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高校の担任をしながら法律問題を扱う異色の「教師兼弁護士」 いまの教育現場を語る
弁護士と高校教師を兼業する神内聡弁護士

高校の担任をしながら法律問題を扱う異色の「教師兼弁護士」 いまの教育現場を語る

高校教師として担任のクラスを持ちながら、弁護士としても活動するユニークな「先生」がいる。東京都内の私立高校で、社会科教師として教鞭をとる神内聡(じんない・あきら)弁護士だ。高校2年生のクラス担任も務めているが、「高校でクラス担任までしている弁護士は、おそらく全国でも自分だけではないかと思います」と語る。

平日は44人の担任クラスをはじめ、生徒とともに学校で過ごし、世界史と現代社会を教えている。また、学校の勤務時間以外では、弁護士としての業務に取り組む一方、社会福祉部という部活の顧問として、生徒のボランティア活動を引率する。

異色の「学校内弁護士」(スクールロイヤー)として、生徒と向き合う神内弁護士に、学校教育のあり方について聞いた。

●教育問題を専門にする弁護士を目指し、教師と弁護士の両立に挑戦

——最初に資格をとったのは、教員免許のほうですね?

実は、大学では法学部に入り、「教師には絶対になりたくない」と思っていました。高校時代の先生がやる気のない放任主義の人たちばかりで、あまり快く思っていなかったからです。

ところが大学のゼミで、現職の高校教師の方のお話を聞いた際、「こんなに熱意がある先生もいるんだなあ」と思い、教員免許を取ろうと思いました。

当初は現場の教員よりも、教育制度全般を研究する研究者になりたかったんです。でも、研究をしながら学校で非常勤講師として働き始めたら、教育の現場で働くことの大切さがわかりました。

——教員をしながら弁護士の資格をとったのは、なぜでしょうか?

学校の教師は、他の職業の人と交流する機会がほとんどありません。この点は、あらゆる教育問題の大きな原因でもあります。そのため、学校の「外」との接点を常に保っておくことが、非常に重要だと感じました。

そこで、社会人専用の夜間の法科大学院に通い、さまざまな職業の人と一緒に勉強しながら、弁護士資格を取得しました。この社会人大学院で勉強したことが、自分の教師としての視点も変えたと思っています。

また、海外の教師は、担当教科以外の分野の学位を持っている人が少なくないですが、日本では、担当教科以外の分野の学位を持っている教師は少数です。ただ、一つの学問の考え方だけでなく、他の学問の考え方も学んでおくことは、問題を解決する際に非常に大切です。教育学だけでなく法学の考え方を学んだことが、教育において、おおいに役立っています。

——教師と弁護士の両立は大変ではないですか?

やはり、大変ですね。下手すると、教師も弁護士も中途半端になりえます。日本の弁護士は、民事でも刑事でも何でもやる人が多いですが、私はそこまで弁護士にウェイトを置くのは難しいので、現在は教育・学校関係の案件を中心に引き受けています。

ただ、教師兼弁護士として実際の教育現場を知っているということは、教育・学校関係の法律問題を扱う弁護士としては、圧倒的に有利です。生徒や保護者の言い分だけでなく、学校や現場の教師の言い分も適切に理解することができるからです。

普通の弁護士は、教育法や教育現場の知識に乏しく、保護者か学校の、どちらか一方の代理人にしかならないので、必ずしも両者にとって適切な解決策を見い出せるとは限りません。これは、医師免許を持った弁護士が医療訴訟で強いのと同じ感覚だと思います。

海外では専門分野に特化した弁護士が一般的で、日本のように「何でも屋」的な弁護士が圧倒的多数な国はむしろ珍しいです。アメリカでは、教育委員会や校長先生に弁護士資格を持った人もいます。弁護士が弁護士以外の職業を経験することも珍しくありません。

日本でも医師兼弁護士の方など、他の業種と兼業する人は少ないながらも増えています。自分のような「教師兼弁護士」の人間は、今はまだ自分だけですが、将来増えていくのは、法治国家として自然の流れと言えます。

●「教師は教えるプロ、子どもを育てるプロは親」

——最近、岩手県で中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺した問題に関心が集まっています。このニュースでは、生徒が担任教師に渡したノートに、いじめに悩んでいることを書いていたにもかかわらず、担任がきちんと対応していなかったのではないか、との声があがっています。現場の教師として、どうお考えですか?

あれだけ被害生徒が「死にたい」などSOSを出していたのに、それを把握していたのが担任だけで、他の教師や被害者・加害者の親が知らなかったという点は、同じ教師の立場の感覚からすると、ちょっとありえないのではないか、と感じました。同僚の先生にも、事件についての意見を聞いてみましたが、どの先生も同じ回答でした。

担任がいじめの加害者に注意していたと報道されていますが、おそらく叱っても生徒が言うことを聞かず、クラスの統制が取れていない状態だったのではないかと思います。担任が未熟な教師の場合、本来ならば、他の教師たちも一緒になって加害生徒を叱るべきで、学校をあげて対応すべき問題です。また、加害生徒の家庭に対しても、適切な対応をする必要があったはずです。

