「現在の司法に人々は失望している」 元裁判官が指摘する「訴訟減少」のワケ

2014年03月02日 20時05分
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約30年間の裁判官としての経験をもとに、日本の裁判所の「暗部」を鋭く批判する書籍『絶望の裁判所』を著した瀬木比呂志氏が2月27日、外国特派員協会で記者会見した。そこでスピーチした内容は、弁護士ドットコムが同月28日に配信した記事(「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 元裁判官が最高裁の「人事支配」を厳しく批判)の通りだ。ここでは、スピーチに続いておこなわれた、さまざまなメディアの記者との質疑応答を紹介する。

質疑応答のなかで、瀬木氏は、裁判所に提起される事件の数が減少傾向にあることを指摘。その背景について、「現在の司法に対する人々の失望が感じられる」と述べ、「日本の司法全体をリフォームする必要がある。そうしなければ、本当に提起されるべき訴訟も、人々は提起しない」と語った。

そのほか、日本の刑事司法が抱える課題や裁判官の能力低下の問題などについて、自らの見解を明らかにした。

●「法の支配」が浸透していない日本の裁判システム

――あなたの裁判官としてのキャリアのなかで、最も厳しい判断となった裁判はなんだったでしょうか?

瀬木 「2つの事件があります。1つは、沖縄・嘉手納基地の騒音公害訴訟判決です。この判決については、私はそのとき、直前に出た最高裁判決に従ったのですが、その後、長い間、そのことに疑問を抱きました。それは、私が(法学者としての)研究に打ち込む1つのきっかけになりました。そのようなケースについての私の見解は、書物(『絶望の裁判所』)の中で述べています。

もう1つのケースは、私が和解を勧めた事件です。(自動車と少年の交通事故で)被害者の中学生の少年は『自分の対面の信号は青だった』と述べていましたが、彼をはねた自動車の運転手も『自分の対面の信号は青だった』と述べている事案でした。

私はその事件について、強く和解を勧めたのですが、少年の失望を買いました。そのことは、私が和解について反省する大きなきっかけとなりました」

――あなたは日本の司法制度が、不透明で気まぐれで、効果的なものとは言えず、「デュー・プロセス(適正手続の原則)」よりもヒエラルキーや前例が重視される、と言っていますね?

瀬木 「日本の裁判システムは、ある意味で非常に効率的であり、機能的です。ただ、『デュー・プロセス』の考え方や『法の支配』の考え方が浸透しているかといえば、そうではないということです」

●最高裁判例には「一枚岩」的な雰囲気がある

――日本の死刑制度について、現状の十分な検証がなされないまま、今後も存続するだろうと言う人もいますが、どうお考えでしょうか?

瀬木 「死刑については非常に難しい問題で、私も考え方が定まっていません。しかし、基本的には、死刑は非常に限られた事案だけに適応されるべきではないかと思っています。

私はかつて、死刑全体に反対の考えを持ったこともありました。しかし、オウム真理教のような事件を見ますと、人々の事件に対する感情のはけ口として、死刑という制度がどうしても必要な場合があり得るのかもしれない、という疑念も持っています。私の考えは、やや微妙です」

――アメリカでは、ある連邦最高裁判事が、8年間一度も自分の意見を述べなかったとして、裁判所の恥だと言われています。日本の裁判官がこのような行動をすることはありえますか?

瀬木 「裁判官のコメント(意見)については、日本の裁判官で10年間も自分の意見を述べなかった人というのは、最高裁にはいないと思います。

ただ、最高裁の判断全般についてみるならば、アメリカのように、個々の裁判官の意見が特徴的にあらわれ、それに社会が大きな関心を抱くということはなく、最高裁の判例についても、一種の一枚岩的な雰囲気があると思います」

――日韓・日中間の戦後補償の問題は、日韓基本条約などで「解決済み」とされていますが、もし新たなケースが出てきたとしたら、日本の裁判所で、新たに判断を下すことは可能でしょうか?

瀬木 「そのような条約について、たとえば中国・韓国の人々の権利を認めるような判断が出ることは、かなり難しいのではないかという感じを持っています。法律家として、これは非常に難しい問題であると感じます。

ただ、日本の自己責任の問題として、日本が過去の第二次世界大戦においてどのような役割を果たし、どのような惨禍をアジア諸国の人々に及ぼしたかについて、正確に検証し、それについての見解を国際的に明確にすべきではないか、とは考えています。

ただ、これは、さきほどのような(戦後補償に関する)事件に対する裁判所の判断とは、別の問題です」

――政治家の小沢一郎氏について、政治資金規正法違反で強制起訴する議決をした「第五検察審査会」の不透明さがずいぶん指摘されましたが、肝心なところはブラックボックスのままでした。この第五検察審査会というのは、本当に開かれたのでしょうか。人選も偏っていたと思いますが、それについては、いかがでしょうか。

瀬木 「日本の裁判所は、表面にあらわれる形式的な部分については、手続きをそれなりに遵守することが多いので、一般的に言えば、『開かれなかった』ということは考えにくいと思います。不透明な部分があることは間違いないのですが、私はこの問題について、確定的な意見を述べるほどには詳しくないのです。

ただ、田中耕太郎(元最高裁)長官が砂川事件に関する情報をアメリカの大使・公使にリークしていた事件を思い出すと、日本の司法は、裏側ではかなり不透明なことをしている場合がありえます。そのことは、この書物の中でも、私が述べているところです」

●刑事系裁判官の判断には「バイアス」がかかっている

――第一次世界大戦後のドイツの司法システムは日本のものに似ていましたが、結局、ヒトラーの台頭などの惨事を防げませんでした。裁判官が政治システムに関わりすぎていたからです。そこで、ドイツは第二次大戦後、通常の裁判所とは別に、非常に独立性の高い「憲法裁判所」を設立しました。こうした制度は、日本でも有効だと思いますか?

