ちなみに一審無罪のときは筆文字だった。 コインハイブ事件の最高裁判決(2022年1月20日)。ちなみに一審無罪のときは筆文字だった。

コロナ禍の時短命令をめぐる「グローバルダイニング事件」はさらに斬新。2枚に分割して「命令は違法…」「でした!!!」とポップな書体で書かれた旗に意表をつかれた人も多いのではないでしょうか(2022年5月16日、東京地裁判決)。

グローバルダイニング訴訟判決(2022年5月16日) グローバルダイニング訴訟判決(2022年5月16日)

●〝旗の研究者〟による「違憲判決」

減少傾向にはあるようですが、手書きの良さを追求する人もいます。

在外邦人の国民審査をめぐって、5月25日に最高裁が出した史上11例目の法令違憲判決。笑顔の原告の横で弁護団が掲げている「違憲判決」などの旗は筆で書かれています。

11件目の法令違憲判決(2022年5月25日撮影) 11件目の法令違憲判決(2022年5月25日撮影)

書いたのは、クラウドファンディングなどで裁判をサポートした「CALL4」スタッフの向井佑里さん。司法試験を来年に控えた東京大学のロースクール生でもあります。

普段はSNS向けのコンテンツ制作や、裁判当事者とのやり取りなどを担当していますが、書道の腕前を見込まれました。

小学2年時から書道をしている向井さんは、文字の書体がつい気になってしまうそうです。大学で法律を学ぶようになってからは、裁判ニュースへの関心が高まり、自然と旗出しに興味を持ったといいます。

「高校の書道部で『オレオレ詐欺』の啓発ポスターが『北魏楷書』風だと盛り上がったことがありました。大学の書道サークルは法学部生が多かったので、ニュース記事を共有して、『字がカッコいい』とか『どの書家の影響を受けているか』などを話題にしていましたね」(向井さん)

スマホには、ニュース記事で目にした旗の画像が大量にスクラップされているというから、目の付けどころが違います。もはや〝旗の研究者〟と言っても良いのかもしれません。

向井さんによると、旗の字はやはり一般的な「楷書」が多く、あまり字を崩しすぎない形であれば、「行書」が使われることもあるといいます。

「古典を手本にした字ではなく、それぞれ書き手の個性が出たものが多い印象があります。個人的にカッコいいなと思ったのは、2019年のハンセン病家族訴訟の『勝訴』。日常生活で筆文字に触れる機会は少ないので、手書きの旗が増えると楽しいだろうなと思います」

司法記者クラブでの会見後、CALL4の代表で裁判の原告かつ代理人だった谷口弁護士(左)と向井さん(提供) 司法記者クラブでの会見後、CALL4の代表で裁判の原告かつ代理人だった谷口弁護士(左)と向井さん(提供)

●弁護士になる前に「歴史」の一部に

こうした〝旗マニア〟ぶりが認められて、CALL4がかかわる裁判で旗の文字を書くようになった向井さん。今回の旗のうち、「違憲判決」で採用した書体は「隷書」でした。

「『無罪』で使われたのを見たことはありますが、旗では珍しい書体だと思います。弁護団の先生から『向井さんが一番楽しい字で良いよ』と言ってもらえたので、一番自信を持って書ける書体を提案しました」

隷書は紀元前からある書体で、現在でもお札などで使われています。ただし、向井さんがモチーフにした隷書は約200年前の書家・楊峴(ようけん)の字。一般的な隷書より華やかなのが特徴だといい、わかりやすくインパクトのある文字になりました。

「判決のニュースを見て、私が高校時代から楊峴を学んでいるのを知っている友人が『書いたでしょ』と数カ月ぶりに連絡をくれました。書道サークルのとき、ずっと旗書きをしたいと言っていたんですが、こんなに早く、しかも大きな事件で叶うとは思っていませんでした」

字を見ただけで誰が書いたか分かるとは。書道経験者恐るべし…。

高校時代の向井さん。東京都代表として「全国高等学校総合文化祭」に出展した作品が楊峴だった(提供) 高校時代の向井さん。東京都代表として「全国高等学校総合文化祭」に出展した作品が楊峴だった(提供)

向井さんは、学部時代に過労死問題で知られる川人博弁護士のゼミに所属していたこともあり、労働問題を軸に市民に近い法律問題を扱う弁護士になりたいと、司法試験に向けた勉強にも励んでいます。いずれ弁護士として自身が書いた旗を〝びろーん〟する日が来るかもしれません。

●6月30日にも大きな判決が…

歴史に残る旗を書いたばかりですが、向井さんの次の出番は目の前に迫っています。CALL4がサポートしている国を相手とした裁判の判決が6月30日にあるからです。

裁判の内容は、コロナ給付の対象から性風俗業が外されたことの是非を問うもの。コロナ政策や職業差別の観点から注目されており、当日もニュースで大きく扱われることが予想されます。

ニュースでは、旗の写真や映像も出てくるはず。判決内容とあわせて、そちらにも注目してみてはいかがでしょうか。

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