——学校がきちんといじめに対応していれば、被害生徒が自殺することはなかったのでしょうか。

そうだと思います。同じ教師の立場から考えて、この学校の対応はありえません。

ただ、本来いじめは、加害者や加害者の保護者が一次的な責任を負うべきものであり、日本のように担任や学校の責任だけがクローズアップされて追及される環境では、結果的にいじめ問題の根本的な解決に結びつかないと考えています。

日本の担任制度は、世界的に見ると異常なほど職務内容と責任範囲が広く、あいまいです。海外では、生徒や保護者の苦情相談やいじめの対応は、相談専門の職員やカウンセラーが担当します。ところが、日本はこうした分業ができていません。これが結果的に、教師や学校の責任をあいまいにする要因になっています。

また、日本では学校でいじめが起きると、担任の責任ばかりが問われます。しかし、担任は生徒が40人いれば、40人全員に目を配らなければなりません。その結果、どうしても見落としをする場合があります。それに対して、親は我が子に目を配れますし、目を配る義務がある。もし親子間のコミュニケーションが不足していないのであれば、子どもが何も言わなくても、親が「最近、表情が暗いな。何かあったのかな」と気づく可能性もあります。

よく「子どもは心配をかけたくないと思い、親には相談できないことが多い」と言われますが、それは教師に対しても同じです。子どもが相談できないことに気づくのは親であっても難しいのですから、教師であればなおさら難しいのです。

その意味では、親には、もっと我が子に目をかけてほしいなと思います。教師はあくまで教えるプロであり、子どもを育てるプロは親です。

●「礼儀って、学校で教えることなの?」

——「子どもを育てるプロは親」ということですが、「親」のあり方については、どう感じていますか。

日本は特に、勉強もしつけも全部学校でやってくれ、という傾向が強いです。家庭教育と学校教育の区別が明確ではないんです。本来、礼儀やしつけは家庭で教えるべきで、社会性を培うのが学校であるべきなのですが・・・。

海外では、学校教育と家庭教育の役割分担、つまり「学校」と「保護者」の責任を明確に分担することが、社会的なコンセンサスとして成立しています。教師は教科を教えることのみを求められ、それ以外のことは求められません。そのため海外の学校は授業が終わり、下校時刻になると、教師も生徒と一緒に帰宅するのが一般的です。

これに対し、日本の学校は、日常の生活指導も責任を担います。多くの教師は放課後の部活動も責任を担います。比較法的に見て、日本の教育法は、こうした世界的に見ても特異な教育環境の中で構築されてきました。その結果、今日の教育問題を適切に解決するルールとして、機能しなくなっているのです。

——文部科学省では今、小中学校での道徳を、「正式な教科」として位置づけるよう改革を進めています。道徳で指導する内容の中には、「礼儀」や「節度」など、それこそ家庭教育が担うべき事柄も含まれているようです。

道徳の教科化にあたって、「そもそも礼儀って学校で教えることなの?」という議論がされるべきだと思うんですが、全くされていない。ここでも、学校教育と家庭教育の役割分担を明確化できない日本の教育問題の本質が浮き彫りになっています。

さらに問題なのが、授業をするのが道徳の専門教員ではなく「クラス担任」という点です。道徳をちゃんと教えるためには、ソクラテスや論語などの古典や、近代から現代の哲学に至るまで、さまざまな文献を読んで道徳教育の本質を理解しなければならない。ものすごく大変なことなんです。少なくとも担任業務の延長上にある性質のものではない。

しかし、専門教員を養成する時間も環境も予算もないから、当面は担任がやれ、というのが政府の回答です。私からすると、むしろ政府のほうが、道徳教育の重要性を軽んじているのではないかと思うくらいです。

評価も担任がやれ、ということになっていますが、担任に道徳の専門的な知識がなければ、生徒がちゃんと授業内容を理解できたかどうか評価することは難しいと思います。

——道徳の教科化に対しては、「子どもに特定の思想を押し付けかねない」という批判もあるようです。

必ずしもそうとは限りません。道徳は、ちゃんとやれば、子どもにとってすごく効果的だと思います。個人的には、哲学や思想など、道徳を教える上で必要な知識を持っている専門教員が、さまざまな視点から道徳を教えれば、決して押し付けにはならないと思います。

しかし、当面は専門教員ではなく、クラス担任が授業をするということになっている。専門知識のない担任が、どれほどいい授業ができるのか、疑問です。今のまま実施したら、担任の負担だけが重くなって、授業の中身はものすごく中途半端になるのではないかと懸念しています。「道徳の教科化」という政策そのものを検証していくシステムを、社会的に構築する必要があると思います。

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プロフィール

神内 聡
神内 聡(じんない あきら)弁護士 本郷さくら総合法律事務所
東京大学法学部政治コース卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。専門は教育法。専修教員免許(社会科)を保有。弁護士(東京弁護士会所属)。現在、兵庫教育大学大学院学校経営コース准教授として、弁護士で初めて教職大学院の教員に就任し、学校における外部人材の効果の検証や法教育などの研究活動に従事しながら、様々なスクールロイヤー活動を行っている。また、東京都内の私立高校で社会科教員(嘱託)としても勤務し、現代社会などの授業を担当している。本郷さくら総合法律事務所では、元教員の原口暁美弁護士とともに子どもの権利や学校問題を中心とした弁護士業務を行っている。著書に『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』など。

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