瀬木 「2つのことを述べたいと思います。1つは、たしかにおっしゃる通り、ドイツではナチス時代に対する反省から、裁判官制度が現在では徹底的に民主化されているということです。そのため、ドイツでは、やや弁護士の能力が低いことと相まって、裁判官が正義の実現に努力していると聞いています。

日本の裁判制度についていうと、一般的には、裁判官の能力がこれまではかなり高かったのですが、ドイツの司法制度のような根本的な改革はまったく行われませんでした。そのため、戦前の禍根を引き継いでいると思います。

もう1つの憲法裁判所については、まさに私がこの本の末尾で述べているところです。私は『法曹一元制度』の採用とともに、ドイツ型の『憲法裁判所』が日本の司法の質を向上させ、それを透明にするだろうと述べています。

なお、裁判官の能力についてですが、たしかに、日本の裁判官の能力は、過去においてはかなり高かったといえます。しかし、2000年代以降、裁判所の機構の問題や裁判官たちの個人的な事情から、その能力はかなり落ちてきており、日本の司法の大きな問題となっています。

なぜなら、日本の司法は、裁判官の能力が高いことを前提としていて、彼らに非常に大きな権限を与えているからです」

――日本の有罪率は99.9%ということですが、起訴率は50%台なのでしょうか。なぜ、そのようなことになるのでしょうか。刑事司法に不具合があるとしたら、それを是正するために、何をすべきだと思いますか?

瀬木 「刑事司法の問題については、海外の学者が一致して指摘する通り、検察官が非常に大きな起訴の権限を持っています。アメリカの大陪審のような制度はないに等しいといってよいと思います。

そのため、検察官は少しでも無罪になる可能性があるケースでは立件しようとせず、被害者は泣き寝入りしなければなりません。一方、起訴された場合、検察官は有罪に非常に固執します。無罪は彼らの致命的な失点になるからです。

また、日本の裁判官のなかでも、刑事系裁判官はいろいろな意味で問題が大きく、検察官側に判断のはかりが傾き、バイアスがかかっています。これは、危険なことです。

日本の社会全般については、みなさんも感じていることでないかと思いますが、一種の形式主義というものがあります。裁判所もまた、この形式主義にとらわれている部分があります。

つまり、表に出る部分はきれいに取り繕うのですが、裏側は非常に不透明です。こういうダブルスタンダードの問題が日本社会の大きな問題であり、司法において、それは非常に顕著にあらわれています」

――在日米軍の軍人が犯罪を犯した場合の裁判所の対処の仕方について、どのような意見をお持ちでしょうか?

瀬木 「軍属の問題については、条約上、政治上の問題があると思うので、日本の裁判官だけで乗り越えられる問題ではなく、まさに政治的なイシューであると言わざるをえません」

●司法制度の改善で「失望した人々」の気持ちを変えるべき

――瀬木さんが書かれた『絶望の裁判所』が発売されて10日ほどたったところですが、これまでに司法の世界から寄せられた反響はありますか。特に、裁判所の知り合いの方とか裁判所関係の方からの反響は何かありますでしょうか?

瀬木 「いくつかの反応をあげておきます。元良識派の裁判官の何人かが、この書物をほめてくれました。特に、元裁判官で、私と同じように学者になった先輩は絶賛してくれました。

また、弁護士の中にも、『たしかにその通りである。最近の民事裁判は、ひどいのではないか』といった声があがっています。リベラルな法律家ばかりではなく、右翼の大物弁護士が『まったくこの本に書いてある通りではないか』ということを言ったとも聞いています。

一方、これは匿名・ハンドルネームですので誰がやっているかはわかりませんが、あきらかに法律家であり、裁判官である可能性が高いような人が、私の書物について、中傷の書き込みをインターネットで行った例がいくつかあると聞いています」

――日本には約3000人の裁判官がいるそうですが、何人ぐらいが適正な規模だと思いますか?

瀬木 「司法の適正なスケールというのは、非常に難しい問題です。ただ、一般的にいえば、日本ではまだ弁護士は少なく、裁判官も少ないといえるだろうと思います。

しかし一方、ここ10年ほど、裁判所に提起される、訴訟事件以外も含めた全事件は、非常に減っています。訴訟事件以外というのは、執行事件や破産事件等も含むということです。一方、訴訟事件だけについても、ここ3年減少しており、増えてはいません。

このあたりには、現在の司法に対する人々の失望が感じられます。私が言えるのは、やはり日本の司法全体をリフォームする必要があるということです。そうしなければ、本当に提起されるべき訴訟も、人々は提起しない。なぜなら、人々は、『司法についてよく知らないが、そこでは自分の思いがなかなか理解してもらえない』と思っているからです。

そのような人々の気持ちをまず変えること、そして、司法全体を改善し、弁護士が増えるのであれば、裁判官を増やすことも必要だと思います」

【瀬木比呂志氏プロフィール】

1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1979年以降、裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年明治大学法科大学院専任教授に転身。民事訴訟法等の講義と関連の演習を担当。

(弁護士ドットコムニュース)

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